キャロライン・ポラチェックが考える、明確な音楽ジャンルなき今アーティストに問われる存在意義の見つけ方

キャロライン・ポラチェック インタビュー

 圧倒的なタフネスと柔軟性をもって時代や様式を越境し折衷する。キャロライン・ポラチェックのニューアルバム『Desire, I Want To Turn Into You』は、そんな音楽だからこそできることを最大限謳歌してポップの未来を切り拓いているかのようだ。NYはブルックリン発のバンド、Chairliftのメンバーとして2000年代後半にデビューした頃から数えると約15年。彼女はこれまでにも良質な作品を世に送り出してきた。ソロではラモナ・リサ、CEPというプロジェクトを経て、現在の名義で2019年にアルバム『Pang』をリリース。共同プロデューサーにPC Music出身のダニー・L・ハールを迎え、そのキャリアに新たな旗を打ち立てたわけだが、今作はあの熱狂をさらに塗り替え完全に無双状態に入ったと言いたくなるほどのエネルギーに満ちている。そこで、彼女が『FUJI ROCK FESTIVAL ‘23』に出演するために来日したタイミングで対面インタビューを行い、これまでのキャリアや新作への想いを聞いた。(TAISHI IWAMI)

さまざまな音楽性や考え方を折衷していくことが当たり前の時代に

キャロライン・ポラチェック 写真

――幼少期は日本に住んでいたそうですね。こうして来日したときに懐かしさを感じることはありますか?

キャロライン:ありますね。80年代半ばまで日本で過ごしていたので、例えばかき氷や駄菓子、古い車種のタクシー、駅の売店でスポーツ新聞とビニール傘が並んで売られている光景などを見ると「あ、私が住んでいた頃と変わってない!」と、懐かしい気持ちになります。

――日本の文化からも影響を受けていると聞きました。

キャロライン:はい。音楽で言えば、私は世界中にいる坂本龍一に影響を受けたアーティストの一人だし、山下達郎や大貫妙子のような、いわゆるシティポップもすごく好き。あとはBOREDOMSの∈Y∋(山塚アイ)の作る実験的なサウンド、dip in the poolや小川美潮のような、洗練された美しさを追求しているように思える人たちの作品からも、多くの刺激をもらっています。

――私はあなたのことを、前衛性や同時代性、オルタナティブな姿勢をもって新たなポップミュージックを生み出すアーティストだと思っています。それは今挙げられたラインナップとも通じていると思うのですが、いかがですか?

キャロライン:私の音楽を聴いてそう思ったことについてはよくわかります。でも、あまりそういう感覚はないですね。まず、「ポップミュージックって何?」と考えると、そもそもそこに明確なサウンドスタイルはなく、音楽のカテゴリーとしては存在していないと思うんです。すごく概念的なもの、時代ごとの共通認識みたいなものですね。でも、こと欧米において、そういう文脈でのポップミュージックは、2016年あたりで止まったように思います。また、前衛的ということに関しても、時を経るごとにその姿勢自体の新鮮さは薄れていくわけで、特に今はそうなんじゃないかと。さまざまな音楽性や考え方を折衷していくことが当たり前の時代なので。

――あなたがアルバム『Pang』(2019年)とニューアルバム『Desire, I Want To Turn Into You』の共同プロデューサー、ダニー・L・ハールと組んだ作品を初めてリリースしたのは、今ポップミュージックの転機だと言った2016年です(ダニーのシングル「Ashes of Love」のフィーチャリングアーティストとしてキャロラインが参加)。さまざまな音楽性を斬新な方法で折衷し、一大ムーブメントを起こしたコレクティブ/レーベル、PC Musicのメンバーである彼が、あなたの考え方にもたらした影響も大きかったですか?

キャロライン:2016年と言ったのは、あくまで私の個人的な感覚で、史実や客観的な視点に基づいたものではなく、私の身に何かが起こったわけでもありません。だから、そこにダニーからの影響はないのですが、彼がいなければ間違いなく私がこうしてここに座っていることはなかったと思います。

 ダニーと初めて会った時、まるで離れていた兄妹に会ったような気持ちになったんです。私はChairliftの1stアルバム『Does You Inspire You』の頃から、さきほど話したさまざまな概念や音楽性を折衷することを大切にしていました。そしてあなたも言ったように、彼も私とアプローチの仕方は違っても同じようなことを考えていた。また、彼は自分ならではのサウンドを持っていて、なおかつカメレオンのように状況に応じて自分の色を変化させることができる器用さもある。そんなところにも共感しました。あとは、お互いにメロディを大切にするなど、別々のキャリアを歩んできたにもかかわらず、重なる部分が多くてびっくりしたんです。その中で、主に私は彼からサウンドプロダクションについて、彼は私からソングライティングについて多くのことを学び、今日まで互いを刺激し合ってきました。そしてこの関係性はこれからも続くでしょう。

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――2010年から2020年は本当に激動の時代で、あなたは2008年にChairliftのメンバーとしてアルバムデビューして、そのディケイドを丸々アーティストとして生きてきました。だからこそ、あなたが時代の移り変わりをどう感じていたのか、とても興味があります。

キャロライン:昔はCDやレコードをジャンル別に陳列されたショップで買って、自分は何が好きかを見つけていった時代でした。「ロックが好き」とか「最近はソウルなんだよね」みたいに、趣味嗜好をジャンルで話すことが多かったと思うんです。音楽を作る側も、そこに乗るか反るか、いずれにしても話の起点はジャンルでした。それが2010年代に入り、サブスクリプションを利用したプレイリストカルチャーが主流になっていったことで、いろんな音楽を混ぜ合わせて聴くことが主流になった。ジャンルに基づいて音楽を聴く人が本当に少なくなりましたよね。

 そして、そんな時代の移り変わりを跨いだ多くのアーティストたちは、新たな自由を手に入れたような気がしたんじゃないかと思います。でもそれは、言い方を変えれば既存のレールに頼って自分の存在意義を見つけることができなくなったということ。存在意義を自分自身で作り上げなければならなくなった。ではその事実を私がどう受け止めていたのかとなると、喜ばしい挑戦だと捉えていました。

――あなたは自身の存在価値をどう見出したのですか?

キャロライン:簡単に言うと、サウンド、映像、ファッション、アートワークなどさまざまな要素を繋げて、独自の世界観を作ることですね。ある要素が別の要素の鏡のようになっていたり、同じモチーフを繰り返し使ったり。まずは聴いてただ楽しいものであることを前提として、そこから掘り下げていくほどにさまざまなレイヤーが見えてくるような作品を作りたいんです。

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