さだまさし、カバーアルバムで伝えるフォークソングの普遍性 時代を超えて今に響くメッセージの本質

さだまさしが伝えるフォークソングの普遍性

 “昭和のフォークソング”に対して、どんな印象を持っているだろうか。

 当時を知っている世代にとっては懐かしい、知らない世代にとっては古い、特に20代以下の人たちのほとんどは“よく知らない”というところだろう。つまり、昭和のフォークソングはあの時代だけのものであって、今の音楽とは関係ないものとして扱われているのが現実かもしれない。

 そんな状況に対して、「それは違う。昭和のフォークは今も輝いているし、この先も聴き継がれるべきなのだ」とばかりに立ち上がったのが、さだまさし。彼自身が影響を受けた素晴らしいフォークソングの数々を、今こそ多くの人に届けたいーーそんな思いで制作されたのが、初のフォークソング・カバーアルバム『アオハル 49.69』だ。このアルバムを作った動機について、彼はこんなコメントを寄せている。

「僕の青春期、日本で興ったフォーク・ロックのムーヴメントはある意味では僕の育った『学校』とも言える。(中略)ところがある深夜、テレビを見ていたら、現代まで綿々と繋がる音楽の源流の1つである筈の『母校』がいつの間にか『過去の遺物』として扱われていることに衝撃を受け、少し悲しかった。それで憧れの先輩や同級生また愛しい後輩達など『同窓生』の面影を、懐かしい校舎の陽の当たる窓辺に並べてみることにした。彼らの楽曲が現代の若い世代に届いた時、その音楽が如何に時代を超えた『良きもの』であるかに気づいて貰いたいからだ」(※1)

 さだまさしはここで、昭和のフォークは自身のルーツであると同時に、日本のポップミュージックの源泉の1つであると語っている。それがどういう意味なのかは、『アオハル 49.69』を聴けばはっきりとわかるはずだ。

さだまさし「アオハル 49.69」トレイラー<前編>
さだまさし「アオハル 49.69」トレイラー<後編>

 アルバムの1曲目「空に星があるように」(荒木一郎/1966年)は、さだが14才の時にリリースされた楽曲であり、多感な時期の“さだ少年”に大きな影響を与えたことは想像に難くない。俳優としてデビューした後、歌手/シンガーソングライターとしても才能を発揮した荒木一郎は当時の大スター。ラテン、ジャズの雰囲気を感じさせるメロディ、ロマンティックな歌詞の魅力は、今聴いてもとても洗練されていて、完成度も高い。69才になったさだまさしの、滋味に溢れた歌声にも心を打たれる。

 「誰もいない海」(トワ・エ・モワ/1970年)、「春夏秋冬」(泉谷しげる/1972年)、「旅の宿」(吉田拓郎/1972年)、「傘がない」(井上陽水/1972年)など70年代初頭のヒット曲もたっぷり収められている。当時は高度成長経済期の終わり頃。敗戦から著しい復興を遂げた日本だが、公害や教育問題など、戦後の歪みと呼ぶべき状況も生まれ、若者たちは“どう生きるべきか”という本質的な問題に直面していた。これらの楽曲には、その当時の世相や価値観が色濃く反映されている。

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