椎名へきるはこれからもファンと一緒に歩んでいく ハーモニーを奏で続けた30年記念作品&ライブインタビュー

椎名へきる、30年記念作品&ライブを語る

 椎名へきるが、5月8日にデビュー30周年を記念した初のセルフカバーアルバム『HARMONY STAR』をリリースした。今作は「旅立ちの唄」や「Graduater」など30年のキャリアの中で厳選された楽曲のほか、声優としての代表作となるTVアニメ『魔法騎士レイアース』のオープニング主題歌「ゆずれない願い」などボーナストラックにアニメ作品主題歌のカバー楽曲も収録されている。

 また、今作は、「KING RECORDS digital」開設第1弾として、5月8日より同作のNFTをキーにしたデジジャケをストア限定・数量限定で販売。今回のインタビューでは、30年のキャリアと『HARMONY STAR』収録曲のほか、デジジャケの魅力についても聞くことができた。

 7月27日に日本青年館ホールで開催される30周年ライブ『HEKIRU SHIINA 30th ANNIVERSARY LIVE 〜HARMONY STAR〜』への思いもあわせて、椎名へきるのこれまでとこれからを感じるインタビューをお届けする。(編集部)

常に自分との闘いだった30年 ファンの方々がいたからこそ今がある

――まずは今年の8月でアーティスト活動30周年を迎える今の率直なお気持ちをお聞かせください。

椎名へきる(以下、椎名):30年が本当に早くて……きっと濃厚すぎたんでしょうね。いろいろな方との出会いや経験をさせていただいて、その中にファンの方々の人生があって。物事を生み出したり経験値が上がるだけではなく、人の喜びや痛みを様々な形で知ることができた、出会いや別れを含めていろいろな思いが駆け巡る30年でした。

――その30年の活動の中で、ご自身の価値観や人生観にも様々な変化があったのではないでしょうか。

椎名:変化は常にあって、10代、20代、30代、40代とまったく違う思いがあったのですが、そのなかで「私が伝えたいことはなんだろう?」と考えたときに、自分のために生きるよりも、他の人の思いに応えるために生きるほうが好きだと感じたんです。落ち着くよりも、より学びや経験、発見があったほうが楽しさを感じる30年間でしたね。

――「自分よりも他人のために生きるのが好き」と感じるようになったのには、何かきっかけがあったのですか?

椎名:ライブツアーを始めるようになってから、事務所やラジオ番組により多くのファンレターをいただくようになったのですが、その中には、難病を抱えていらっしゃる方やそのご家族の方たち、いろいろな環境の方からのお手紙もあったんです。無菌室にいて病院から出たことのない方が、私の歌やライブ映像から元気を得てくださっていて、「ありがとう」という言葉を伝えてくださる。でも、自分はそれだけの価値がある人間なのかな? と思うことが多くて、そこから「もっと頑張りたいな」と思うようになったことが大きかったです。

――そういう気持ちが強くなっていくことで、制作される楽曲にも影響があったのではないでしょうか。

椎名:そこは特別意識しようとは思わなかったのですが、ただ、私自身も人生を歩んでいくなかで、10代の葛藤や20代のままならない状況、紆余曲折を経験してきたので、自分の中に消化しきれない葛藤や迷いに対する素直な気持ち、その年代ごとの等身大の感情をできるだけ込めるようにしていました。もちろん、そういった感情を打ち破るための情熱、諦めてはいけないという思いも強くあったので、たとえ傷ついたりスランプになったとしても“諦める”ということだけはしない、ということを伝えたくて。必ずどこかに“希望の光”を持っていないと人生の花は咲かない。それは「Graduater」(1998年リリースの9thシングル)や「-赤い華- You're gonna change to the flower」(1999年リリースの13thシングル)といった楽曲にもある思いで、そこを元気として伝えられたらと感じていました。

――へきるさん自身がこの30年で乗り越えてきた葛藤というのは、どういうものでしたか?

椎名:常に自分との闘いだった気がします。自分の中の理想に追いつかない部分、求められているもののレベルの高さ。そこには必ず段差があって、それを乗り越えられない自分をファンの方たちに届けていいのかという葛藤もあって、「本当に私がこのステージに立っていいのかな?」という思いは常にありました。

――そうだったんですね。

椎名:私はもともと声優になりたくてこの業界に入ったので、音楽を生業にしようとは考えてもいなくて、スタート時点での経験値が少なすぎたんです。なので最初の頃は、自分の中のいたらなさに対しての焦りが大きかったですし、それでもプロとして見られなければならない状況でただがむしゃらに頑張っていたので、余裕もほぼありませんでした。だけど、そこから少しずつ経験値が上がって、自分の中で音楽を消化できるようになったり、自分の楽器(=声)をコントロールできるようになって。最初の頃はとにかくメロディを覚えて吐き出す感じで、感情面での芸術性はあったかもしれないですけど、音楽的な芸術性は少し薄かったと思うんですね。今は当時はできなかった音楽的な表現や体の中での響かせ方、自分なりのハモリがストレートに表現できるようになったので、そこも大きく変わった30年間だったと思います。

――そういった葛藤を乗り越えた今の表現で改めてこれまでの楽曲を歌ったのが、初の試みとなる今回のセルフカバーアルバムなんですね。

椎名:そうですね。ただ、葛藤は自分の中だけのものですが、この30年は、そんな私を見守ってくださったファンの方たちが楽曲や歌やライブを共に育ててくださったので、その一緒に乗り越えてきた歴史から生み出されている楽曲を、記念として残しておきたいという思いが強くありました。ファンの方たちは本当にすごいと思うんです。普通、一人のアーティストを追い続けるのは10年でも長いと思いますし、それが30年ですよ。恋愛でも、そこまで思いを寄せることはあまりないじゃないですか(笑)。

――たしかに(笑)。

椎名:私一人では乗り越えられなかったことで、30年間、常に私を待ってくれているファンの方々がいたからこそ、今の椎名へきるの楽曲とライブがある。もちろん当時の音源も、その年代ごとの私の拙いフレッシュさがとても出ていて(笑)、それはそれで今では真似できない歌声なのですが、そこから歳月をかけて育ててきた楽曲たちだからこそ、今のこの歌声やアレンジ、音楽への解釈の仕方で感謝の気持ちと共に表現したのが、今回のアルバムです。

――へきるさんはこれまでに40作以上ものシングルをリリース、トータルで百数十曲を超えるオリジナル曲を制作してきたわけで、今回セルフカバーする楽曲のセレクトにも悩まれたのではないでしょうか。

椎名:「風が吹く丘」(1997年リリースの8thシングル)や「-赤い華- You're gonna change to the flower」のように、間違いなく入れるべき楽曲はスッと決まったのですが、そこから「どの曲を入れよう?」となったときに、私の中でどうしてもやりたかった楽曲がいくつかありました。それが「空をあきらめない」「空想メトロ」「246」の3曲です。今の令和という時代にこれをリアレンジしたら、絶対に今までとはまた違った良いものになる確信がありました。

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