連載「lit!」第30回:ハウスやレゲトンの活況、ビッグネームの新作リリース……2022年グローバルポップの動向を総括

 昨年から続くポップパンクの盛り上がりに続いて、今年はインディーロックにおいても新たな風が吹いた1年だったと言える。特にメディアからの評価も高いのはイギリスのワイト島出身で来年2月に来日公演も控えている2人組バンド、Wet Legのデビューアルバム 『Wet Leg』である。彼女らの音楽性はひたすらにキャッチーなポップロックといった向きで、そこに革新的な新しさは特にない。彼女らの楽曲やMV、ソーシャルメディアでの振る舞いはとにかくユーモアに富んでいて、しかもかなり自虐的だったり悪趣味だったりするのが面白い。そういった今までにないキャラクターで、かつそれが極めて自然体なのが彼女らの新しさなのである。ちなみにWet Legはグラミー賞にも5部門でノミネートされているのだが、特に注目すべきは「Best Engineered Album」でのノミネートである。というのも、近年のロンドンのバンドシーンを支える名エンジニア、ダン・キャリーがプロデュースを手掛けているのだ。音楽性の真新しさがないとは言ったものの、やはりこれほどまでに彼女らの音楽が広く支持を集める裏には必ず理由があるのだ。

Wet Leg - Wet Dream (Official Video)

 また、何と言ってもハリー・スタイルズの『Harry's House』は、今年のロックを語るうえで欠かせない一枚である。アルバム全体としてはR&Bやカントリー、ファンクといったジャンルも横断しており、決してインディーロックの枠に収まらない懐の深さを持った作品であった。中でも「As It Was」は、「Billboard Hot 100」で通算15週1位を記録するという記録(※4)からも分かるように、圧倒的に根強い人気を誇る2022年を代表するポップソングである。インディーロック的なサウンドをメインストリームにおいて大ヒットさせた点は、ハリーにとってだけでなく、ロック界全体が勢いづいてくるような重要な動きだったと言えるだろう。来年3月の来日公演は単独のようだが、ヨーロッパツアーはWet Legと共に回る。ビヨンセと同様、若手をフックアップするというスーパースターとしての役目も果たしている。

Harry Styles - As It Was (Official Video)

 また、ロックの話題というと、今年はベテランの域に入ったビッグネームの新作リリースも相次いだ。年始にはRadioheadのトム・ヨークとジョニー・グリーンウッド、そしてSons Of Kemetのトム・スキナーをドラマーに据えて結成したThe Smileが、「You Will Never Work In Television Again」という激しいポストロック調の楽曲をリリースした。そして5月、デビューアルバム『A Light for Attracting Attention』を、ケンドリック・ラマーの新作と同日に発表した。Radioheadというあまりにも巨大で偉大な看板を一旦下げて別名義を使うことで、骨太なギターロックに回帰するという思い切りが可能になったのだろう。Red Hot Chili Peppersは、ぴったり10年ぶりに復活したジョン・フルシアンテを迎えた“新体制”で、4月 に『Unlimited Love』を、10月に『Return of the Dream Canteen』をリリース。2月には来日公演が予定されており、精力的に活動を開始している。

 3月に来日公演が決定したArctic Monkeysは、前作『Tranquility Base Hotel &Casino』のムードを引き継ぎつつ、バンドのダイナミズムとストリングスの融合をより一層大胆に試みた 『The Car』をリリース。それがThe 1975が『Being Funny In A Foreign Language』を発売した1週間後の出来事であったことからも、今年のイギリスにおけるバンドシーンの充実具合が窺えよう。様々なセールス上の大記録を樹立したテイラー・スウィフトの『Midnights』に阻まれるかたちで、Arctic Monkeysの全作連続全英1位の記録は途絶えてしまったが、もはやリスナーも本人たちもそんなことは全く気にしていないに違いない。バンドを長く続けることはそれだけで至難の業であるはずだ。よく考えると年齢もキャリアも大きく異なる3組だが、どのバンドもチャートアクションといった商業的評価についてのプレッシャーからある程度解放され、良い意味で肩の力を抜きつつ自分たちの表現を追求できているように見える。

The Smile - You Will Never Work In Television Again
Red Hot Chili Peppers - Black Summer (Official Music Video)
Arctic Monkeys - There’d Better Be A Mirrorball (Official Video)

 最後に筆者が特に感銘を受けた作品を紹介して本稿を閉じたい。まずは米国の4人組バンドBig Thiefの5thアルバム『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』から、「Simulation Swarm」という1曲。この名曲尽くしの大作アルバムの中でも、特にこの「Simulation Swarm」のサウンドは筆舌に尽くしがたい神秘的な響きをもっている。筆者の訪れた来日公演で披露された際、イントロが響いた瞬間にオーディエンスが沸き立ったように、すでに彼らの代表曲であり、不朽の名曲としての地位を確立している。

Big Thief - Simulation Swarm (Official Audio)

 Jockstrapの「Concrete Over Water」も今年最も美しく神秘的な楽曲であった。Black Country, New Roadのメンバーでもあるジョージア・エラリーのあまりに透き通った美声で紡がれる極上のメロディと、それをさらに美しく演出するシンセサイザーの和音。そして突如訪れる明らかにおかしな破滅的な展開には呆気にとられるほかない。成熟を迎え始めたサウスロンドンを起点とするバンドシーンとその周辺には、まだまだ注目する必要がありそうだ。

Jockstrap - 'Concrete Over Water' (Official Video)

 最後に紹介したいのがWednesdayという米ノースカロライナ州アッシュビルの5人組バンドの最新曲「Bull Believer」だ。本楽曲は二部構成となっている。けたたましいサイレンのようなラップスティールが鳴り響く前半も、全てが渦に包まれるような後半も、あまりに90年代のオルタナティブロックのスタイルを踏襲し過ぎてさえいるように思えるが、逆にその荒さと重さが2022年には新鮮に聴こえてくる。ノイズの奥で放たれるボーカルのカーリー・ハーツマンの容赦ない絶叫に、恍惚としたものを感じてしまうのは私だけではないだろう。

Wednesday - Bull Believer (Official Video)

※1:https://www.billboard.com/music/rb-hip-hop/sza-sophomore-album-recorded-100-songs-1235157079/
※2:https://pitchfork.com/features/lists-and-guides/best-albums-2022/、https://pitchfork.com/features/lists-and-guides/best-songs-2022/
※3:https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/111816 
※4:https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-63045287

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※記事初出時より一部表現を変更いたしました。

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