日食なつこ、制作スタイルの変化が導く次なるフェーズ 新作『はなよど』から辿るクリエイティブへの姿勢
発言権を得るためにクオリティの高い曲を書き続けている
ーー5曲目の「diagonal」は今作で唯一の弾き語り曲ですね。
日食:10年以上前に書いた曲です。この曲は一発録りなんですけど、他の6曲のアレンジがバラバラなので、そこにシンプルな弾き語りを1個だけ入れるのは弱いかなって思い、ザ・お部屋感を出そうと考えました。具体的にはピアノに当てたマイクと、ボーカルに当てたマイクをガクンと落として、遠くで全体の音を拾っているルームマイクだけを上げてもらう。そうすることで、さながら隣の部屋の音漏れを聞いているような曲になったかなと思います。
ーー歌詞からは人生における意地とか情念を感じます。
日食:これはそういう曲ですね。ただ、歌詞に関しては「随分古い曲です」、とだけ言っておきます(笑)。「やえ」もそうですけど、今回は情報を出しすぎると特定される曲が多いので、敢えてぼやかしておこうかなと。
ーー「ライオンヘッド」は何よりもLA SEÑASのアレンジが効いています。打楽器が入ると不思議と生命力を感じますね。
日食:ですよね。LA SEÑASはツアーも一緒に回った打楽器集団なんですけど、彼らはステージ上でやることを即興で決めていくんです。指揮者がスッと出てきて、その人のハンドサインを見ながら全員が音を出していく。それを繰り返して、どんどんテンポを速くしたりブレイクしたりしながら繋げていくという、まさに生きた音楽、生命力のある音楽をやっている人たちです。
ーーなるほど。
日食:実は「ライオンヘッド」は15年前に書いた曲なんです。「ライオンがサバンナで孤独にいる」という画だけは浮かんでいて、それを活かしてくれる音に出会えるまで待っていたら、いつの間にか15年間も寝てたっていう感じなんですけど。それが一昨年ですかね、LA SEÑASのライブを見た瞬間に、「ライオンヘッド」はこの人たちにやってもらうために今まで寝かせていたんだなって直観して。
ーーそれで彼らにオファーしたと。
日食:ただ、なんせ特殊な音楽をやっている方々なので、これはメンバーさんとの距離の詰め方が大事だと思い、一年半くらいかけて好きですと伝えていきました(笑)。まずは観客として観に行って、一緒にツアーをやりましょうっていう相談から外堀を埋めて、お互いを知った上でお願いしました。実際レコーディングも凄く面白かったです。その場でどんどん音が変わっていくし、LA SEÑASの皆さんは、レコーディングをしていなくても会話の中でリズム遊びをしているような方たちなんですよね。こういうスタンスで音楽をやり続けていいんだなって、学ぶところが沢山ありました。
ーーそれにしても15年間というのはすごいですね。その頃はまだキャリアは……?
日食:始まっていないです。日食なつこになる前の曲ですね。
ーーライオンがひとりでサバンナに立っている姿と、ひとりで活動していたご自身の姿が重なるところもあるんですか?
日食:それもありますね。でも、これにはモデルの小説があって、それは文庫本になっているものではなく、同じタイトルの携帯小説なんです。私が高校2年生の時に投じられたもので、今となっては誰が書いたのかもわからない。その作品の中に出てくるヤンキーの金髪の女子高生は、周りからはちょっと浮いていて、密かにライオンヘッドと呼ばれている。そしてそれを見ている男子高校生がいて、彼は孤立しているそのライオンヘッドのことを人の群れに戻してあげることもできないし、それでもその子が気になって目が離せないっていう。そういうふたりの孤立感と、自分の高校生活のちょっとした孤立感っていうのがリンクするところがあって、そこが響いて書いた曲ではありました。
ーーそして最後は夏の曲が待っています。
日食:「春のアルバム」と言いつつ、最後は夏で終わるっていう(笑)。でも、それは狙っていたところでもありました。「蜃気楼ガール」は「水流のロック」という曲を書いたのとほぼ同時期ぐらいにあった曲で、7、8年前に書いているんです。で、これも自分の技術が至らず歌えなかったりしたんですけど、聴きようによっては恋愛ソングになるので、春が終わって夏に向かっていくような終わらせ方でもいいかなと思い今回入れました。ライブで凄く映える曲だと思うので、ファンサービス曲と言いますか、お客さんも音楽できるような曲ですね。
ーー最後にリリース後のお話も少し聞けたらと思います。まず、創作ペースが上がってきていますよね?
日食:そうですね、もうリリースはやりたくないです(笑)。
ーーええ(笑)?
日食:消費されるものと聴く人に認識させてしまうのはよくないというのと、食べきれないだろうなと。なので胃袋の調子を考えて、ここで1回止めてあげないといけないかなと思っています。ただ、曲自体はずっと書き続けていますし、個人的にはもう次が見えているんです。
ーーすごく調子が良いんですね。
日食:やっぱり山ですかね。書かないと自分が消えてしまうという、焦りを掻き立てられる場所だから。夏場は自分で草刈りをし、冬場は自分で雪かきをし、自立するための修行を受けているような状態なので、その反動で言いたいこともいっぱい出てくるんです。精神がある程度痛めつけられても大丈夫な人は、山での制作は向いていると思います。
ーータフになるんですね。
日食:なりますね。私はその作り方が好きですし、昔からそういう気質なので。人に助けられるよりかは、自分でギリギリまで行き切りたいです。
ーー「diagonal」では〈ひとりでゆきたい 闘い勝ちたい〉とも歌っています。歌うことはファイティングポーズを取ることだと思いますか?
日食:そうかなと思っていたんですけど、最近はそれもちょっと違うかなと思います。たぶん私は市民権を得たいんだと思います。発言権というか、「こういうことをずっと歌っているあいつの話だったら、耳を傾けてやってもいいかな」って、ひとりでも多くの人に言わせたい。その手段として、頑張ってクオリティの高い曲を書き続けているんだと思います。
ーー2023年もそのための大きな1年にしたいですね。
日食:リリースはしないけど音楽を届けられる手段はないかなと、ものすごく矛盾したことを考えています。なのでやるとしても、既存曲を使ってちょっと変則的なことをやる年になるんじゃないかな。もしくは、『蒐集大行脚』というツアーを巡ったバンド(沼能、仲俣和宏、komaki)のグルーヴがすごく良いので、そこを突き詰めて何か4人で制作してみるのもいいかなと思っています。
ーー最初に日食さんがセンターにいるのではなく、メンバーが横並びになってきたと言われていました。自分の音楽を共有したり、あるいは他者の技術で料理してもらうことを楽しんでいるように感じます。
日食:そういうモードになってきましたね。数年前まではそれが全くわからなくて、ひとりでこれだけピアノを弾けているからよくないですか? みたいなことが多かったんですけど。そこでやれることはやったので、次のフェーズに行きたいです。最悪自分がピアノを捨ててでも、人と化学反応を起こす。そうすることで、20代までには聴いてこなかった音楽に出会えるんじゃないかって心境になっていますし、今はその扉を全開にして向かって行きたいです。
■リリース情報
『はなよど』
発売:2023年4月5日(水)
価格:¥2,200+税
配信:https://orcd.co/nisshoku
特設サイト:https://nisshoku-natsuko.com/hanayodo-floweranddust/
■ツアー情報
日食なつこ「花鳥域」
5月27日(土) 北海道 いわみざわ公園 色彩館
6月3日(土) 福岡 アイランドシティ中央公園 体験学習施設ぐりんぐりん
6月10日(土) 島根 松江フォーゲルパーク
6月11日(日) 愛媛 中山フラワーハウス
6月17日(土) 新潟 いくとぴあ食花 花とみどりの展示館
6月24日(土) 静岡 下賀茂熱帯植物園
6月25日(日) 大阪 後日詳細発表
7月1日(土) 東京 後日詳細発表
オフィシャルサイト
https://nisshoku-natsuko.com/