ノラ・ジョーンズ、聴衆を親密な空間へと誘う魔法のようなステージ ブライアン・ブレイドら豪華演奏陣と届けた極上の音楽体験
今回のライブでカギを握るのはブライアン・ブレイドだった。ブライアンは歌ものの曲に最高の演奏を提供してくれるドラマーではある。一方で、彼はただリズムキープをしているだけでは済まないドラマーでもある。ブライアンはグルーヴはキープしながらひたすら動くドラマーで、それはフィルを入れる的な通常のドラマーが行うような常識的な変化ではなくて、びっくりするくらい常に変化している異端中の異端と言っていいスタイルのドラマーだ。ただ、ふっと生まれた音の隙間にブライアンがバンっとタムの音を置くだけで魔法のようなグルーヴが立ち上がり、バンドが輝きだす。こんなドラマーは他にいない。そのドラミングがノラの名曲と組み合わさるのが今回のコンサートだった。
ブライアンはずっと即興演奏をしていて、動き続けているのだが、そこにはジャズだけでなく、フォークやゴスペルやブルース、カントリーのリズムパターンやフィーリングが的確に差し込まれている。異質なのにずっと的確にノラの音楽を奏でているのだ。そして、面白いのはノラの歌と共に動いていること。ブライアンはメロディを奏でるように、ドラムで歌うように演奏するのだが、それはまるでノラの名曲の中でところどころでユニゾンしたり、ハモったりしているかのよう。言うまでもないが、そこにぴったりと寄り添っているのがクリス・モリッシーのベースだったりもする。単純にこの2人のやり取りだけでもウルトラ・ハイレベルであり、極上だったのだ。
そんなブライアン(とクリス)の演奏を求めて起用しているノラは前回の来日とは明らかに異なるグルーヴを歌にも、ピアノにも宿していた。そして、ノラの名曲たちが生命力を宿しているかのようにパワフルに躍動する。歌唱の表現も大胆になっていて、それは明らかにリズムセクションが生み出すエモーションに呼応したものだろう。それと同時にノラのピアノだって躍動する。高音部をキラキラと鳴らしながらコロコロと転がるようにリズミカルに奏でるフレーズの中に時折グイッと濁る音を混ぜ込んでは陰影をつけていく。それは『Day Breaks』以降、聴かれる演奏で、ライブ盤の『'Til We Meet Again (Live)』には収められていたものだが、今回のライブでもそんな箇所が随所にあった。例えば、「Say No More」(『Pick Me Up Off The Floor』収録)の原曲はソウルフルな曲でピアノもかなり弾いていたが、今回のライブバージョンではピアニストとしてのノラをさらに堪能できる1曲に変化していた。原曲ではピアノが全体のアレンジの中のひとつといった印象だったが、ライブでは音色をどんどん変えながら自分自身の語り口にしていて、フィーリングが全く違っていた。こういうノラを引き出せたのが今回のコンサートだったのだ。
かと思えば、大名曲がかなり攻めたアレンジと演奏になっていたのもスペシャルで「Sunrise」は曲の中でテンポが変わっていって、原曲よりもドリーミーなムードになっていた。そういった曲で活きるのがペダルスティールで、そこでブライアンはペダルスティールが映えるようなドラムを叩いていたりもして、とにかく楽曲がよく練られていたのも印象的だった。大名曲「Don’t Know Why」にしてもイントロで全く分からず、〈My heat is drenched in wine〉でいきなり始まり、そこからめちゃくちゃ遅いテンポで、しかも、ブライアンのドラムはかなり後ろめ。後ろに引っ張られるようなまどろむようなサウンドの上であの誰もが知っている曲をゆったりと、時にわざとレコードを遅く回転させたようにも感じさせるくらいに引き延ばし気味に歌う。端的にものすごく変わったアレンジになっていた。
ノラ・ジョーンズには圧倒的な名曲群と圧倒的な声と歌があり、彼女の音楽には明確に「ノラ・ジョーンズの世界」がある。一方で、ブライアン・ブレイドにも彼がドラムを叩くだけで、彼のグルーヴによって生み出される「ブライアン・ブレイドの世界」が確実にある。この日のコンサートはそんな2人の世界ががっちりと重なり合ったことで、実にスリリングで奇妙で、楽しく、美しいものになっていた。ノラ・ジョーンズとブライアン・ブレイドが共演しているスタジオ録音の音源なんて山ほどある。というか、ブライアンはノラのレコーディングにおけるレギュラードラマーなわけで、ほとんどのアルバムでは彼がドラムを叩いている。にもかかわらず、この日はアルバムとは全く違う音楽が鳴っていた。それは一瞬たりとも目を離せない、“ジャズ”と呼ぶしかないような音楽と言っていいだろう。その通常は狭いジャズクラブで行われるべき音楽をノラは武道館で奏でるわけだが、これを実に親密に鳴らしてしまう。
この日、最も驚いたのは、ノラの音楽は一万人規模の武道館でもその大きさを感じさせない“近さ”を感じられたことだ。僕が見た二階席からは遠かった。ただ、目をつむるとその距離はぐっと縮まって聴こえた。ブライアンのドラムの一音一音がクリアに聴こえ、ダンのペダルスティールがやわらかく漂うさまを届けることができたPAの力もあるだろう。ただ、ノラ・ジョーンズが作り出すムードのマジックなんだろうと僕は思う。パンデミックの時期に彼女が自宅から配信してくれた動画がそうであったように、一万に規模の会場であっても、ひとりひとりに語りかけているようなその表現が醸している世界が、この親密さを生み出しているのだろうと思えた。
何度観に行っても、ノラ・ジョーンズみたいに音楽を奏でられる人はいないなと感動してしまう。そのマジカルな魅力を今回は最も感じたコンサートだったかもしれない。このツアーに来れた人はみんな幸運だった、と僕は思う。
ノラ・ジョーンズ、20年を経て新鮮に響くデビューアルバム ジャズに縛られない、シンガーソングライターとしての姿
本当に年月が経つのは早い。ノラ・ジョーンズのデビューアルバム『ノラ・ジョーンズ』がリリース20周年を迎えたということで、本編の最…