『夕暮れに、手をつなぐ』空豆と音の距離感が投影された主題歌 ヨルシカ「アルジャーノン」に詰まった不確実さときらめき
第7話ではタイトルを象徴するようなワンシーンが観られた『夕暮れに、手をつなぐ』(TBS系)。ひょんなことから始まった浅葱空豆(広瀬すず)と海野音(永瀬廉)の共同生活は第8話で終わりを迎える。いつまでもずっと続くはずのない“このまま”。互いに自分の夢に向かって進み、才能が認められ、見出されるほどに“今のまま”の生活を続けることなどできない。そんなこと頭ではわかっているはずなのに、すぐには受け入れられない。そんな空豆の心情にそっと寄り添い、その頬を撫でていくかのように流れるのがヨルシカによる主題歌「アルジャーノン」だ。
YouTubeでは空豆目線でのPVが公開されているが、これは音が家を出ていくことを告げた後の空豆の心境を描いたものだろう。いつも音と一緒にふざけ合い投げつけ合っていたお手玉を1人天高く舞い上げる空豆に、いつもなら作曲中の音の姿があるPCの前には彼の不在を知らせるかのように風になびくカーテンが揺れるだけ。空豆が一人スマホで眺めていたのは音がプロデュースするユニット「ビート・パー・ミニット(BPM)」のデビュー曲「きっと泣く」のMVと、2人の距離をどんどん引き離すかのように伸びていく再生回数だろうか。空豆が1人家事をこなす姿が映れば、どうしたって我々はそこにいるはずの音の気配を無意識に探してしまう。
しかし、これは何も空豆側だけに起こった喪失ではないのだ。「アルジャーノン」のサビの歌詞にもあるように、きっと音も同じような想いを持っているのだろう。
〈貴方はゆっくりと変わっていく とても小さく/少しずつ膨らむパンを眺めるように/貴方はゆっくりと走っていく/長い迷路の先も恐れないままで〉
婚約者を追って上京するなり盛大に振られて自暴自棄になっていた空豆が、蕎麦屋でバイトをしながら婚活に精を出してみたり、祖母に地元に連れ戻されそうになりながらもファッションデザイナーになるという夢を見つけたり。音は空豆について“一緒にいても飽きない”と話していたが、みるみるうちにその才能を開花させていく姿を目の当たりにできることは、最も近くにいる人間にだけ与えられた特権であり特等席のようなものだろう。しかし、翻ってそれはある時を境にこれまで共有できていたはずの世界や景色が全く変わってしまったことを強烈に、否応なしに突きつけられる残酷な運命と隣り合わせだとも言える。“才能”が一度見出されてしまえば当人同士がどれだけ“このまま”を望もうとも周囲がそれを許さず、何もかもが音を立てて変化し始める。自分が心奪われた美しいドレスをショーウィンドウ越しに見せたい相手や、自身の納得いく楽曲を真っ先に聴かせたい相手、そしてショックな出来事があったら真っ先に伝えたい相手との距離を一気に遠ざけてしまう。“才能”の渦に飲み込まれていく空豆と音を観るにつけ、2人でずっと同じ歩幅で、同じスピードで夢に近づけたらどんなにか良いのに……と心のどこかで願ってしまう。