“ボカロ”シーンはVOCALOIDだけじゃない 重音テト、小春六花、弦巻マキ、可不(KAFU)ら人気で賑わう音声合成ソフトの世界

 人の肉声ではなく機械音声の歌唱という手法で、今や新しい音楽として一大ジャンルを築くVOCALOID。従来機械での楽曲制作過程において、最後まで課題として残されていた歌唱を可能にした先駆的技術であり、かつ初音ミク等のキャラクター的認知もあって、現在世間一般的には歌唱能力のある音声合成ソフトをVOCALOIDと呼ぶ認知が定着しつつある。

 しかし、正確なVOCALOIDの定義としては、「ヤマハ株式会社によって開発された音声合成技術及びその応用製品の総称であり、ヤマハとライセンス契約を締結した各社によって販売される製品」のことを指す(※1)。つまり音声合成ソフトという広義のソフトウェアの筆頭製品がVOCALOIDであり、それ以外にも様々なソフトが世の中には多数存在する認識がより正しいものとなるのだ。電子音楽の世界において、VOCALOIDは革新的な存在だった。しかし現在は追従するように多彩な音声合成ソフトが登場しており、中には大勢に“ボカロ”だと誤認されたままの存在も多々あるのが実情である。そこで今回は、VOCALOIDとは異なる魅力を持つこれらのソフトウェアの一部を紹介していきたい。

 まず筆頭として触れたいのは、音声合成ソフトの世界でVOCALOID一強だった2010年前後に、根強い支持を得ていた音声合成ソフト UTAUの存在だ。VOCALOIDとの違いとして最も明確な部分は、無償のソフトである点だろう。製品化されていないが故に、利便性や音質は劣る点もあったUTAU。しかし一方で素人であっても、録音した肉声を共有の音声ライブラリに追加したり、無償でそれらすべてを利用できる自由度の高いシステムが構築されていた。参入の敷居こそ高いものの扱いに慣れた人々にとっては、それもまたUTAUの魅力のひとつであったに違いない。そんなUTAUの存在は、2008年登場の重音テトから徐々に認知度が広がり始める。mothy(悪ノP)「悪ノ娘」のパロディ楽曲でもあり、重音テトの生まれた経緯が記されたtelmin(テルミンP)「嘘の歌姫」(2008年)、ゴジマジP「おちゃめ機能」(2010年)、そして和楽器バンド・亜沙による「吉原ラメント」(2012年)。これらの人気曲から重音テト、そしてUTAUという音声合成ソフトを知った人も多いのではないだろうか。

和楽器バンド / 吉原ラメント(2018.1.27横浜アリーナ)

 重音テトの人気以降も、UTAUには様々なソフトが新たに登場していく。その広がりの延長線上に開発されたのが、2018年に登場したSynthesizer Vだ。これは上記のUTAUに使用されているエンジンの開発者が生み出した音声合成ソフトであり、従来のソフトとはその仕組みが大きな違う。UTAUやVOCALOIDでは、サンプルとなる歌声がそのままデータとして活用されていた。一方のSynthesizer Vはその手法に加え、人工知能にサンプルの歌声を機械学習させる手法を新たに用い、二つのハイブリッド手法によって歌唱を行うソフトウェアとなっている。これにより機械的な発声からより肉声に近い歌声の実現が可能になり、その特徴は生身の人間ならではの、歌唱の合間に挟まる呼気音やささやきなどに如実に反映されている。

 そんなSynthesizer Vの中で、比較的知名度の高いものとして小春六花や弦巻マキなどが挙げられる。落ち着いた耳馴染みの良い声を特徴とする小春六花は、Kanaria「MIRA」(2021年)、梨本うい×YM「シャドーマンショー」(2021年)等の楽曲でその魅力を遺憾なく発揮。また弦巻マキをよく用いるプロデューサーの一人には稲葉曇がおり、「ハルノ寂寞」(2021年)、「ポストシェルター」(2022年)等は寂寥感のあるバンドサウンドと、弦巻マキの声のマッチングが楽しめる作品に仕上がっている。

【小春六花】MIRA【Kanaria】
【小春六花】シャドーマンショー【梨本うい×YM】
稲葉曇『ハルノ寂寞』Vo. 弦巻マキ
稲葉曇『ポストシェルター』Vo. 弦巻マキ

 上記で述べた、機械学習という音声合成ソフトの新たなエンジンの仕組み。実はこの手法はSynthesizer V以前にも用いられており、これを本格的にメイン搭載しているのが、現在VOCALOIDを凌ぐ勢いで注目されているCeVIOシリーズだ。音声データの切り貼りではなく、機械学習によって歌うソフトである点が、VOCALOIDとの大きな差異である。特に2021年登場のCeVIO AIは爆発的な人気の広がりを見せている。従来の類似ソフトに比べ使いやすいUI設計や、なにより肉声に限りなく近づいた滑らかな機械の発声。実際にソフトを使用するクリエイターたちからそれらへの感激と驚きの声が広がり、登場から間もないながらも怒涛の勢いで、昨今の音声合成ソフトを代表する製品のひとつとなっている。

関連記事