連載「lit!」第12回:ビヨンセ、The 1975、Mura Masa…ダンスフロアへ向かう夏の海外ポップミュージック チルな曲と併せて紹介
先日開催された『FUJI ROCK FESTIVAL '22』(以下、フジロック)では、3年ぶりに海外アクトも集結し、現地はもちろん配信でも大きく音楽ファンを賑わせました。あいにく今回の「lit!」を担当する筆者は現地には行けませんが、3日間存分に国内外問わず多くのアーティストのライブ配信を自宅で楽しみました。また、『SUMMER SONIC 2022』(以下、サマソニ)の開催も来週に迫っており、同時に海外アーティストの来日公演も数多く発表され、極度の円安や感染症拡大といった厳しい状況に見舞われながらも、急激に活気を取り戻しているように見受けられます。
そこで今回の海外ポップミュージック回では、フジロックやサマソニといった夏フェスでの注目アクトも交えつつ、夏に聴きたい「ダンサンブルな楽曲」と「清涼感のあるチルな楽曲」を紹介していこうと思います。
ビヨンセ「CUFF IT」
まず紹介するのは言わずと知れた世界最高峰のスーパースター、ビヨンセ待望の新作アルバム『RENAISSANCE』の4曲目に収録の楽曲です。
大胆にも“ルネッサンス”と題された今作は、非常にパーソナルな内容でありながら同時にアフリカン・アメリカンや女性の歴史まで包括した驚異的な構成力と語り口の強靭さを持った大傑作『Lemonade』に続く、実に6年ぶりで7作目のアルバム作品です。先行シングルである「BREAK MY SOUL」では、ドレイク(本アルバムにも参加している)の新作『Honestly,Nevermind』(※1)と同じくハウスミュージック路線に舵を切ったことで世界を驚かせました。同曲でのロビン・S「Show Me Love」とビッグ・フリーディア「Explode」のサンプリング(※2)、またゲイである亡き叔父、ジョニーに捧げた11曲目の「HEATED」などからは、アルバムに通底するクィア・コミュニティを讃えるテーマが見受けられます。また、本作は特に2曲目「COZY」の歌詞に顕著ですが、アフリカン・アメリカンであることの誇りや自分らしくあることへの賛辞も含まれていることが分かります。
今回紹介する「CUFF IT」は、歌詞もサウンドも一際ポップでダンサンブルな、抜群に解放感溢れる夏らしい一曲です。思わず体が揺れ動いてしまうファンキーなパーカッションとベースライン、ビヨンセの圧倒的な歌唱力とラップにも近いフロウが堪能できる至福のディスコチューンと言えるでしょう。
さらに注目したいのは曲間の繋ぎ方です。特に本楽曲から「ENERGY」、そして前述した「BREAK MY SOUL」へと続く3曲のシームレスな繋ぎ方は、最高のDJプレイに居合わせたかのようで、たとえ自宅で一人で聴いていても盛り上がること間違いなしです。
アルバムリリースのアナウンスに際しては、アルバム名の先頭に“act i”と付けられており、本作が3部構成の第1幕にあたることが明らかにされています。前作同様コンシャスなテーマの語り口も踏まえた上で、それをポップスとして昇華する圧倒的な構成力を含みつつ、そのサウンドは内省的というよりどこか軽快さも持ち合わせています。当然のように本作も全米1位を獲得し、7作連続の記録を打ち立てたクイーンの今後続く(と思われる)残りの2部作にも期待せずにはいられませんが、今はとにかく彼女の言う通り(※3)、叫び、解放し、自由を感じられる場所で身体を揺り動かしながらこの音楽を聴くことが何よりの喜びでしょう。
The 1975「Happiness」
続いて紹介するのは、ついに来週に迫ったサマソニのヘッドライナーを務める、イングランドのマンチェスター出身の4人組、THE 1975の10月にリリース予定の5作目となる新アルバム『Being Funny In A Foreign Language』から第2弾となる先行曲(第1弾は本連載第9回でも紹介のある「Part Of The Band」)です。先に紹介したビヨンセも新作で大きくダンスミュージックに舵を切ったように、彼らの新曲もダンスフロアのムードに満ちたものです。各種ストリーミングサービスではイントロなどが短縮されたバージョンとセットで配信されていますが、それを“Dance Floor Edit”と称していることからも彼らの視線の向く先がうかがえます。
2020年5月リリースの4作目『Notes On A Conditional Form』に至るまで、人気や評価の高まりと同時に彼らの楽曲の複雑性も増していきましたが、本楽曲は初期作に近いテイストと言えるでしょう。ただ明らかに異なるのは、サウンドの質感や緻密さで、特に耳触りの良さは段違いです。また、バンドのフロントマン、マシュー・ヒーリーのボーカルの表現力も格別に磨きがかかっています(特に1分40秒あたりの〈I’m messin' it up〉のラインにおける歌唱は白眉ではないでしょうか)。
本楽曲のクレジットを見てみると、“DJ Sabrina The Teenage DJ”という見慣れない名前が載っていますが、米音楽メディア・ピッチフォークの特集記事(※4)によれば、“カルト的なダンス・ポップ・プロデューサー”であるらしく、そのデモ音源を大きなインスピレーション元として本楽曲は制作されたようです。さらに、その名と共にクレジットされているのは近年のテイラー・スウィフトやラナ・デル・レイ、クレイロ等の作品を担当した超売れっ子プロデューサー、ジャック・アントノフです。前述のDJ Sabrina The Teenage DJの幸福感あふれる音楽性と、THE 1975のサウンドが極めて高水準でマッチしているのも彼の手腕によるところが大きいのではないかと思われます。
このように常に進化を続けるバンドの姿勢やセルフプロデュース力がこの一曲の様々な面から見て取れます。アルバムの方向性は簡単には予測できませんが、彼らが現代最重要ロックバンドの筆頭として最前線に立ち続けるのも頷ける、確かな実力を兼ね備えたアーティストであることだけは間違いないようです。
Mura Masa「bbycakes(with リル・ウージー・ヴァート、ピンク・パンサレス and シャイガール)」
今年のフジロックではWHITE STAGEのトリとして圧巻のステージを繰り広げたMura Masaですが、現時点での最新作であるロックテイストの強い内省的な前作『R.Y.C.』(2020)からは2曲のみのプレイで、大半は2017年のセルフタイトル作『Mura Masa』と9月リリース予定の新アルバム『demon time』からの先行曲というセットリスト(※5)でした。先に紹介した2組同様、コロナ禍を経てダンスフロアへ向かうムードはやはり世界的な潮流なのかもしれません。
今回紹介するのはそんな来たる新作より、フジロックでもプレイされたこちらの楽曲です。涼し気で夏らしいトロピカルな音像はMura Masaの代表曲「Love$ick」を思わせます。また、ピンク・パンサレス印のドラムンベースのBPM150前後のトラックに合わせて、9月にデビューアルバムをリリースするシャイガール(Shygirl)の歌唱がキュートに響きます。しかし、1つ目のヴァースを歌うのはラッパーのリル・ウージー・ヴァートという意外な人選で、その特徴的な高い声でのマンブルラップは鳴りを潜め、滑らかなフロウでしっかり歌っているのにも意表を突かれます。しかもそれが楽曲を損なうことなく成功している点は驚異的です。
Mura Masaの有名無名を問わない客演の人選の的確さは『Mura Masa』の時点で周知の事実ですが、さらにその確かさが示された一曲であり、日本からはラッパーのTohjiも参加している来月リリースの『demon time』に向けられる期待が裏切られることはないでしょう。