ヒャダイン×光田康典『スーパーマリオ』対談 サントラの緻密な仕掛けからゲーム音楽の変遷まで
今年4月末に公開されて以降、国内興行収入140億円、総動員数が980万人を突破し、日本で公開された洋画アニメ作品歴代2位の興行成績を叩き出した映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』。さらに全世界興行収入は13億ドル(約2,039億円)を突破し、歴代興行成績の第17位を記録するなど、まさに歴史に残るメガヒットムービーとなっている。原作である任天堂のゲーム「スーパーマリオ」シリーズへのリスペクトとオマージュがふんだんに込められ、大人から子どもまで存分に楽しめる本作だが、そのオリジナルサウンドトラックのCD/LPが8〜9月にかけて発売された。
今回は、数々のポップスからアニメ/ゲーム劇伴までを手がけるヒャダインと、「クロノ・トリガー」や「ゼノブレイド」シリーズをはじめ、『マリオパーティ』でも作曲を担当している光田康典による対談をセッティング。たくさんの仕掛けが詰まった『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の劇伴の魅力や、ゲームミュージック全体の変遷について語り合ってもらった。(編集部)
飽きさせない構成や小ネタも 大充実の映画『スーパーマリオ』
――先ほど、取材が始まる前にキャンプのお話で盛り上がっていましたが、お二人はキャンプ仲間なのですか?
光田康典(以下、光田):いえ、この間、たまたまそういう話をいただいて。
ヒャダイン:植松伸夫さん主催のキャンプ会があったんですよ。
光田:そう、僕もちょくちょく参加しているのですが、今回はヒャダインさんも来られるということで、会いたいなと思ったのですが、タイミングが合わず。そうしたら、今回の対談のお話をいただいてびっくりしました。しかも「僕がマリオの話を?」と思って(笑)。だからお会いするのは今日が初めてなんですよ。
ヒャダイン:僕は光田さんの音楽を聴いて育ってきた人間なので、育ての親のようなものです。
光田:何をおっしゃいますやら(笑)。
――今回は映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の話題、特にその中で使われている音楽を中心として、お二人に「スーパーマリオ」シリーズやゲーム音楽のことについてお伺いできればと思います。まずは映画をご覧になった感想をお聞かせください。
光田:「スーパーマリオ」シリーズだけでなく任天堂作品のオンパレードで、よくぞここまでまとめたなという感じでしたね。「あのキャラがいる!」とか「このキャラがこういう絡み方をするんだ」というのが多くて、終始楽しませていただきました。
ヒャダイン:僕も似た印象で、今の技術をもってようやく任天堂の世界観が忠実に映画化されたことを感じました。マリオとルイージがブルックリンに住んでいて、そこからファンタジーの世界に行く設定も面白かったですし、いろんな演出やギャグが全部お洒落でウィットに富んでいて、素晴らしい制作陣とタッグを組めたんだなと。任天堂の人も興奮したでしょうね。
光田:「やった!」と思ったでしょうね(笑)。
――「スーパーマリオ」シリーズや任天堂作品に対する愛とリスペクトが隅々にまで感じられる内容ですよね。
光田:本当にそう思います。僕たちが小さい頃に遊んでいた「ドンキーコング」や「マリオブラザーズ」から「マリオカート」に至るまで、いろんな要素が詰め込まれていて。しかも映画としても起承転結がしっかりとしていて、飽きさせない構成で素晴らしい作品でした。
ヒャダイン:一瞬たりとも飽きなかったですよね。エンタメ作品って、どんなに楽しくても途中で集中力が切れてしまう瞬間があったりするものですが、この作品は気づいたら終わっていた感覚があって。個人的にはピーチ姫が今っぽさを感じて良かったですね。あとはマリオがキノコ王国のお城を訪れたときに、門番のキノピオに「OUR PRINCESS IS IN ANOTHER CASTLE」(ゲーム『スーパーマリオブラザーズ』で偽クッパを倒したときのキノピオの台詞)と言われる小ネタも粋で良かったです(笑)。
――任天堂にまつわる小ネタも大量に散りばめられていますよね。マリオがブルックリンの自宅でゲームをしているシーンでは、『光神話 パルテナの鏡』をプレイしたりしていて。
光田:あのシーンは良かったですよね。僕はニンテンドー3DS版の『新・光神話 パルテナの鏡』で音楽を一部担当させていただいたこともあって、「こういう小ネタも入れてくるのか!」と思ってちょっと感動しました。
「元ネタの使い方からスコアの緻密さまで、次元が違う」(ヒャダイン)
――数々のハリウッド大作のスコアを手がけてきたブライアン・タイラーによる音楽も、非常に聴き応えのある内容になっています。お二人は音楽についてどのような印象を受けましたか?
光田:すごすぎですよね(笑)。近藤(浩治)さんが作ってこられたメロディやモチーフを上手く取り入れた上で、映像にしっかりとマッチしたアレンジがされていて、終始「上手いな」と感心しながら観ていました。8ビット系の音色がところどころに入っていますが、オケ(オーケストラ)とピコピコした音の組み合わせというのはなかなか難しくて、ちょっと狙った感が出てしまいがちなんですよね。でも、この作品では生楽器と8ビットのサウンドがすごくよく溶け込んでいて、嫌味に聴こえないんですよ。たぶん、タイラーさんはもともとテクノ系もやられている方なので、そういう音が体に染み込んでいる作曲家だとは思うのですが、それにしてもちょっと上手すぎる(笑)。僕も最近の作品で「8ビット風にしてほしい」と言われることがよくあるのですが、結構苦手なんですよね。「これを今やる必要があるのか?」と自問自答してしまって。なので今度自分がやるときは参考にさせてもらおうと思ったくらいです。
ヒャダイン:(マリオが)ファイアボールを投げる音をサンプリングして打楽器っぽく使ったりしていて。そういう元ネタの使い方が上手くて、ファミコンやスーパーファミコンの楽曲のメロディをさらっとそのまま入れてきたりするんですよね。キーは変えていたりはしますけど、それにしても綺麗に入ってくるし、『スーパーマリオブラザーズ3』のフィールドのBGMとか「どこから持ってくるねん!」というネタもあって(笑)。知っているからこそ引っ張ってこられるDJ的な感覚も感じました。スコアもすごく緻密で、一つひとつの楽器から生命力を感じられて、これは次元が違うなあと。僕はフルオケでサントラを作った経験はあまりないのですが、フルオケで作る同業者の方がこれを聴いたら、ちょっと絶望すると思います(笑)。
光田:本当にその通りで、これは太刀打ちできないと思いますね(笑)。例えば、8ビット系のサウンドでマリオのBGMのモチーフを演奏したあとに、それをモーフィングするように生楽器の演奏を重ねているので、すごくスムースに繋がって聴こえて、それぞれのサウンドが浮いている感じはまったくしないんですよね。モチーフの組み立てがすごく上手い。あと、タイラーさんも「スーパーマリオ」シリーズのことが相当好きなんだと思います。(『スーパーマリオブラザーズ』で)フラッグを獲ったときのジングルの使い方も、実際にゲームをやり込んでいないとああいう感じにはできないと思うので。ローリング内沢さん(ゲームライター)がサントラの解説に書かれているように、タイラーさんのマリオ愛が詰まったラブレターなんじゃないかと思うくらい、好きなんだということが楽曲からも伝わってきますね。
ヒャダイン:しかもすごいのが、『スーパーマリオブラザーズ』のメインテーマ(地上BGM)をいろんな楽曲で違うアプローチで使っているんですよね。そもそもあのメインテーマの楽曲が良すぎるというのもありますけど。
光田:あの曲、実は意外にアレンジしやすいんですよね。僕が初代の『マリオパーティ』(NINTENDO64)の音楽を担当したときに、恐れ多くも任天堂さんに許可をいただいて使わせてもらったのですが、サルサだろうがジャズだろうが、どんなアレンジにしてもあのメロディはしっくりくるんですよ。シンプルながらそれほどパワーのあるメロディで、だからこそ世界的に有名な楽曲になったと思うのですが……やっぱり近藤さんはすごいですよね。ああいうメロディはなかなか書けないですから。
ヒャダイン:何気なく分析したことがあるんですけど、あの楽曲、メジャー9thコードを3和音+1ノイズで表現しているんですよね(ファミリーコンピュータはハードウェアの性能上、3和音+1ノイズまでしか同時発声ができなかった)。すごいなと思って。
光田:当時は3和音しか使えなかったので、テンション感の表現が難しかったんですよね。アルペジオがあって、1トラックはリズムに使うので、そうするとメロディに何かしらのテンションを持ってくることしかできないんですけど、スーパーマリオの楽曲はそれがめちゃくちゃよくできていて。
ヒャダイン:しかもちょっとスウィングしていて。だから今回の映画の音楽を聴いて改めて思ったんですけど、ラテン系との相性がいいんですよね。そもそもマリオとルイージはイタリア系移民という設定ですし、キノコ王国の陽気な感じも、クラシカルというよりはラテンの雰囲気が合うのかなと思って。映画の楽曲もオーケストラメインではありますけど、いろんな打楽器も入っていてラテンのテイストが強いんですよね。個人的には解釈一致みたいな感覚があって、すごく良かったです。
光田:音楽も映像も含めて「マリオの世界はこうだよね」という説得力がある、観ていて違和感がないものに仕上がっていたのは、本当にすごいことだと思いますね。それとレインボーロードに向かうシーンで、ちゃんと「マリオカート」の楽曲のモチーフを持ってきたことには感心しました。もちろん最初の時点からしっかりと作り込まれていたので、わかってはいたものの、実際に流れてくると感動しましたね。
ヒャダイン:「マリオカート」に加えて、連綿と続く「スーパーマリオ」シリーズの音楽世界の延長線上になっていて。特にマリオの世界の怖い系の楽曲には独特のテクスチャーがありますけど、クッパ城のシーンの楽曲でそれが踏襲されていたのも嬉しかったです。
光田:クッパが歌うシーンも良かったですよね。あそこはみんな大好きだと思いますし、自分も爆笑してしまいました(笑)。すごく怖い存在にもかかわらず、ちょっと間抜けでかわいらしいクッパのキャラクター像を、あの1曲(「Peaches」)でちゃんと表してくれたのが良かったですね。
――サントラには未収録ですが、80年代の懐かしい洋楽ナンバーが挿入歌で使われていたのも印象的でした。
ヒャダイン:A-ha「Take On Me」の使われ方がピッタリでしたよね。あと、マリオが特訓するシーンで「Holding Out For A Hero」(ボニー・タイラー)が流れてきたりして。
光田:80年代はいい時代でしたよね。テクノやいろんな音楽ジャンルが生まれていくなかで、ゲーム音楽というジャンルも認知されるようになっていった時代で。ブライアン・タイラーさんは1972年生まれなので、僕と同世代なのですが、たぶん自分と同じような時代的な背景や音楽機材の発展を経験してきたと思うんですよ。映画やゲームを含め80年代・90年代の文化に影響を受けていらっしゃると思うので、年代的にもタイラーさんは今作にベストマッチだったと思うんですよね。もちろん技術的に素晴らしい作家という前提はありますけど。
ヒャダイン:まさしくマリオやゲームと一緒に育ってきた感じがしますよね。