きばやし、くすり、坂上太一、椎井音夢……新人発掘プロジェクト『Enjoy Music!』発、繊細な感情を掬い上げるアーティスト

『Enjoy Music!』発、繊細な感情を掬い上げるアーティスト

 Official髭男dism、ゆず、SEKAI NO OWARI、SKY-HIなど名だたるアーティストのプロデュースを手掛けた保本真吾による、コロナ禍ならではの新人発掘プロジェクト『Enjoy Music!』。保本がTwitterに投稿した「誰か僕と一緒に音楽を作りたい人はいますか?」というひと言を発端に、「#EnjoyMusic!」「#ジョイミュー」などのハッシュタグを通して、プロ/アマチュア、性別、年齢等を一切問わず多くの音源が寄せられた。保本はそれぞれに対してアドバイスを送りながら、ときには一緒にレコーディングを行ったりと、プロジェクト参加者の楽曲制作をサポート。新型コロナウイルス感染拡大の影響でライブや音楽フェスの開催だけでなく、スタジオでのレコーディングといった制作も制限されたりと、音楽業界の将来に暗雲が立ち込めるなか、それは未来につながる一筋の光のようであった。

 保本との共同作業により生み出され、磨き上げられた楽曲群は、昨年リリースされたコンピレーションアルバム『Enjoy Music! New Wave Generations Vol.1』に続き、Vol.2として10月20日より3週連続で配信リリースされる。その第3弾となる『Enjoy Music! New Wave Generations Vol.2 Chapter #3』(11月3日リリース)には、プロジェクト参加者のうち4アーティストによる楽曲、きばやし「嘘」、くすり「名前をつける」、坂上太一「You & I」、椎井音夢「あなたを待つ夏夜」が収録されている。それぞれ聴きどころを紹介していこう。

きばやし「嘘」

 都内を中心にライブを重ねつつ、2020年春に自主制作の1st EP『悲しくて、優しくて、』をリリース。その後も新曲のリリースを重ね注目を集めている神奈川県出身のシンガーソングライター・きばやし。彼女の楽曲の根っこにあるのは、多くの日本人の琴線に触れる歌謡曲調のメロディと触れたら切れそうなヒリヒリとした感情だ。幼い頃から祖母や母親が車の中でかけていた美空ひばりやすぎもとまさとに親しんできたという彼女のルーツは、確かにその楽曲に息づいている(以下、発言はきばやしへのインタビューによるもの)。

 この「嘘」もそうだが、彼女が歌うのは“情念”という言葉がぴったりの、切なく激しい感情。日常の中で揺れ動きながらすれ違っていく心を、淡々と紡がれる言葉とメロディが暴き、ピアノとギターを軸にしたスタンダード然としたサウンドがそれをドラマティックに膨らませていく。愛すればこそ相手の嘘に気づいてしまう、愛すればこそそれをなかったことにはできない……そんな引き裂かれるような思いを、微かなビブラートをまとったきばやしの声はとても生々しく表現していく。

 この曲に限らず、きばやしの歌は別れや失恋を歌ったものが多い。その理由は本人によると「別れの時には『悲しい』の先に様々な感情があるから」だという。憎しみだったり、失望だったり、はたまたそれでも拭えない愛しさだったり。その複雑に入り組んだ、ときに矛盾を孕んだ感情ーーそれこそまさに“情念”だと思うが、そこに触れたとき、きばやしの歌は生まれてくる、ということだろう。元々もの作りが好きだったという彼女は、これまで絵を描いたり小説を書いたり、さまざまな表現に取り組んできたそうだ。その中で最終的に音楽を選んだのは「1番インスタント性がある(その場で何もなくてもすぐに創作することができる)ものが音楽だったから」だという。そんな理由もまた、彼女の表現が一瞬の情動から生まれていることを物語る。

 定型化できず、もしかしたら言語化も追いつかない、奥の奥の奥の感情。「嘘」という曲の至るところにそれは潜んでいる。それを捉えているからこそ、彼女の曲は表面的な共感ではなく、もっと奥底で心が震えるような感覚を聴く者にもたらすのだ。「言葉にできない気持ちの輪郭や靄を少しだけはっきりさせてくれるような歌を作りたい」という21歳のシンガーソングライター、その本質をくっきりと伝えてくれる楽曲である。

くすり「名前をつける」

 1997年生まれ、愛知県のシンガーソングライター・くすり。2016年に本格的に始動すると、2017年には10代限定の音楽フェス『未確認フェスティバル』でコンテストを勝ち抜き、ファイナルステージに進出した実力派である。この「名前をつける」はピアノを基調とした抑制の効いたバンドサウンドが心地よく響く穏やかなミドルチューン。名前のつけられない、そして名前をつけたくない微妙で繊細な気持ちを丁寧に解きほぐしながら、まるで友達に語りかけるように歌うくすりの歌が印象的だ。

 シンプルな言葉遣いでスッと耳に入ってくる歌詞もさることながら、彼女の最大のストロングポイントはメロディの美しさだろう。つぶやくように歌われる低音部に少し掠れながら儚げに伸びる高音部、はっきりと聴こえるブレスの息遣いまで、話し言葉のような自然さと歌だからこそ、豊かな情緒を同居させながら変化していく滑らかな旋律。単にきれいなメロというだけではない、感情と親密に寄り添いながら進むこのメロが、音楽の作り手、歌い手としてのくすりの正直さを伝えてくる。自然な感情の揺らぎの中から生まれてきたに違いない、「顔が浮かぶ」歌なのだ。

 その正直さをさらに引き出すアレンジもいい。前述の通りピアノをベースにしながらストリングスも交わっていく、王道といえば王道のバラードアレンジだが、その真っ当さが彼女の歌にぴったりハマっている。もちろん真っさらな新曲だが、きっとこの曲を聴いた多くの人がどこかで聴いたことがあるような懐かしさを感じることだろう。それまで抑えてきた感情が一気に溢れ出すような最後のサビは圧巻である。

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