『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』レビュー:ありそうでなかった“総ざらえ”の1冊、ユニークな音楽性が浮き彫りに

 1970年代に結成されて現在まで活動を続けている日本の音楽グループは、THE ALFEEやセンチメンタル・シティ・ロマンスなどいくつかある。はちみつぱいを前身とするムーンライダーズもそのひとつだが、中心メンバーでありソロミュージシャンとしての活動も多彩な鈴木慶一は現在72歳。生い立ちからバンドおよびソロでのこれまでの活動を約300ページのロングインタビューという分量で辿っているのが、ここでレビューする書籍『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(blueprint)だ。

 同時代をはっぴいえんど~YMO界隈、あるいは大瀧詠一や山下達郎のナイアガラ界隈といった盟友たちとともに歩み、邦楽ロックシーンに偉大なる足跡を残しているムーンライダーズ。その知的かつセンスフルなサウンド/歌詞はファンからのマニアックな支持を受け続けていて、雑誌の特集記事や研究本といった関連書籍が現在まで数多く出版されている。これほど“批評の言葉”に囲まれているロックバンドも日本では一二を争うのではないかと思われるが、鈴木慶一本人にフォーカスを絞り、しかも一冊丸々インタビューという構成の書籍は、これまで意外とありそうでなかった。

 たとえば「あがた森魚を初めて鈴木慶一宅に招いたときに目印としてフランク・ザッパの『フリーク・アウト!』を大音量でかけた」とか、「1980年代初頭のニューウェーブの季節に制作したアルバム『マニア・マニエラ』の内容が難解で発売中止になった」などの、ムーンライダーズ史における定番エピソードは本書内でも当然触れられている。濃いファンほど「またその話かよ……」となるかもしれないが、そういった個々のメディアに散らばっていた既知の情報が“鈴木慶一の人生総ざらえ”というビッグテキスト内で再配置され、場合によっては文脈に沿ってあらためて掘り下げられてもおり、そこから生じるダイナミズムは確かに息づいている。さらに本書で初めて目にするようなエピソードも少なくない。第4章内の「ムーンライダーズ・オフィスを巡る借金問題」や、他にも鈴木慶一の難聴などが赤裸々に語られる内容には驚かされた。

 また、むしろムーンライダーズ本体よりも一般層へリーチしているのではないかとも思えるのが鈴木慶一のソロ活動だ。「いまのキミはピカピカに光って」や「きいてアロエリーナ きいてマルゲリータ」といったCM音楽、JRPG界の特異点『MOTHER』シリーズなどのゲーム音楽、北野武監督『アウトレイジ』シリーズなどの映画音楽。各分野で印象的なワークスをいくつも残しており、それらについての秘話がまんべんなく盛り込まれているのも本書の魅力のひとつ。ムーンライダーズおよびソロ活動についての圧倒的質量のファクトが本人の言葉で語られることにより、その極めてユニークな音楽性があらためて浮き彫りにされている。

 2023年はYMOの高橋幸宏と坂本龍一、そしてムーンライダーズのメンバーである岡田徹(Key)が逝去した年でもある。2013年のかしぶち哲郎(Dr)に続いてのグループ内訃報であり、活動が長きにわたるバンドならではの、人間の生と死について否が応でも考えさせられる局面だ。そんなタイミングで編まれた本書の意義はひときわ重い。

 インタビュアーであり著者の宗像明将は、これまでにも音楽インタビュー本を数度世に放っている。BiSおよびBiSHのプロデューサーについての一冊『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(河出書房新社)や、B'zの稲葉浩志の著書『シアン』(KADOKAWA)内では15時間取材による10万字インタビューを担当。そして今回の鈴木慶一本と、ジャンルが見事にバラバラなのが面白く、各時代に呼応して音楽性を柔軟に変化させ続けてきたムーンライダーズのスタンスと共通するところがある。

 宗像氏が鈴木慶一のインタビュー本を出すと聞いた際に筆者がまず連想したのが、『ユリイカ』(青土社)2005年6月号のムーンライダーズ特集。著名人による好きなムーンライダーズ楽曲アンケート記事にて、宗像氏は「涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない」(1991年のアルバム『最後の晩餐』収録曲)を挙げていて、そういう人がこの本を創り上げたのだなという妙な納得感に本書読了後包まれた。

■書籍情報
タイトル:『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』
amazon購入:https://www.amazon.co.jp/dp/4909852476
blueprint book store購入:https://blueprintbookstore.com/items/6570603f72c3a4015daca272

著者:宗像明将
発売日:2023年12月26日 ※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:3,300円(税込価格/本体3,000円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:四六判ソフトカバー/336頁
ISBN:978-4-909852-47-2

<目次>
1章:1951年ー1974年
■東京都大田区東糀谷、大家族暮らし
■母親が見抜いた音楽の才能
■「日本語のロック」への目覚め
■あがた森魚、はっぴいえんどとの出会いが変える運命
■バックバンドから独立したバンド、はちみつぱいへ
■混乱したライヴ現場での頭脳警察との遭遇
■風都市の終焉と、はちみつぱい解散

2章:1975年ー1983年
■ムーンライダーズの「最初の日」
■『火の玉ボーイ』鈴木慶一の曖昧なソロの船出
■椎名和夫の脱退、白井良明の加入
■ムーンライダーズとYMO
■鈴木慶一とCM音楽
■『カメラ=万年筆』で幕を閉じる日本クラウン期
■高橋幸宏とのTHE BEATNIKS、ロンドンで受けた刺激
■『マニア・マニエラ』屈指の傑作にして発売中止
■『青空百景』のポップ路線と、広がる若手との接点

3章:1984年ー1990年
■『アマチュア・アカデミー』以降の数百時間に及ぶREC
■ムーンライダーズ10周年〜『DON'T TRUST OVER THIRTY』
■ムーンライダーズ約5年にわたる沈黙へ 消耗する神経
■メトロトロン・レコード設立〜KERAとの初コラボレーション
■鈴木慶一、はちみつぱいとの「決着」
■鈴木慶一と『MOTHER』
■鈴木慶一と映画音楽

4章:1991年ー1999年
■ムーンライダーズを復活へと導いた岡田徹のバンド愛
■40代にして初の公式ソロアルバム『SUZUKI白書』
■鈴木慶一と90年代前半の雑誌/テレビ
■『A.O.R.』と大瀧詠一が残した言葉
■ムーンライダーズ・オフィスを巡る借金問題
■兄弟ユニットTHE SUZUKI〜『MOTHER2 ギーグの逆襲』
■移籍を繰り返してもつきまとう『マニア・マニエラ』の亡霊
■鈴木慶一と岩井俊二、Piggy 6 Oh! Oh!
■ムーンライダーズ20周年 ファンハウス時代の音楽性の多様さ
■鈴木慶一と演劇
■先行リミックス、無料配信……作品発表スタイルの模索

5章:2000年ー2008年
■宅録の進化がムーンライダーズに与えた影響
■『Dire Morons TRIBUNE』以降のバンド内での役割
■鈴木慶一と北野武、映画音楽仕事の充実
■新事務所、moonriders divisionの誕生
■夏秋文尚の合流〜『MOON OVER the ROSEBUD』
■鈴木慶一とcero、曽我部恵一

6章:2009年ー2021年
■高まり続ける映像やサウンドへのこだわり
■ムーンライダーズと「東京」
■鈴木慶一と『アウトレイジ』
■激動の2011年、ムーンライダーズの無期限活動休止
■Controversial Spark、No Lie-Sense始動
■かしぶち哲郎との別れ
■『龍三と七人の子分たち』〜ムジカ・ピッコリーノ
■鈴木慶一45周年 はちみつぱい・ムーンライダーズ再集結
■中国映画、アニメ映画音楽への挑戦
■コロナ禍に迎えた鈴木慶一音楽活動50周年

7章:2022年ー2023年
■新体制での『It's the moooonriders』
■鈴木慶一とPANTA
■鈴木慶一と高橋幸宏
■岡田徹との別れ
■バンドキャリア半世紀近くに取り組んだインプロ作品
■鈴木慶一と大滝詠一
■一つずつ叶えていく「死ぬまでにやりたいことシリーズ」

8章:鈴木慶一について知っている七の事柄

鈴木慶一年表(1951年ー2023年)

参考文献

あとがき

『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』刊行記念 ちょい読み第1弾:ムーンライダーズの「最初の日」

音楽評論家・宗像明将による書籍『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』が、12月26日に株式会社blueprintより刊行される…

『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』刊行記念 ちょい読み第2弾:はちみつぱいとの「決着」

音楽評論家・宗像明将による書籍『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』が、12月26日に株式会社blueprintより刊行される…

『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』刊行記念 ちょい読み第3弾:鈴木慶一と北野武、映画音楽仕事の充実

音楽評論家・宗像明将による書籍『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』が、12月26日に株式会社blueprintより刊行された…

『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』刊行記念 ちょい読み第4弾:新体制での『It's the moooonriders』

音楽評論家・宗像明将による書籍『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』が、12月26日に株式会社blueprintより刊行された…

『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』刊行記念 ちょい読み第5弾:鈴木慶一とPANTA

音楽評論家・宗像明将による書籍『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』が、12月26日に株式会社blueprintより刊行された…

『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』刊行記念 ちょい読み第6弾:鈴木慶一と高橋幸宏

音楽評論家・宗像明将による書籍『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』が、12月26日に株式会社blueprintより刊行された…

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