「傷こそが輝きなんだと伝えたい」 三上ちさこ、fra-foa解散から活動復帰までシンガー人生を振り返る
「子育てから、人に頼ることの大事さを身に染みて学べた」
ーーfra-foaの曲って、確かにスタートラインはネガティブだけど、「澄み渡る空、その向こうに僕が見たもの。」などがそうだったように、「こんな自分だからこそ理解してあげられる感情があるはず」っていう出口に向かっていくものが多かったと思うんです。でも、何がfra-foaを少なからず暗いイメージにさせてたのかなと思って聴き返したら、やっぱり三上さんの歌い方なのかなって。当時は今と比べて、歌い方自体が閉じていましたよね。
三上:そうですね。そもそも自分の思考回路自体がそういう感じでした。けど、今もやっぱり根本ではコンプレックスを抱えたままだし、ともするとすぐ泣きそうになる自分がいて。むしろ、それ以外の部分ができるようになったという感じがありますね。
ーーそれ以外というのは?
三上:自分よりも相手に興味を持てるようになった、とか。そうなったのは、子供を産んだ経験が大きくて。私とは別の人生を歩む人間なんだけど、自分の細胞や血肉を受け継いで、自分の中から生まれてきた存在っていうのは、やっぱり特別でないわけがない。「絶対なんてない」と思って生きてきたけど、「自分がこの子を大事だって思う愛情は絶対になくならない」「絶対ってあるんだ」と思えるようになって、そこから変わっていきました。子育てしてる時も、誰かに頼らないとどうにもならない瞬間があるんですよね。そこでも、人に頼ることの大事さを身に染みて学べたような気がします。
ーーfra-foaを解散した2005年以降、ソロでも音楽活動を続けてきた三上さんですが、2018年に『I AM Ready!』で本格復帰を果たすまで、フルアルバムは13年間空いているんですよね。もう一度音楽をやろうと決心したきっかけは何だったんでしょう?
三上:子育てが一旦落ち着いてきたあたりで、何かやりたいなと思ってたんですけど、気づいたら曲を書いてたんですよ。やっぱり私は音楽がやりたいんだって思って、なけなしの貯金を下ろして、バンドメンバーを見つけて、スタジオを借りて録音して、ライブやって、作ったお菓子をライブハウスで売ったりとかもして、自分でいろいろやったんですけど。
ーー『tribute to…』(2012年)の頃ですよね。
三上:そうですね。けど、その時は広がる気配が全くなくて、限界を感じていて。なんなら動員もちょっとずつ減っていったんです。どうすればいいのかな……と悩んでいた時に、今のプロデューサー・保本(真吾)さんに声をかけてもらって。一般的に言えば、メジャーを離れて子育てして、また自主で音楽活動をやってる自分なんて、そんなに興味を持たれるような人じゃないと思うんですよ。だけど、ゆずやセカオワ(SEKAI NO OWARI)をプロデュースされていた保本さんが「一緒にやりたい」と言ってくれたのがすごく嬉しくて。それだけで私は夢を持てたんですよね。と同時に、人に夢をあげたいと思っても、自分が売れなきゃ与えられないんだってことにも気づいて。だから売れたいって思ったんです。
ーー『I AM Ready!』以降は実際どのように変わった実感がありましたか。
三上:歌ってる時に、必ず相手の顔が見えるようになりました。メッセージをくれたりライブに来てくれるファンの顔、友達や家族の顔とか、誰かしら相手に対して歌うことが多くなって、それは大きな変化でした。
ーーfra-foaの時とは真逆ですね。
三上:fra-foaの時は“自分”しかいなかったんですけど、それに限界がきちゃったんですよね。赤坂BLITZでライブをやった時(2002年)、私って本当に一人だなと感じちゃって。そこまで大きいライブハウスでやったことがなかったから、BLITZの距離が遠い客席を前にして、真っ暗闇で一人もがいているみたいに感じちゃって、「私、何やってんだろうな」と思いながら歌ってました 。不安と孤独でもう無理かもしれないと思ったから、やる意味がわからなくなってバンドも終わったんですけど。
ーーなるほど。
三上:でも今は、逆に無限の可能性を感じられるんですよね。人のことを根本的に信じられるようになったし、絶対になくならないものがあるって思えるようになったから。
ーー三上さんの曲を求めて聴きにくる人に対して、三上さん自身がしっかり向き合いながら歌えるようになったことで、ステージと客席で想いを受け渡せている感覚があるのかもしれないですね。
三上:そうですね。曲を通じて何かを共有したいというか、お互いの中にそれまでなかったものが生まれたらいいなって思うので。
「何歳になっても、しんどい気持ちに真正面から向き合えるのは“幸せ”」
ーー『I AM Ready!』でライブハウスに戻ってきた時、何か変わったと感じたことはありましたか。
三上:そこは、意外と変わってなかったなって思いました。こんなにブランクが空いているのに、 聴き続けてくれている人がこんなにいたんだと思って、それは本当に嬉しかったですね。音楽を愛する人って本当にすごいなと尊敬しています。でも復活したての時は、fra-foaの曲をあえてライブでは歌わないようにしていたんですよ。
ーーそうでしたよね。どうしてだったんでしょう?
三上:昔の自分に頼るのが嫌だったし、なんかズルいような気がして。でも今は、過去も全部が誇るべき自分なんだと思えるようになって、歌いたいって思えるように変わりました。昔の自分も消えずに残ってるし、痛みは絶対になくならないからこそ、人と愛を分かち合って、「いてくれてありがとう」っていう気持ちをライブで交歓したいなと思えたので。
次のsayurasのワンマンライブ(eggmanでの『sayurasレコ発ワンマンライブ 「Adult Organized Rock」』)って、fra-foa解散以降のキャリアで、一番大きいハコでのライブになるんですけど、それってSNSとか普通の宣伝だけでは絶対にソールドアウトできないなと思っていて。私のことをよく知らないお店に飛び込んでフライヤーを貼ってもらったり、毎日いろんな人に会って「チケット買ってください」ってお願いしたりとか、いろいろしているんです。こないだはすごく気前のいい女の人が、会って3秒くらいでチケットを買ってくれたんですよ。そこで新たに生まれる関係とか、出会いに対する感謝の気持ちって、以前の私にはなかったものなので、そういう人とまたライブで会えただけで嬉しくて泣いちゃうかもなって思ったりして。一人ひとりの重さを本当に感じていますし、そう感じられるようになって良かったと思いました。
ーーライブシーンに戻ってこないと、わからないままだったわけですもんね。
三上:そうそう。以前は全部レコード会社に任せていたし、自分で宣伝とかやったこともなかったから。今まさにひしひしと感じている最中ですね。より相手との“1対1”の関係が強まっている気がするので、孤独を歌うことで、自分と一緒に相手の心も癒されていったらいいなと思っています。
ーーfra-foaの時って「私の孤独はこれです」っていう内向きな主張が強かったけど、それゆえに強烈な共感を集めている側面もあるのが魅力だったと思うんです。でも今は、孤独を突き詰めていけば、きっと誰もが同じ悩みを抱えていて、その要因は時代や社会、あるいはコロナ禍のような具体的な事象にあるのかもしれないっていう風に、すごくシチュエーションが浮かびやすい歌になっている気がして。「TRAJECTORY -キセキ-」のように野球と結びついたタイアップが増えたことも象徴していると思うんですけど、リスナー側も“自分の歌”としてキャッチーに捉えやすくなっている気がするんですよね。そこに関してはどうですか。
三上:その通りだと思います。やっぱり歌は生物だから、応援ソング1つとっても、時期によっては明るい気持ちだけで歌ってたこともあるし、一方で、苦しさやしんどさを持って歌う方が、やっぱり自分にも人にも響くよなって思ったりすることもあるんです。でも一番思うのは、何歳になってもしんどい気持ちに真正面から向き合わせてもらえるって、幸せだっていうことなんですよ。自分一人で生きているだけなら、わざわざ苦しいことに頭突っ込もうとは思わないじゃないですか。ケツを叩いてくれる人がいると「はい、やります!」って感じで、生きている実感を得られるというか。ヒリヒリするような痛みとか、しんどいなって思う出来事にこそ、実は本当の喜びがあるんだなって思う。そういう意味でも、人の存在ってありがたいですね。歌はそういう人たちと繋がれる場所ですし、ライブでいろんな人に会えるのはこれからも楽しみです。曲を聴いてもらうだけだと目に見えないけど、ライブって目の前に形として見えるから、やっぱりすごく大事な場所なんですよ。不器用だからこそ、音楽に想いを託したいっていうのも変わらない部分なので。
ーー三上さんのライブは自分の傷や痛みをどう表現したらいいかわからないという人にも、勇気を与えていると言えそうですよね。
三上:その傷が財産であり勲章なんだっていうことに気づけたら、何があっても絶対に大丈夫だなって思うんです。それを出すことができた時、きっと誰かにとっての勇気になる。傷こそが輝きなんだよっていうことを伝えたいから、今も歌い続けてるんだと思いますね。
■リリース情報
『Adult Organized Rock』
2024年3月20日(水)配信リリース
【収録曲】
01 ナイン
02 ウエルカムトゥブレインワールド
03 揺れる
04 RTA
05 KYOKAI