優河、魔法バンドの演奏で輝く鮮やかな歌声 『妻、小学生になる。』主題歌も披露した極上のツアーファイナル

優河、魔法バンドと奏でる極上のライブ

優河が歌い続けてきた“別れと始まりの情景”

「優しさとか温度を感じられるもの。人間の体温が伝わるような、触れた時にホッとする温かい歌がもっとあったらいいんじゃないかなって思います」

 2019年5月、筆者が行ったインタビューの中で、優河はこのように答えていた(※1)。それから3年近くが経ったこの春、ドラマ『妻、小学生になる。』(TBS系)主題歌の「灯火」を通して、多くの人々が彼女の歌声から“触れた時にホッとする温かさ”を感じたのではないだろうか。

 とはいえ優河が作り出す温かさは、火照った体の奥底から湧き上がるようなエモーショナルな歌唱とは対照的だ。3月23日にリリースされたアルバム『言葉のない夜に』を聴いてもわかるように、伸びやかかつ芯が強く、しっかりと感情が込められていながらも、どこか落ち着いた雰囲気をまとっていることこそ優河の歌の魅力。それは言い換えるならば、側に居続けたり、手を握り続けたりするだけでなく、距離が離れていても心の奥底で通じ合っていることや、ただ静かに存在していることさえも“温かさ”として肯定する、優しさに満ちた歌声ではないだろうか。大河のようなスケールをまとって、聴き手からさまざまな感情を引き出し、景色と溶け合わせることによって、文字通りの情景を描いていく。そんな魔法のような音楽を、優河は奏でている。

 では、そこで描かれる情景とはどういうものか。これまでのディスコグラフィを見ても、一貫して別れや旅立ち、記憶や愛について歌うことが多かった。吹き抜ける風が誰かをさらってしまうけれど、空を見るとどことなくその人のことを思い出すーー「魔法」を聴いていると、そんな感傷的な一夜を想起させられる。「さよならの声」では、冬の季節が〈君〉をどこか遠くへ連れていってしまうかのようだ。「瞬く星の夜に」で歌われる〈いつかは消えて行く/記憶の中/瞬く星の夜に/何を残そう/何を謳おう〉という歌詞は、彼女にとっての生涯のテーマなのではないかと思う。

 しかし優河は、そうした別れを必ずしもマイナスには捉えていない。〈記憶に溶けて泡になるように/あなたは遠い旅に出ていく〉(「さざ波よ」)、〈めぐりめぐる/時のなかで/すべてが始まるなら/いまがつづいていく〉(「めぐる」)など、終わりはまた新たな出発であるという感覚はどの楽曲にも通底している。それは同時に、優河が『妻、小学生になる。』という、別れと始まりの物語の主題歌を務めたことが、決して偶然ではないことも示していると言えるだろう。「灯火」で歌われる〈あなた〉は側に居続ける存在とは限らないし、〈どこへも行かないで〉と歌いながらもいつか別れが来ることを知っている。だからこそ目の前の瞬間を大切にして、〈あなた〉が残した記憶を抱きしめながら未来を生きていく。〈手のひら触れるように/心を重ねあえたら〉というのは、物理的な距離ではなく、心の距離で温もりを表現する美しい一節だ。

 4月22日、WALL&WALLで開催された『優河 with 魔法バンド「言葉のない夜に」リリースツアーファイナル』で、優河は「ろうそくからろうそくへ火を受け渡すように、灯火を渡し合いながら生きていけたら」という言葉を口にしてから同曲を歌い上げた。ライブ中には「コロナ禍以前から、この3年間は自分の殻に閉じこもってしまってとても辛い期間だったけど、誰かがかけてくれる言葉とか、日々の小さな希望が大切だったんだと気づいて、抜け出すことができた」とも話していたが、ドラマのストーリーのみならず、そうやって優河自身の素直な願いも込められたことで、「灯火」はこれほど素晴らしい曲になったのだ。中盤〜終盤にかけて、「夜明けを呼ぶように」「空想夜歌」で朝陽を信じて探し求め、「さよならの声」「sumire」「ゆらぎ」で“あなた”の声を頼りに進んでいった後に、「灯火」が歌われたからこそ、より一層この曲の温もりが会場中に沁み渡った。印象的なシーンがいくつもあるライブだったが、やはり「灯火」は大きなハイライトだったと言えるだろう。

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