大森元貴、ソロデビューEP『French』全曲解説 バンドの鎧を脱いだ、ボーカリストとしての卓越した表現力
Mrs. GREEN APPLEのボーカル&ギター、大森元貴がソロプロジェクトを始動させた。大森はバンドのフロントマンで、Mrs. GREEN APPLEの全曲の作詞・作曲・編曲を行っている。また、他アーティストへの楽曲提供やプロデュース、共作など、作詞家・作曲家としても活動の幅を広げているため、“一つのバンドには収まりきらないほど表現したいものが溢れ出てきている”“だから他にも活動できる場所を持っておきたかった”と考えれば、今回の発表もかなり腑に落ちる(もちろんこれは推測であり、真相は分からないが)。
一方、Mrs. GREEN APPLEは、2020年7月8日に“フェーズ1”の完結と活動休止を発表。今も活動休止中だが、今年2月4日にはユニバーサル ミュージック グループとタッグを組み、世界を見据えたプロジェクト「Project-MGA」を立ち上げたばかり。バンド側の新たな動きが公になったタイミングだけに、ソロ活動スタートの報せに意外性を感じたファンもいたことだろう。
そういった状況下でリリースされた大森のソロデビュー作が1stデジタルEP『French』だ。EPには大森の作詞・作曲・編曲による新曲3曲を収録。本稿ではそれらについて解説しよう。
1.French
いわゆる表題曲。語るべきポイントはいろいろとあるが、やはりボーカルの表現力に真っ先に惹きつけられた。4分の3拍子と2分の2拍子を行き来する幻想的な曲構成、浮遊感あるトラックに合わせて、声量はかなり絞られている状態。声量を絞った状態で歌声を安定させるのは非常に難しいため、まずこのクオリティでそれを実現できるのがすごい。さらに地声・ミックスボイス・裏声の境がシームレスに感じられるほど、歌がどの瞬間も滑らかなのも大森が歌うからこそだろう。「声量があって、高音域だろうとパワフルに発声できる人=“歌い上げる”タイプのボーカリスト」には分かりやすい華やかさがあるから、歌が上手いという評価を受けることが多いし、実際、大森もそういった歌唱ができる人物だ。しかしこの曲のような繊細な表現にこそ、ボーカリストの技術力・表現力は如実に表れるものだと改めて痛感する。余談だが「French」の最高音はhihiAで、これまでの大森の作品と比べても最高音域レベル。この発声が今までの彼には見られなかったものであり(ホイッスルボイス寄りの印象)、ボーカリストとしての進化が見て取れる。
リフとボーカルのみのAメロに、シンプルなコードをループさせるサビと、1番こそすっきりしているが、ビートが加わり、ボーカルにディレイがかかって輪唱のようになり、リフにオクターブ下の動きが重なり、新しいリズムも登場し……と、曲の進行とともにトラックも展開。とはいえ最後まで雑多な印象はなく、あるべきものがあるべきところに配置されているようなサウンドにトラックメイカーとしての卓越を感じる。
この曲を通して歌われているのは、過ぎ行く時間を慈しむ気持ちや、確かに終わりに向かっていく感覚だろうか。“1番と2番の対応する箇所同士に似た音の語をはめる”というポップスとしてのマナーを守りつつも、サビの展開のさせ方や、随所の言葉選びに大森ならではの視点が光る(〈フレンチのように正に晩餐会〉と対になるフレーズとして〈人の家のように正に展覧会〉を発想するセンスよ......)。曲に深い味わいをもたらしているのが、2番の歌詞のえぐみの強さ。例えば、1番にある〈君との昨日を抱きしめて眠りたい〉というフレーズから、甘くて幸せなひと時を連想する人もいるかもしれないが、2番の同じ箇所で〈君との時間を抱きしめて腐りたい〉と歌うことで、“眠る”という単語から途端に死の香りが漂ってくる。
ちなみに、リリースの報せがあった2月21日時点では今作がEPであることは明かされておらず、私たちが他2曲の存在を知ったのはリリースされたまさにその時。よって「え、デビュー作って1曲じゃなかったの?」と驚いたリスナーがほとんどだったのではないだろうか。以前からリスナーに対して様々なサプライズを仕掛けてきた大森の策士ぶりが、今回も表れていたというわけだ。