キャロライン・ポラチェックが考える、明確な音楽ジャンルなき今アーティストに問われる存在意義の見つけ方
私は曲やアルバムで表現している哲学の中で生きている
――2019年にアルバム『Pang』をリリースしてすぐにパンデミックが起こりました。そこからようやく世界中をツアーできるようになった今年に入って、ニューアルバム『Desire, I Want To Turn Into You』が完成したわけですが、あの未曽有の事態を経験したことが制作に及ぼした影響はありますか?
キャロライン:音楽、映像、ライブパフォーマンス、セットのデザイン、あらゆる表現において、何よりも肉体を感じられるものを追求したいと思うようになりました。パンデミックが起こって、人間にとって必要不可欠なものが奪われてしまった。人々は画面上でしか繋がれなくなった時期も長かった。そこで、オンラインの発達に救われた部分も確かにあるけど、私はどうしてもそこに疑似的な違和感を覚えてしまうんです。バイタリティや生死、ユーモアなど、芸術が表現する何かは、肉体で感じるからこそ完成するもので、そうあるべきだとも思う。このアルバムはコンセプチュアルなものではありませんが、そこが大きなテーマになっています。
――ダイナミズムや躍動感、神秘的な美しさ、さまざまな世界や時代に飛べる音楽ならではのトリップ感などがマックスの状態でバランスを保っている、まさに体中のあらゆる感覚が刺激されるアルバムだと思いました。
キャロライン:とにかく自分を自由に解き放ちたかった。それが前々から考えていたことであれ、衝動的であれ、やりたいと思ったことはぜんぶやろうと思いました。その結果、溢れんばかりの、過剰なまでのさまざまな要素が集まっているアルバムになりました。
――1曲目の「Welcome To My Island」は曲のタイトルからも、アルバムタイトルにもつながる〈Desire, I Wanna Turn Into You〉という言葉を繰り返す歌詞からも、動物的かつ神秘的なハイトーンボイスから一気にモダンなビートとクールなボーカルへと転じる冒頭からも、その気概を強く感じました。
キャロライン:ある種の狂気を孕みつつ、さまざまな解釈ができる曲になるように、ユーモアを込めて書いた曲です。原始的なメロディとハイトーンボイスから、一気に現代風のスポークンワードスタイルに切り替える冒頭は、コードスイッチングをイメージしつつ、ちょっとおかしな人が変なことを言ってる感じもすると思います。〈Desire, I Wanna Turn Into You〉というフレーズも、何を言ってるのかよくわからないし、周りの他の言葉からも、何を欲しているのか見えてこない。いずれにせよ何かしらの欲望を実現させたい、誰かに包み込んでもらいたい、とかならいいのですが、欲望の対象になっている人や物になりたいと思っているならけっこう怖い、みたいな。そんなサウンドや解釈の幅に、アルバムのオープニングソング曲らしさを感じます。
――今回は、現在進行のダンスミュージックへのアプローチが前面に出た曲も印象的でした。ジャングルのリバイバルと共鳴する「Fly To You(feat. Grimes and Dido)」について、話を聞かせてもらえますか?
キャロライン:『Pang』を出したあとすぐに「Bunny Is A Rider」と「Smoke」を作ったことから話は始まります。「Bunny Is A Rider」はファンク調の曲で、「Smoke」はレイヴでもがんがんいけそうなブレイクビーツトラック。そこでアルバムを作っていくにあたって足りないと思ったピースは、この2曲の橋渡しになるような曲でした。そしてそこで思いついたのがもっと軽やかなブレイクビーツ。さらにそれを速くしてジャングルビートにしたら面白いんじゃないかと思ったんです。
――なるほど。上音が優しくてフォークの要素も入っています。「Bunny Is A Rider」と「Smoke」は違ったタイプのフィジカルの強い曲だから、その要素に柔らかな心地良さを入れたかったということでしょうか。そうなると、キックを削ったことにもより合点がいきますね。
キャロライン:その通りです。キックを減らしたことで軽やかさが増して上音がより綺麗に聴こえる。高速ビートに乗って踊れるんだけど、極端に言えばバラードを聴いているような感覚にもなれるという。
――グライムスとダイドをフィーチャーしたのはなぜですか?
キャロライン:私たちは出てきた時期がバラバラだし、それぞれの音楽性からも今回のコラボレーションは意外だと思う人が多いかもしれません。でもすごく理にかなっている組み合わせだと思います。声色もそうだし、3人ともフォークソングを歌うテクニックを持っていながら、エレクトロニックミュージックにも通じている。そしてダイドとグライムスには時代の音を作ってきた先駆者という共通点もあると思う。グライムスは出てきた当初、すごくエキセントリックな人だと思われていたけど、振り返ってみるとサウンドもパフォーマンスもファッションも、時代を先取っていた。ダイドがやっていたことも、のちに当たり前のこととしてみんながやるようになった。だから今回はただお互いの自分らしさを出し合うだけで成立したんです。
――「Welcome To My Island」と「Bunny Is A Rider」のリミックス集に数収録されている全バージョンも、UKガラージ、アシッドなサウンド、パンク/ポストパンクの流れを汲むダンスチューンなど、今のクラブで映える要素が満載で高まりました。
キャロライン:ダンスミュージックに関して私は門外漢だと思っていますが、影響は受けています。だから、今回のリミックスが実際にクラブでかかっている光景を想像すると、すごく嬉しいですね。
――ところで「Bunny Is A Rider」って何ですか? 一気に幼稚な質問になって申し訳ないんですけど。
キャロライン:大丈夫ですよ。私が適当に歌っただけでまったく意味はなくて、この曲を一緒に作ったダニーも同じ質問をしてきたので(笑)。そのあと「面白いからそのまま歌ったら」って。曲のイメージのリファレンスとしては、ティンバランドやThe Neptunesが頭の中にありました。ほとんどビートが変わらず、その上にに「コーラスはどこ?」みたいな、それでいて耳から離れないメロディが乗っている感じ。シンプルだから踊りやすい、歌だけでも踊れるような曲にしたかったから、歌詞に意味がないのはちょうどよかったと思います。ライブにウサギの耳をつけてくるお客さんもいるんです。面白くないですか?
――ナイスパーティー感ですね。では、あなたにとってライブとは?
キャロライン:これは話がかなり長くなるのですが、もう時間ないですよね? なんて言ったらいいんだろう……。自分の作った音楽という素材と自分自身の関係性を表すことに、いかに集中できるかが試されている瞬間かな。こうしてツアーを周っていると、何回も同じ曲を歌わなければならない。歌やダンスパフォーマンス、ステージのセッティング、ファッションなどあらゆる面から、私は曲やアルバムで表現している哲学の中で生きているのだと証明し続けることですね。
――今はSNSが発達したこともあって、アーティストが私生活や曲間のMCで何を言ったかのほうが、音楽そのものより話題になることも多いじゃないですか。それについては、どう考えていますか?
キャロライン:アーティストもメディアもSNSを使っている人も、注目を浴びる術はいくらでもあると思います。もちろんそういった作為ではなく、本気で真摯に向き合うべき問題を提示しているケースもあると思うし、何がどうという判断は難しいけど。
――あなたが伝えたいメッセージや哲学とは何ですか?
キャロライン:私の表現はポリティクスではなくフィーリングです。
■リリース情報
『Desire, I Want To Turn Into You』
配信:https://ffm.to/diwttiy
<収録曲>
1. Welcome To My Island
2. Pretty In Possible
3. Bunny is a Rider
4. Sunset
5. Crude Drawing Of An Angel
6. I Believe
7. Fly To You (feat. Grimes and Dido)
8. Blood And Butter
9. Hopedrunk Everasking
10. Butterfly Net
11. Smoke
12. Billions
■関連リンク
Website:https://linktr.ee/carolinepolachek
Instagram:https://www.instagram.com/carolineplz/
Twitter:https://twitter.com/carolineplz
YouTube:https://www.youtube.com/CarolinePolachek