プロデューサー 西尾芳彦が語る、野田あすかの“ポップス”のポテンシャル「オーディエンスを掴むスター性をすでに持っていた」

プロデューサー 西尾芳彦が語る、野田あすかの“ポップス”のポテンシャル「オーディエンスを掴むスター性をすでに持っていた」

 発達障害と向き合うピアニスト野田あすかが、絢香や家入レオ、YUI、Vaundyらを手掛けたプロデューサー西尾芳彦とのコラボ曲「Happy Together ~いつか見たあの場所へ~」を「野田あすか with Friends」名義でリリースした。

 この曲は、これまでクラシックやインスト楽曲など、ソロでの活動が中心だった野田が、「ポップス」に挑戦した意欲作。アイルランド民謡をベースにしたどこか懐かしくも壮大な曲調と、音楽で出会った仲間との「未来」に思いを馳せた歌詞が印象に残る。ボーカルで参加した佐藤春香は、野田の歌詞とピアノに寄り添いながらメロディを引き立てるという難しい課題を見事にクリアし、素朴で伸びやかな歌声を聴かせている。

 生まれつき広汎性発達障害を持ち、人間関係のストレスなどで辛い経験を重ねてきた野田あすか。プロデューサーの西尾は、そんな彼女とどのように向き合いコラボレーションを行なったのか。そしてボーカル佐藤春香のポテンシャルをどのように引き出したのか。今回、西尾芳彦にインタビューを行い、野田との最初の出会いから、楽曲制作におけるエピソード、西尾流プロデュース術などについて、じっくりと語ってもらった。(黒田隆憲)

野田あすか

もし彼女がポップスを作ったら、さらにまた多くの人の目に留まるだろう

ーーまずは西尾さんが、野田あすかさんをプロデュースすることになった経緯から教えていただけますか?

西尾芳彦(以下、西尾):確か去年の6月頃、レコード会社の某ディレクターから「一度会ってみませんか?」と。野田さんのことは以前から存じ上げていましたが、その時はまだ、プロデュースをするとかそういう具体的な話では全くなくて。基本的に僕は、自分が運営している『音楽塾VOICE』の生徒さん以外のシンガーをプロデュースしたことが一度もないんです。絢香にしても家入レオ、YUIにしてもみなうちの学校の生徒だったんですよね。「ポップスの作り方に興味がある」という野田さんと、実際にお会いしてどんな話になるのか。個人的にも興味があったので、とにかく彼女のいるスタジオに行ってみることにしたわけです。

 ところが当日になって、「今日はちょっと会話にならないかもしれない」と聞かされたんです。野田さんが障害を持っている方だということは存じ上げておりましたが、もともと人と会話をするのが得意じゃない上に、この日はコンサートを控えてかなりナーバスになっているようだと。スタジオに入って実際にご挨拶させていただいた時も、最初はすごく緊張されていたのですが、その時にちょうど彼女が作りかけだった曲をピアノで聴かせてもらった時に、僕自身のクセが出てしまったというか……ちょっといじってみたくなりまして(笑)。

——プロデューサーとしての血が騒いだわけですね(笑)。

西尾:彼女の隣にすっと立って「そこは、こんなふうにしたら?」と。彼女はクラシック畑の人なので、いわゆる「コード」についてはあまりご存知なかったようですが、基本的な仕組みをお伝えして。どんなふうにコードが進んでいくのか、それに対してメロディはどんなふうに付けたらいいのか、AメロからBメロに移るときのコードはどれがふさわしいか。「ここは、こうしたらこうなるよ?」みたいな話をしているうちに、音楽で会話しているような気持ちに、少なくとも僕は思ったんですよね。

 具体的にどういう会話をしたのか、詳しいことはあまり覚えていなかったのですが、お互い緊張しながらも音楽で会話ができたので、「これは何かできそうだな」とその時に思ったんです。言葉でのコミュニケーションも、こちらが構えていたほど大変ではなかったし、とにかく音で会話するぶんにはなんの支障もなかった。

——音楽には世代や男女、言葉を超えた「コミュニケーションツール」としての力があるのだなと改めて思いますね。

西尾:そうなんです。それで翌日もまたお会いして、スタジオでたくさんセッションをして。ご本人もすごく乗り気になってくださったので、「じゃあ一度、何か一緒にやってみる?」と。そこはもうミュージシャン同士の直感的な判断というか。

——西尾さんが「この人をプロデュースしたい」と思う時は、何か具体的に絵が浮かぶというか、将来像みたいなものが見えるのでしょうか。

西尾:それはあると思います。絢香にしてもYUIにしても、最初に出会った時はまだ本当に「駆け出しの素朴な女の子」という感じだったのですが(笑)、「こんな歌を歌わせてみたらどうだろう」「こういう歌い方も似合うんじゃないか?」みたいに具体的な情景がたくさん思い浮かんだんですよね。彼女たちをプロデュースすることになった頃は、まだ自分も経験が浅かったし、ミュージシャンとしては全然売れなかったわけですから、「これはいける!」と思ったとしても何の確証もなかったわけです。でも本人たちは自信にみなぎっていたし、実際に課題を出せばものすごい勢いで吸収し素早くレスポンスを返してくるんですよね。そこは、最近プロデュースしたVaundyくんの場合も全く同じでした。

 しかも、具体的に思い浮かんだ情景通りに現実が近づいてくるんですよ。そういう人たちは、多くの人々に認知されるだけの大衆性を最初から持ち合わせているし、アーティスティックな感性も内包している。その片鱗みたいなものを、僕は野田さんにも感じていて。彼女のコンサートを僕は2回くらい観に行ったのですが、何百人といるオーディエンスの心をちゃんと掴むスター性をすでに持っていたんですよね。もし彼女がポップスを作ったら、さらにまた多くの人の目に留まるだろうなと。そういう光景が具体的にはっきりと見えたので、是非ともそのお手伝いをさせてもらいたいと思ったんです。

——11月にリリースされた、西尾さんのプロデュース第一弾となる「Happy Together ~いつか見たあの場所へ~」は、アイリッシュ音楽をモチーフにした楽曲でした。

西尾:ジャズやブルース、カントリーなどポップミュージックには様々なルーツがありますが、その中でもアイリッシュ民謡の清々しい響きは野田さんの音楽性やキャラクターにも合うと思い、代表的なアイルランドミュージックを何曲か聴いて勉強しました。メロディに関しては、アイリッシュの上品な響きを持ちながらも一度聴いたら頭から離れないような、中毒性のあるものということを心がけています。実際に歌っているのは野田さんではないのですが、曲を聴いていると野田さんの歌う姿が浮かんでくるような、彼女らしいメロディということも考えながら構築していきましたね。

——今回、ボーカルを担当した佐藤春香さんはどんな経緯で起用することになったのでしょうか。

西尾:佐藤さんはうちの生徒さんで、以前から発表会などで歌を聴いて気になっていました。今回は野田あすかさんの特別プロジェクトだったので、シンガーとして「上手い」だけじゃなくて、この曲をどう表現できるかがとても重要で、具体的なイメージが湧くかどうかが決め手でした。つまり、ピアノを弾く野田さんの横に佐藤さんが立って歌ったときのバランスというか、その絵を思い浮かべた時に「これはバッチリだな」と思ったんですよね。

——通常のボーカリストに求められるものよりも、さらにハードルが高そうですね。

西尾:ボーカリストとしての個性を持ちつつも、野田さんにどこまで寄り添うことができるか、目立ちすぎても埋もれてしまってもいけない、絶妙なバランスが必要だったのですが、そこを佐藤さんはきちんと汲み取って素晴らしいボーカルを聞かせてくれたと思っています。自分のところの生徒さんなので、あまり褒めるのもどうかと思うのですが(笑)、何度聴いても気持ちいいんですよね。

——とはいえ、実際のレコーディングはかなり苦心したとか。

西尾:初日は何度やり直してもうまくいきませんでした。レコーディングそのものに彼女が慣れていなかったのもあると思うのですが、どうもしっくりいかなくて「後日また録り直そう」ということになりました。しかも今回、コンピューターによる修正はなるべくしないと決めていたので、日をまたいでしまうと歌声のニュアンスも変わってしまうし、曲の最初から最後までしっかり歌ってもらって、その中のテイクから選ぶことにしたんですよ。

——それはなかなか大変ですね。

西尾:やはり「後でいくらでも修正できるから」という気持ちで歌っても、そこには「思い」が乗らないと思うんです。それでは多くの人を感動させることができない。何月何日の何時何分、その瞬間にしか録れない「生の歌声」こそが、何十年経ってもずっと人々の心に残る、という経験を僕は何度もしてきたんです。

 今回、2回目も3回目もダメで、締め切り的に最後のチャンスとなる4回目でようやくOKテイクを録ることができました。佐藤さんは「とても勉強になりました」と言ってくれたけど、本人的には相当大変だったと思います。何度か心が折れそうになった時もありましたが、「いけるよ!」「もう一回、ラスト!」って声をかけたときに、神がかったようなボーカルになった瞬間があって。そこをうまく捕まえることができたと思っています。

——シンガーの限界を見極めつつ、最もいい瞬間を逃さずすくい取るのもプロデューサーの大事な役目ですよね。

西尾:たとえ、ほんのちょっとピッチがズレている箇所があったとしても、テクニック的に「上手に」歌えた他のテイクより遥かに心を動かすテイクになっていることってよくあるんです。場合によっては、何度も繰り返し歌い込んだテイクよりも、「ちょっとリハーサルね」と言って歌ってもらった最初のテイクが一番良かったりしますから(笑)。

——何度歌っても、結局ファーストテイクどころかゼロテイク、デモ音源のほうがいいからそれを採用した、というレコーディングでの逸話はよく聞きます。

西尾:そうなんです。そういう時は、歌っている本人は不服そうでも「絶対、こっちのテイクの方がいいから!」と説得して。実際、それで大ヒットに結びついた曲はたくさんあるんですよね。ライブの時に「あのテイクに負けないように歌わなければ」と思って歌っているシンガーもいると思います。佐藤さんが今回歌ってくれた「Happy Together」も、「あのテイクじゃなければ」というものがちゃんと録れたことが嬉しいですし、この曲が多くの人の耳に届くことを心から願っていますね。

——お話を聞いていて、シンガーと確固たる信頼関係を築き上げることの大切さも再認識しました。

西尾:オリジナルって世界に1曲しかないわけじゃないですか。オリジナルの歌はお手本がないから、プロデュースさせてもらう時は僕自身がお手本だと思うので、そこはすごく責任を感じます。シンガーのオリジナリティをちゃんと引き出して、5年10年経っても、何十回何百回聴いても「素晴らしい」と思ってもらえるものにしなければならない。そのためには、自分のモノサシが狂わないよう常に正しい方向を見るようにしています。そこではやはり、自分がこれまで聴いてきたルーツミュージック……先人が積み上げてきた音楽が「指標」になっていると思いますね。

「Happy Together ~いつか見たあの場所へ~」Music Video(ワン・コーラス・バージョン)

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