GRAPEVINE「Gifted」レビュー:“現実という光”の消えた先に見出したもの

GRAPEVINE「Gifted」レビュー:“現実という光”の消えた先に見出したもの

 GRAPEVINEが約2年ぶりにドロップする新曲「Gifted」は、未曾有の経験を全世界に及ぼした新型コロナ禍の中で彼らが辿り着いた曲だ。そしてここから何かが始まる。

 御多分に洩れずGRAPEVINEも2020年は3月以降のライブやイベントが次々と延期になり、ようやくバンドが動いたのは11月に横浜・東京・大阪で行なった『GRAPEVINE FALL TOUR』だった。多くのアーティストが配信ライブにシフトしていく中、このツアーは無配信&有観客ライブで、それだけにバンドの集中力も高く観客の喜びもひとしおだった。このライブ最終日の模様は年を越して2021年1月に一部公開され、足を運ぶことのできなかったファンを喜ばせた。

GRAPEVINE FALL TOUR in Tokyo (November 2020)

 配信では伝わらないものをやっている、という自負があるからだろう。ライブの生配信にGRAPEVINEは触手を動かさなかったが、過去のライブ映像などをいくつか公開したのは彼らなりのファンへの回答だった。そうこうしているうちに対バンツアーを予定していたSuchmosは活動休止してしまった。何とも残念な話だ。

GRAPEVINE – 光について (Official Live Video)
GRAPEVINE – スロウ (Official Live Video)

 そんな日々が来るとは全く予想だにしていなかっただろうが、2019年2月にリリースした16作目のアルバム『ALL THE LIGHT』に田中和将(Vo/Gt)はこんなコメントを寄せている。

「聴いた人を幸せにしたいわけでもなければ、勇気づけたいわけでもない。重要なのは、音楽を聴いた全ての人が直面するであろう、あるいはしているであろう、現実という名の『光』なのだ」

 その下にいる全てに平等に降り注ぐ太陽の光のように、現実は平等に存在する。だが同じ光が眩しいものもいれば心地よいものもいるように、同じ音楽を聴いて何を感じるかはそれぞれ。そんなことを田中は言いたかったのだろう、と改めて思ったのは、彼が月刊誌『文學界』2020年7月号に寄稿したエッセイを読んでのことだ。読書家で知られる田中が文芸誌に関わるのはごく自然なことに思えるが、「群れず集まる」と題したその文章で、コロナ禍で活動できないバンドのメンバーの一人としての想いと、彼の音楽に対する矜持を率直に書いている。それは田中を知るものには得心の行く言葉で、興味を持たれたら是非読んで欲しい。

GRAPEVINE – すべてのありふれた光 (Official Music Video)

 『ALL THE LIGHT』のリードトラックと言える「すべてのありふれた光」には、〈朝になればそれだけでも〉と光を感じさせる一節がある。そこに筆者は未来への希望を感じていたし、田中のコメントからも未来に向かって生きていくことと受け取っていた。ところが、今回の新曲「Gifted」では“現実という光”が消えたかのようだ。

 あるはずの光を探すかのように、この曲は歌が始まるまでにちょうど1分、リバーブを効かせた亀井亨(Dr)のドラムをメインにしたリフが繰り返される。西川弘剛 (Gt)のギター、サポートメンバー高野勲(Key)のシンセ、金戸覚(Ba)のベースが控えめに重なっていくその1分は、新型コロナ禍に覆われた1年を凝縮したかのようにジワジワと聴く者の心をざわつかせ、田中の歌声が聴こえたと思うと〈光など届かなかったんだ〉という言葉が耳に飛び込んでくる。そして、〈私の声なんて聞こえないか〉と歌う。

 緊張感に溢れた演奏と亀井によるスリリングなメロディも印象的な待望の新曲なのに、「待ってました!」と諸手を挙げていいものか躊躇するが、そうした気持ちこそがコロナ禍で閉塞した空気の中で生きている今だからこそ共感できるものではないかと思う。それはライブをやれるのかやれないのか逡巡し続けていたアーティストたちの気持ちとも呼応する気がする。メンバーの鼓動が伝わるような演奏は、ラップトップ1台で作る曲へのバンドからの回答だ。ギターリフの揺らぎと共鳴するベース、波を起こすようなドラムと微妙な重なりで響くボーカル。自分たちはこういうスタンスなのだと、言わずもがなに聴かせていく。

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