『僕等はまだ美しい夢を見てる ロストエイジ20年史』クロスレビューVol.9:岡崎体育「奈良の若手音楽家にとっての大きな場所」

『ロストエイジ20年史』岡崎体育レビュー

「岡崎、おまえしょうもない曲ばっかやるなよ」

 これは五味岳久氏と僕が知り合ってから2年ほどたったとき、彼の営むレコード屋のレジを挟んでデビュー前の僕に言った言葉だった。

 僕が岡崎体育という名前で音楽活動を始めた2012年、当時オリジナルの13曲入りくらいの自分で焼いたCD-R音源を200円で手売りしていた。

 奈良NEVERLANDでよくライブをしていて、そこで出会った友達にロストエイジのボーカルの人が近所でTHROAT RECORDSというレコード屋をやってるから、作ったCDを置いてもらえるかもしれないと教えてくれた。

 人見知りと野望が共存する僕の頭の中では、友達に連れ添ってもらって店にCDを持っていくのがやっとだった。

 そんな僕に対して岳久氏はそれらしい優しさや愛想もなく、特にCDを聴くこともなくその場で買い取ってくれた。拍子抜けだったが、ふしぎな魅力のある人だと思った。

 彼は地元のミュージシャンが持ってきたCDにはレビューをつけてくれる。

 次に店に行ったとき、店頭に置いてある僕のCDにはこう書かれていた。

「元々バンドをやっていたそうですが友達がみつからず、1人でやれることをやってみるというナイスなアティテュードで打ち込みをバックに良い歌いまくる奇才。
声も良いし曲もアホっぽいですがめちゃ良いです」(原文ママ)

 自分の作品に初めて寸評がついた瞬間だった。嬉しくて嬉しくて、僕は心の中でニタニタと笑った。当時コミックソングをメインウェポンとして名声を得ようとしていた僕にとって、声や楽曲を評価されたことで自分を肯定できたのだった。

 それからしばらくしてロストエイジと僕はNEVERLANDでツーマンライブをした。その日も普段どおりコミックソングを軸としたライブをし、数日後に岳久氏は僕にこう言った。

「岡崎、おまえしょうもない曲ばっかやるなよ。いい曲もあるんやから」

 このときなんとなく、いつかはコミックソングじゃない曲でも勝負するという決意を固めたんだと思う。コミックソングで金を稼ぐ。そしてコミックソングじゃない曲で身を守り、ゆくゆくは勝負するという決意を。

 岳久氏は先輩面するわけでもなく、説教じみることもなく、田舎のレコード屋のオッサンとして、ひょうひょうと話を聞いてひょうひょうと話をしてくれる。

 奈良で活動する若手の音楽家にとってTHROAT RECORDSは大きな場所になっていることは間違いないと思う。めっちゃ狭いけど。

 そして7年が経ち、2021年。岳久氏からLINEで連絡が来た。

「こないだ5歳の息子とポケモンの映画観に行ってんけど岡崎の音楽めちゃ良かったわ、トータス松本の曲で泣いた」

 コミックソングじゃない曲で勝負できたんだ。

 僕は心の中でニタニタと笑った。

■岡崎体育
オフィシャルサイト https://okazakitaiiku.com/
Twitter @okazaki_taiiku

■書籍情報
タイトル:『僕等はまだ美しい夢を見てる ロストエイジ20年史』
著者:石井恵梨子
ISBN:978-4-909852-15-1
発売日:2021年2月25日(木)
価格:2,500円(税抜)
発売元:株式会社blueprint
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THROAT RECORDS オンラインストア

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