『新しい果実』インタビュー
GRAPEVINE 田中和将、ロックバンドによる“2021年の問題提起” 「楽曲はただの感情吐露ではいけない」
GRAPEVINEが、2年3カ月ぶりのニューアルバム『新しい果実』を5月26日にリリースする。図らずも本作には、コロナ禍の時代を反映した表現が随所に織り込まれ、過去の音楽や文学からも、その時その時の人間の困難を象徴する表現が引用されている。田中和将らしい歌詞や節回し、亀井亨らしい美しいメロディ、西川弘剛らしいクールなギターアレンジが相乗効果となり、バンドアンサンブルとして放出された時に無二の衝撃を生む。そんなロックバンドらしさを、今の時代なりにアップデートしているのが『新しい果実』の聴きどころだ。先行配信シングル「目覚ましはいつも鳴りやまない」が配信された今、田中にアルバムについて深く語ってもらった。(編集部)
「宗教観の理解が音楽やアートの見方を変える」
ーーアルバム『新しい果実』に先駆けて3曲が配信シングルとなっていますね。まず3月に「Gifted」、4月に「ねずみ浄土」、そして5月は「目覚ましはいつも鳴りやまない」。これらを先行配信するというのは、GRAPEVINEからのアイデアですか?
田中和将(以下、田中):シングルと言っても、今はCDで出さないじゃないですか。ただの先行配信。数年前とかCDシングル出してた時代は、レコーディングしてる頃から「これがシングルかな。だったらもう少し歌詞をわかりやすくしとこうかな」とか、変な打算みたいなものも少なからず働いたんですよ。そういうのがこの数年一切ないので、こちらとしては気が楽ですね。できたものの中から会社の人に選んでもらう。だから「Gifted」と言われた時も、「ああ、いいんじゃないか」と思いましたし。あと世間がどういう感じなのかあまり気にしてないので、売れてるかどうかも正直よくわからない(笑)。
ーーじゃあアルバムとして制作をスタートさせたわけですね。昨年の初め頃に着手してコロナ禍で中断して大変だったと聞いていますが。
田中:厳密に言うとバンドでは着手できていなかったんです。2019年10月くらいに年内最後のライブが終わって、そこから年末年始に各自で曲も作って、年明けたくらいから集まってデモを元に曲作りしていこうか、みたいな話はしてましたね。年が明けて2020年、コロナで雲行きが怪しくなってきて、3月に最初の緊急事態宣言が出ましたけど、その頃にはまだ1〜2カ月すれば落ち着くんじゃないかみたいな楽観的な雰囲気が世の中にあったじゃないですか。僕らは4月頃から対バンツアーを予定していたんですけど、それも中止され、集まって曲作りすることもできず。ようやく集まれた8月末くらいからプリプロを始めました。
ーーリモートで曲作りをする人もいますけど、GRAPEVINEはどうだったんですか。
田中:僕らの中でも一応話題には上がったんです。でも正直それを想像できないというか。リモートで曲を作るノウハウもないですし、まず全員が使う機材を揃える必要がある。音質のバラつきとか考え出すと、これは到底できるわけがない。基本はバンドを「せーの!」でやりたいタイプなんで、一度は話題に上がったけど、選択肢には入らなかった。
ーーそういった思いを田中さんは『文學界』に寄稿した「群れず集まる」で書いてましたね。
田中:まさに(笑)。古いタイプの人間の愚痴ですよ。
ーー8月頃から作業が始まって一気に進んだんですか。
田中:そうですね。8月末くらいからやり出して、しばらく曲を固めつつ、11月に『GRAPEVINE FALL TOUR』を3本やれたのがよかったですね。その頃はまだレコーディングには入ってなかったけど、アレンジはどんどん仕上げていった状況です。
ーー前作『ALL THE LIGHT』に続くと想定したものと、コロナ禍で作った曲は全く違ったんじゃないかと想像するんですが、どうでしょう。
田中:僕らいつも次のビジョンを明確に持たないですし、できた曲をどうしていくかなので、特に影響はないかなあ。ただ、これまでもそうですけど、歌詞に関しては常に世の中のことや人間のことを歌うので、当然影響も表れてきますね。こういうタイプなんで直接的な言い回しにはしないですけど、まあ表れてますよ。
ーー「ねずみ浄土」が『新しい果実』のリードトラックと思っていいんでしょうね。〈新たなフルーツ〉という言葉が歌詞に出てきますし、アダムとイブが新しいフルーツを食べるというのは、人間はまた原罪を犯したということかと。
田中:そうですねぇ。厳密に言うと再びというより“脈々と”なんでしょうけど。まあ、いろんな新しい果実がそこらへんに転がってるんじゃないかと思うんですよ。それを食べるか食べないか、そういう選択は世の中にたくさんあるんだろうなと。
ーーその後に日本昔話の『おむすびころりん』が出てきて、東西の宗教的・伝統的な価値観が同居してる歌ですね。
田中:そういうマッシュアップは好きなんで。ある時期から宗教観みたいなものに興味が湧きまして。僕なんかは無宗教ですけど、例えば欧米の文化ではキリスト教が大きく根を張ってるじゃないですか。その価値観って日本人にはなかなか理解できないと思う。でも、そういうところを理解すると、きっと音楽もアートも見え方が変わってくる気がする。勉強してるわけじゃないですけど、興味本位でいろいろ見たりしてます。まあ、ネタですけど。
ーー田中さんの曲は、そういうネタが多いですよね。
田中:これまでの経験といいますか、何かしらキーワードとしてヒントがないと曲に食いついてもらえない、というのは数年前から思ってます。ただあまりにわかりやすいと「元ネタはこれだ!」みたいになるので、そのへんは巧妙に(笑)。餌を撒くと、興味のある人は能動的に調べるじゃないですか。その行為は必要かなと思うんで。僕もそうでしたから。
ーーそういうことを田中さんは以前にもおっしゃっていましたが、今回は随分多いし、全体に一貫したテーマみたいなものがある気がしたんですよ。
田中:特別テーマを設けたつもりはなくて。ただ、さっきも言ったように、世の中のことや人間のことを歌うわけですし、しかも歌う人間も同じ時期に生きているわけですから、似通ったテーマみたいなものに自ずとなっていくのは仕方ないかなと。あくまで創作物なんで、僕自身が何かに仮託して、何かとっかかりを見つけないと書けないんですよ。ただの感情の吐露ではいけないと思ってるんで。だからいろんなものを引っ張ってきますし、その力を借りますし、結果的に寓話的な作り方をするようにしてますね。
「映画や音楽や文学は、人間の営みについて考えるきっかけ」
ーー「ねずみ浄土」はイントロなしでファルセットの歌い出しで始まるところに、前作の1曲目「開花」を連想して、「連作か!?」などと思いたくなったんですが。
田中:そこまで考えてないですけど、「ねずみ浄土」を1曲目にするのに僕は反対してたんですよ。おっしゃる通り「開花」と被るから。単純に始まり方の問題だけなんですけど、「1曲目またか」みたいな被りが気になった。
ーーファルセットというのはどうしてなんでしょう?
田中:ロックって、熱く歌っちゃうと......ねえ(笑)。そういう曲はそれでいいんですけど、“いい意味でのいなたさ”と“ダサい意味でのいなたさ”のうち、ダサい方になるのは嫌だなと思うんで、そういうファルセット的なアプローチが多いのかもしれません。
ーー「Gifted」はイントロが1分もあって、最初のシングルにしてはチャレンジングだなと思いました。
田中:それも結構言われましたよ。このサブスク主流の時代に神をも恐れぬ所業だと(笑)。僕ら世の中の流れとかわかってないんですけど、みんな歌から始まったり、イントロがすごい短かったりするらしいですね。
ーーそれで「ねずみ浄土」が歌から始まったわけじゃないですよね?(笑)
田中:だって曲によりけりじゃないですか、こっちからしたら(笑)。そういう曲もあればこういう曲もあるっていうだけで。「こうした方がウケる」ってやれてる人の方がよっぽど器用だなと思いますけど。
ーー「Gifted」では〈光など届かなかったんだ〉と歌っていますが、『ALL THE LIGHT』の「すべてのありふれた光」で〈ありふれた光はいつも溢れる〉と歌っているのとは真逆なのかと。
田中:それも言われたんですけど、大きなテーマとしては、どちらも同じことを書いてると思うんですよ。優しく言うか、厳しく辛辣に言うかの違いだけの話で。「すべてのありふれた光」も全てに光が当たっているわけじゃないし、言葉の使い方だけでテーマは同じですよって僕は思ったんですけど。「光」と言うワードは使いやすいんですよ(笑)。一つの技というか、いろんなものを含ませやすい。
ーー第3弾配信シングル「目覚ましはいつも鳴りやまない」は、その前の2曲がチャレンジングな印象だったのに比べるとGRAPEVINEらしいですね。
田中:アルバム全体を通しても、GRAPEVINEらしくない曲が多いなと思いますし、むしろ違うことをやってまっせという感じを見せた方がいいということでしょう。わからんけど。僕は「阿」という曲が配信にいいかなと思ってたんですけどね。
ーーそうなんですか。その曲についても後ほど伺いますが、「目覚ましはいつも鳴りやまない」は慌ただしい朝の日常の風景のような歌い出しで。
田中:思いついたきっかけはそこなんですけどね。目覚ましの音が部屋からずっと聞こえてるのに、子供がなかなか起きないんです。なんであんなに鳴ってるのに起きひんのや、というところから思いついた。
ーーそういう曲かと思っていると、厳しい現実が浮かび上がりますよね。歌詞の中に、1973年にヒットしたスティーヴィー・ワンダーの「汚れた街」の歌詞が引用されていますけど、今でいうBLM運動にも通じる歌詞で知られています。
田中:そうです。興味のある人には深掘りしてもらうとして。真面目な話になりますけど、やっぱり生きてく上で人間の営みは昔から同じなんで、過去の映画や音楽や文学が何がしかのヒントや考えるきっかけみたいものをくれるじゃないですか。コロナの状況下でカミュの『ペスト』が売れるみたいな話もそうですけど、そこにみんな考えるきっかけを求めるからだと思うんですよ。そういうものを僕らも提示したいんだと思うんです。
ーー「リヴァイアサン」も深掘りしたくなる曲ですね。タイトルも、歌詞に出てくる〈ベヒモス〉も聖書に出てくる怪物だし、〈シャーデンフロイデ〉が人の不幸を喜ぶみたいな意味だと初めて知りましたよ。
田中:誰でも多かれ少なかれあるはずですからね。僕なんかも、高級車見たときは「こすれこすれ!」ってよく思いますし(笑)。〈シャーデンフロイデ〉は僕も最近知った言葉で、脳科学者の中野信子さんが『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』という本を書いてらっしゃって、中野さんはロック好きらしいと知って好きになったんです。
ーーアレンジも心をざわつかせるような仕上がりですけど、亀井さんが曲を持ってきたときからこういう感じだったんですか。
田中:本人はOasisみたいなイメージと言ってましたけど。こういう曲って、センテンスも長くて、ちゃんとAメロ/Bメロ/サビがある曲なので、ともすればいわゆる「日本人がロックやりました」っていう感じになりがちで。そういういなたさが出るのが嫌なんで、アレンジはもうちょっとポストパンクな方向性だったり、Sonic Youthみたいな感じだったりをイメージして作りました。結果的に面白くなりましたね。