2023.11.29 12:00

日本人ベーシスト Moto Fukushimaのハウス・オブ・ウォーターズ　グラミーノミネート作『On Becoming』に再注目

文＝森朋之

　日本人ベーシスト／コンポーザーのMoto Fukushima、ダルシマー奏者のマックスZTによるバンド、ハウス・オブ・ウォーターズ（House Of Waters）のアルバム『On Becoming』が、第66回グラミー賞の「Best Contemporary Instrumental Album」にノミネートされた。これを受けてMotoは自身のX（Twitter）で「レストランで演奏して、地下鉄構内でストリート演奏して、そこからゆっくり歩んで16年続けてきたバンドの10枚目のアルバムです。嬉しいです」と喜びを表した。

　2002年にバークリー音楽院を卒業し、2004年からニューヨークを拠点に音楽活動をスタートさせたMoto Fukushima。現地のミュージシャンたちとのセッション、渡米してから出会ったという南米（ペルー、コロンビア、アルゼンチンなど）のミュージシャンとの交流のなかで独自の音楽性を培ってきた彼が、マックスZTとともにハウス・オブ・ウォーターズを結成したのは2008年だった。きっかけは、マンハッタンにあったフレンチ・アメリカン・レストランでのセッションライブ。金属製の弦をハンマーで叩いて音を出すダルシマーと6弦ベースによるサウンドに可能性を感じた二人は、「セッションだけではもったいないね」と意気投合し、バンドとして活動することになったという。

　カフェやレストラン、地下鉄の構内など様々な場所でライブを重ね、独自の音楽性を確立させたハウス・オブ・ウォーターズ。転機となったのは、2016年にスナーキー・パピー（00年代からジャズ、インスト系シーンを牽引し続けるスーパーグループ）の中心メンバー、マイケル・リーグ（Ba）が主宰するレーベル「GroundUP Music」から作品をリリースしたこと。エキゾチックかつノスタルジックな響きを持ったダルシマーの音色、ジャズ〜ラテン〜クラシックを背景にした6弦ベースのプレイを軸にしたハウス・オブ・ウォーターズは多くの音楽ファンに知られ、アメリカのジャズ専門Webメディア「All About Jazz」から“多面的影響を取り込んだ真の折衷主義”と評されるなど、高い評価を得るに至った。

　今年9月にリリースされた『On Becoming』は、ハービー・ハンコック、クリス・ボッティらの作品を手がけてきたガイ・エクスタインがプロデュースを担当。また、現代のジャズシーンを代表するドラマー、アントニオ・サンチェスが参加している。本作にはMotoの作曲による先行シングル「705」、マイク・スターン（80年代にマイルス・デイヴィスのバンドメンバーだった伝説的なジャズギタリスト）のプレイが堪能できる「Hang in the Air」、シンガーのプリヤ・ダルシニのエキゾチックな歌をフィーチャーした10分超えの大曲「The Wall」などを収録。「On Becoming」（〜になる）というタイトルが示すように、今なお進化の過程にあることを証明する作品となった。

House of Waters - 705 (Official Music Video)

　アルバム『On Becoming』がノミネートされたグラミー賞「Best Contemporary Instrumental Album」は、これまでにラリー・カールトン、ブッカー・T・ジョーンズといったレジェンド級のミュージシャンが受賞。前回（2023年）も受賞作であるスナーキー・パピー『Empire Central』をはじめ、キーボード奏者のドミとドラマーのJD・ベックによる超絶テクニックデュオ、ドミ＆JD・ベック『Not Tight』、現在のジャズピアニストシーンの最重要アーティストの一人であるブラッド・メルドー『Jacob's Ladder』など優れた作品がノミネートされるなど、100近い部門のなかでも注目度を高めている。

　今年のノミネート作品は、『On Becoming」のほか、『Jazz Hands』（ボブ・ジェームス）、『The Layers』（ジュリアン・ラージ）、『All One』（ベン・ウェンデル）、『As We Speak』（Bela Fleck, Zakir Hussain, Edgar Meyer, Featuring Rakesh Chaurasia）の5作品。『On Becoming』の受賞の行方だけではなく、そのほかのノミネート作品をぜひチェックしていただき、現代のインストミュージックの多様性と奥深さを楽しんでほしいと思う。