じん×白神真志朗×ゆーまお、『カゲロウプロジェクト』とそれぞれが捉える10年の変化 ボカロシーンの渦中から見てきたもの

 10周年を迎えた『カゲロウプロジェクト』が“Re:boot”プロジェクトを始動。その背景と展望を聞くインタビューが実現した。

 話を聞いたのは、『カゲロウプロジェクト』の作者であるマルチクリエイターのじん。そして“Re:boot”第1弾として先日公開された「チルドレンレコード(Re:boot)」でも演奏陣に名を連ねた、オリジナル音源の制作メンバーでもある白神真志朗(Ba)、ゆーまお(Dr/ヒトリエ)の計3人だ。

 再起動を意味する“Re:boot”プロジェクトの真意について。「オリジナル楽曲を超える」をコンセプトに作られたレコーディングについて。そして、新曲も含めたこの先について。10年の足跡と共に語ってもらった。(柴那典)

前例がないものを生み出したことによる“痛み” 

じん / チルドレンレコード【OFFICIAL MUSIC VIDEO】(オリジナル)

――カゲロウプロジェクトの“Re:boot”プロジェクトはどのように始まったんでしょうか?

じん:カゲロウプロジェクトが動き始めたのは2011年だったので、そこから10周年という節目の年になって。その間、悩むこともいろいろあったんですけど、周りの人と何かできないかということを話す中で、過去の楽曲たちをリメイクしようというアイデアが出たんです。だったら自分は改めて「チルドレンレコード」をオリジナルメンバーでやってみたいと思い、お二人に声をかけました。

――白神真志朗さん、ゆーまおさんは、それぞれリメイクの話を受けて、どう感じましたか?

じん:真志朗さんに関しては、久しぶりに自分からご連絡をさせていただいて。「ドライブに行きましょう」って。

白神:そうそう。一緒にドライブに行ったんですよ。会うこと自体懐かしい感じもあったので、普通にいろんな話をして「ああ、楽しかったね」と言って。それで「実は今こんな話があって」と聞いて。「あ、それは楽しみだね」という感じでした。

じん:スタッフの方と話をしていく中で、正直な話、リメイクとはいえ、新しいものを作るということに不安を感じていたところがあったんです。カゲロウプロジェクトで小説を書いて音楽を作ってきたこの10年を一言で表すなら、自分としては相当痛かったので。だからこそ、まずは真志朗さんととにかくお話がしたかった。別件でスタッフの方から「最近、真志朗さんと連絡をとっていますか?」と聞かれたタイミングで「もしよかったら、その連絡を自分がしてもいいですか」と提案して、ドライブにお誘いしました。リメイクの依頼というよりは、まず「こういうことを考えているんですけど、どう思いますか?」と相談したくて。

白神:そのドライブの時にもう一人いたんだよね。

じん:そうなんです。コロナ禍だったのでそれぞれ別の車、3台でドライブに行ったんですけど、もう1台が今回「チルドレンレコード(Reboot)」の動画を作ったINPINEくんだったんです。INPINEくんと真志朗さんはその時が初対面で。その時INPNEくんはまだ動画に着手していない状況だったのですが、今思えば、ああいった形でお二方に出会っていただけてよかったなと思います。心の部分で音と動画が繋がったというか。

――ゆーまおさんはどんな感じでした?

ゆーまお:僕とじんくんはコンスタントに会っていたんですよ。これまでも彼が作った曲のレコーディングで叩いてほしいという依頼を受けてきたので。そういう中で、別案件も含めていくつかの曲の依頼が来た日があって、その中に「『チルドレンレコード』を録ります」という予定があった。「これはなんだろう?」って、レコーディングの3日前ぐらいまで思いながら過ごしてました(笑)。

――じんさんとしては、白神さん、ゆーまおさんというオリジナルの布陣についてはどう考えて選んだんでしょうか?

じん:この3人でやりたいっていう気持ちしかなかったです。それ以外の選択肢がそもそもなかった。原曲に関しても、演奏していただいている内容は自分も大変気に入っていて、当時の自分の編曲能力くらいにしか不満はなかったので。

――先ほど、「この10年は相当痛かった」とお話していましたが、その感覚って、どういうものなんでしょうか。

じん:活動を始めた2011年は専門学校に行っていた頃で、その時やっていたバンドが空中分解して、たまたまボーカロイドをやっていた友人のお兄さんから教えてもらって、ほんとに何の後ろ盾もなく進みはじめたんです。それまでバンドで音楽をやってきた自分の中にも熱意と発信したいメッセージが沢山あって、それを持って漕ぎ出したプロジェクトでしたし、やりたいことをボーカロイドが実現してくれたという側面もありました。でも、あの頃はまだボーカロイドという文化が認められていかない感じがあったというか。その上、カゲロウプロジェクトに関しては音楽の他にも小説があったりして、前例がないことばかりで、好きな人たち以外にはわかりにくい部分があったんだと思います。自分が正しい道を走っているのか間違った道を走っているのかわからない。けれど、周囲の人からは「アクセルから足を離すな」と言われ続ける。そういう意味では、ネガティブな記憶は間違いなくありました。音楽シーンからも疎外感がありました。

――たしかに、カゲロウプロジェクトの音楽は間違いなくロックだし、日本のロックの文化に連なるものだと思うんですが、当時はロックバンドの側から理解されていなかった感はあったかもしれないと思います。

じん:そうですね。わりと周囲の人、クリエイターやバンドをやってる人たちからも「あれは偽物だ」っていうようなニュアンスで揶揄されるムードがあったんです。自分もロックバンドの素晴らしさを理解していましたし、「自分のやっているものは何なんだろう」と思うことは当然ありました。この10年の間には、途中でへし折れかけた時もありました。いろんな要因があって、もうやれないかもしれないというか、迷いながらやるのがおかしいと思っていた時があったんです。カゲロウプロジェクトが作れなくなってしまった時期もありました。

――具体的にはいつ頃のことでした?

じん:いきなり折れたというよりは、じわじわと作れなくなっていったという感じで。批判される反面、求められる部分もあったし、叶えなくちゃいけないレベルもあって。でも、いろいろな思いが渦巻いている中で、ふと思ったことがあって。さっき言った「認められていない感」みたいなものと決着をつけた時があったんです。

――それは、いつぐらいですか?

じん:前のアルバム(2018年11月発売のアルバム『メカクシティリロード』)を作っている最中ぐらいですかね。ロックシーンだけじゃなく、ライトノベルのシーンからも「未熟」だとか「稚拙」だと言われてきて、それを払拭したいと努力してきて。全てに関して、ずっと腫れ物扱いみたいな感覚があった。でも、ふと「あ、これでいいんだ」と思ったんですね。「僕は何を迷っていたんだろう」って、ある日、ほんとに霧が晴れた瞬間があった。別に誰かに褒められるためにやっていたわけじゃなかったんです。どちらかと言えばずっとバカにされている人生だった。運動もできないし、頭もよくないし、たいして人とのコミュニケーションに長けていたわけでもなかった。それが自分らしさなら、褒められることが正解ではないんじゃないかと思ったときに、ふと楽になった。「子供騙し」と言われるなら、全力でそれをしよう、そこに殉じようと思ったんです。僕は中学校の時に不登校になっていたんですけど、そういう自分に向けて、お洒落でもなく、トレンドでもなく、ぶざまな状態でちゃんと戦いたいという感覚があった。それが自分にふさわしいんじゃないかなって。白神さんやゆーまおさんは、僕としては「選ばれた目」を持っている人だと思っているんです。美しいものを捉える感覚を持っていらっしゃる。自分にはそれがないと思っているんですね。だから苦しかった。芸術として音楽を捉えられないというジレンマがあった。でも、パンクなものというか、ハンバーガーを揶揄するわけじゃないですけど、ハンバーガー的なもので勝負をしたいって思うようになった。そこまでは、時間がかかりましたね。

――今のじんさんの話を受けて、ゆーまおさん、白神さんはどう感じていますか?

ゆーまお:さっきじんくんが「悩んでいた」とか「滞っていた」という話をしていましたけど、なんとなく状況は知っていましたし、動けないんだろうなとは思っていました。ただ、じんくんといろんな会話をする中で、ここ3、4年の間に、創作をする上で“こういうものを提供しないと面白くない”ということが具体的になってきている実感があったんです。カゲプロに限らず、ただ感覚的に「いい感じのものを作る」ではなく、ちゃんと言語化できる作品制作にシフトしていると個人的には感じていました。自分としても、演奏する側として、なんとなくいい感じのものを提供するのではなく、どんどんそれを説明ができる状態になっていった。やっぱりそうやって変わっていくんだなって感じていて。で、それを踏まえて新曲を作るんでしょ?

じん:はい。

ゆーまお:ですよね。だからこの先に出てくるものは、もっと色の強いものになる予感はしています。

――白神さんはいかがですか? この10年で、シーンはどう変わって、ご自身はミュージシャンとしてどんな風に進んできたと思いますか?

白神:一番肌身に感じる大きな変化は、ボーカロイドの一大ムーブメント自体が、この10年ですっかり市民権を得たということで。まふまふくんと関わりはじめてしばらく経ったくらいの頃から、出会うミュージシャンの中に「ボーカロイドを聴いていました」という人が増えてきたんです。僕らがやっていた時から一巡して、当時消費者だった人たちが生産者側になったんだな、という。それこそ僕らも第一次世代じゃない、ある種のフォロワー世代ではあるんだけど、それがすっかり浸透したんだなって。普通のロックバンドと言われるカテゴリーの中に、ボーカロイドに限らず、いわゆるネットカルチャーから生まれたものの文脈が融合した。それを3、4年前から感じていますね。だから、じんくんが当初言っていた「まがいもの感」というものは、いわば時代の変化と共に解消されてきた。それは自分自身もひしひしと感じてもいるし、客観的な事実だと思うんです。でも、個人的な感覚としては、いろんなところで変革は起こっていても、根本的に求められているものってあまり変わっていないと思っていて。たとえばVTuberもいま市民権を得ていると思うんですけど、VTuberがなんで流行っているかって、中に人間がいるからなんだと思うんですよね。ボーカロイドでも、それこそボカロPという作家の方に人気が出たり、なんだかんだいって人気の歌い手が歌った曲のほうが伸びる現象もある。結局、中に人間がいることが大事なんじゃないかなと。自分たちはそういったことも注視しながら、胸を張れるようなものを作っていかなきゃいけないということを、個人的には思っていますね。つまり、すべて実体のないインターネット上のコンテンツだからいいんだということではなく、作る側が社会にどう作用するかというリテラシーを持ってやっていかないといけない。

じん:そうですね。カゲロウプロジェクトも含め、これまでボーカロイドの音楽は補足が必要になるものだったと思うんです。たとえばロックバンドとか、シンガーソングライターとか、わかりやすい言葉がある中で「じゃあボカロPってなんだ?」という。当初は誰か知らない人に変な名前を付けられたような印象があったし、大人というか、メディアを担っている人たちにわかりやすく消化されていってしまったと感じることもありました。「子供騙し」ということに関しては、売れるもの、わかりやすいもの、大人がラベルを付けやすいものが、恐らく一番早く稼げる、より波及させていくことに有効なやり方だったんでしょう。それは、ここにいる僕ら3人全員が見てきたことではあるんですけど。

 そこで「どこが譲れないものなのか」とか「そもそも何がやりたかったのか」みたいなことが、さっき言った気付きの正体だったんだと思います。クラスの中で「僕はアニメが好きです」とか「かわいいキャラクターが大好きです」と声を大きくして言えるかどうか。当時はなかなか言えなかったんです。クラスにはカーストもあったし。でも今は改めてそれを大きい声で言いたい。海外のトレンドのお洒落な音楽よりも、僕は『サモンナイトエクステーゼ』の主題歌(「白夜」松本英子)とか、ずっと好きだった音楽を信じている。それで「ああ、こいつはセンスがないな」って思われるところから始めたい。そういう中学2年生の自分にあった感覚を忘れかけててごめん、という感じだった。勝つことに関しては、僕はマジでどうでもいいんです。1位になることも、有名になることも、別にどうでもいい。ただ、勝手に負けにされたくないっていうのだけはある。それをなんとかやりたいということだと思います。

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