連載「lit!」第30回:ハウスやレゲトンの活況、ビッグネームの新作リリース……2022年グローバルポップの動向を総括

 どうしても海外の動向を紹介する際は、アメリカ・イギリスを中心に語らざるを得ないのだが、チャートを見ても英語圏一強というわけでは全くなくなっているのも2022年の特徴である。上述したビヨンセのアルバムでも取り入れられていた「レゲトン」というジャンルが、今年は作品の質でも人気でも圧倒的に勢いがあった。その代表的な存在が以前の連載でも掲載したプエルトリコ出身のバッド・バニーとスペイン出身のロザリアだ。どちらもスペイン語圏であるが、英語圏のチャートにも多数ランクインし続けていた。特にバッド・バニーの『Un Verano Sin Ti』は、これまでドレイクの保持していたSpotifyでの1日の歴代最多再生回数を塗り替えてしまったほどの盛況ぶりであった(※3)。23曲で80分をも超える長大なアルバムだが、スカを取り入れたり同郷のインディーポップバンドのThe Maríasを客演に迎えたりなど、単なるレゲトン一辺倒のアルバムではないアプローチも試みている。それゆえ圧倒的な商業的評価に加えて批評的評価も高く、名実ともに世界的トップアーティストであると言える。

 一方ロザリアの『Motomami』は、レゲトンを基調としながらも強烈にスキルフルなラップからうっとりするようなバラードに至るまで全てを混ぜ込んだような情報量満載の作品である。1曲の中でも様々なBPMが入り乱れるような果てしなく過激なアプローチを貫徹し、批評的・商業的評価を得た。スペイン語圏の音楽の勢いはレゲトンにとどまらない。メキシコ出身のシルヴァーナ・エストラーダの『Marchita』と、同じくメキシコ出身ナタリア・ラフォルカデの『De Todas las Flores』は、スペイン語が生み出す独特のフロウと、アコースティックギターを中心とした普遍的な叙情に彩られたサウンドが溶け合っており、筆者も今年非常によく聴いたアルバムであった。このようにスペイン語圏の音楽の人気やクオリティは完全に世界規模のものとなっており、来年もその勢いは増していくだろう。

Bad Bunny - Tití Me Preguntó (Video Oficial) | Un Verano Sin Ti
ROSALÍA - SAOKO (Official Video)
Silvana Estrada — Carta (en Madrid)
Natalia Lafourcade - María la Curandera (Video Lyric)

 レゲトンに加えて注目したいジャンルとして、「ジャージークラブ」がある。ハウスミュージックから派生し、2000年ごろに形成されたジャンルと言われ、今年のポップミュージックシーンでもその影響下にある楽曲をよく耳にした。上述したドレイク『Honestly, Nevermind』収録の「Currents」や「Sticky」はまさにジャージークラブに影響された曲であり、ドレイクが流行を勢いづけたことは確かだろう。その流行に乗って大規模なヒットを生み出したのがフィラデルフィアのラッパー、リル・ウージー・ヴァートの「Just Wanna Rock」である。ジャージークラブの5ビートを下地に、特に内容のないラップとシンセの浮遊感のみを漂わせて2分で終わってしまう異様な楽曲である。その踊らせることに特化した作風が受けたのか、TikTokを中心に本人のダンス動画がバイラルヒットした。今後このリズムの流行がどうなるかは分からないが、国内ではゆるふわギャング、PUNPEE、kZm等の日本のラップ/ヒップホップアーティストも取り入れていたように、しばらくは国内外問わず時折耳にするリズムにはなると思われる。

Drake - Sticky (Official Music Video)
Lil Uzi Vert - Just Wanna Rock [Official Music Video]

 TikTokを中心に人気を博した楽曲の代表例として、スティーヴ・レイシーの「Bad Habit」が挙げられる。チャート登場から徐々に順位を上げていき、13週目で1位に到達した。本楽曲を収録した『Gemini Rights』はR&B、ヒップホップ、ロックを折衷したような音楽性であるが、宅録的なローファイな質感が若干のサイケ感を醸し出しており、それがこの作品を独自なものとしている。また、彼の楽曲が若い世代を中心に絶大な支持を集めるのは、クィア(バイセクシャル)男性として自らの弱さや孤独感を正直に吐露する姿勢が共感されるからだ。R&Bやヒップホップの文脈でマイノリティがこのように支持を集める土壌を作ったのは、元を辿ればフランク・オーシャンの存在が大きい。また今年同様の支持を集めたアーティストとして(本連載第1回で紹介している)オマー・アポロの名も挙げられるだろう。

Steve Lacy - Bad Habit (Official Video)
Omar Apollo - Evergreen (You Didn’t Deserve Me At All) [Official Music Video]

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