矢野顕子が語る、コロナ禍の「愛を告げる小鳥」制作で得た音楽の喜びと気づき 「最後は“自分”である」

矢野顕子が語る、コロナ禍に得た音楽の喜び

 矢野顕子の新曲「愛を告げる小鳥」が9月16日にデジタルシングルとしてリリースされた。作詞は糸井重里、作曲は矢野顕子。これまでも約40曲を紡ぎ上げてきた名コンビによる最新作であると同時に、ニューヨーク在住の矢野顕子が、国内のベテランミュージシャンたちと「リモート」で制作した初のナンバー。2021年にはデビュー45周年を迎える彼女のキャリアと、2020年という忘れがたい年の「いま」が交錯する、まるで時空を超えた制作ストーリーをオンラインインタビューで語ってもらいました。(渡辺祐)

「普通」ができた

ーーこの「愛を告げる小鳥」は、2019年末の矢野さんの『さとがえるコンサート』で披露された新曲ですね。

矢野顕子(以下、矢野):そうですね、そのコンサートでご披露する新曲として、糸井さんに歌詞をお願いしました。このコンビは、いつもまず糸井さんの歌詞があって……それがどんな歌詞なのかは、届くまで私も知らないわけですけど……その届いた歌詞に私が曲を作り、アレンジを施す、という作り方です。今回もそこはまったく同じでしたね。

ーー「愛を告げる小鳥が君のもとへ飛んでいく」という、すごくシンプルで素直なラブソングですね。歌詞が届いたときの第一印象を教えてください。

矢野:この歌詞を70代の男性が書いたっていうのは、ホントにかっこいいな、って。糸井さんが私に書く歌詞っていうのは、センセーショナルなこともないし、人を刺激しない。でも、私がそれを「音楽」にして、その詞の世界が動き出すっていうのが、糸井・矢野のコンビならではないかと思います。ある意味で絵本のようなことかな。それはメルヘンとかじゃなくて、人間の根本的な気持ち……この曲であれば「相手のことが大好き」だっていう、それだけ。でも、それが音楽の根本なんだと思うんですね。そのシンプルなことを聴いてくださる皆さんと共有できたらいいなって思いますね。

ーーその素直な歌詞を受け止めるように、メロディやアレンジもすごく聴きやすいですね。

矢野:アレンジは、そうね、「普通」でしょ(笑)。いわばポップスの王道かな。そもそも『さとがえるコンサート』を想定していましたから、曲を作る時点から「ドラムが林立夫、ベースが小原礼、そしてギターが佐橋佳幸」というコンサートのメンバーが奏でるサウンドを想定していましたね。

ーーあえて「普通」とおっしゃいましたが、その「普通」が昨日や今日じゃない、ということも聴こえてきます。

矢野:そこは大事なところです(笑)。このサウンドは、ポップスの歴史を知っていて、さらにその蓄積を実際に表す技術がないとできない音、なんですね。

ーーそうして生まれた曲として『さとがえる』での披露があって、そこから今回のレコーディングに至った経緯も教えてください。

矢野:その時点で、私もメンバーも大好きな曲になっていましたから、「いつかレコーディングしようね」っていう話をしていたんですけど、年が明けたら一気にこのコロナの状況になってしまいましたよね。私はニューヨークに戻っていましたから、ネットでメンバーとはやりとりをしている内に、最初にギターの佐橋くんが「(この状況だからこそ)何か演奏しましょうよ」って言ってくれて。「カバーだったらすぐにできますよね?」「それもいいね」なんて言って、メンバーもあれがやりたいこれがやりたいって曲を上げてくれたんだけど、その内に私が「でも、やっぱりオリジナルがやりたい!」って言い出しまして(笑)。そこからは、全員が「じゃあ、小鳥!」って言ってくれて満場一致。まず私がピアノと仮歌を自宅で録音して、それをドラムの林立夫に送り、帰ってきた音源をベースの小原礼に送り、そして佐橋くんに送って、それぞれの音が足されたところに私がもう一度、歌を自宅で録音しました。

ーー多くのアーティストもそうですが、特に矢野さんにとっては、一緒にスタジオに入らずにリモートで制作するっていうのは、異例中の異例の体験ですよね。

矢野:それはもう初めてのことですから、いろいろありました。なにせ私の信条として「可能な限り仕事はプロに任せる」ということで今までやってきましたから。とても恵まれていたことに、これまでは環境のいいスタジオで優秀なエンジニアを頼むっていうスタイルでした。となると、今回、いざ自宅で録音しようとなったときに機材がないわけですよ。それこそ「クリック」のトラックさえ自分のところにはなかったので(笑)。

ーーまさに「そこからですか」っていうスタートですね。

矢野:その「クリック」のトラックを送ってもらうことから始めて、ピアノと仮歌を自宅の部屋で録ったんですけど、ロックダウン中でしたから、ピアノの調律師さんに来てもらうこともできなかった。

ーーそうか、ロックダウンでできなかったことのひとつですね。

矢野:そう。それもまた今までにはない経験でしたけど、思ったのは「いま、ここで止まっていてはいけない」っていうことですね。いい音を生むための環境が100%ではないかもしれないけれど、そこからでも音楽は生み出せるはずって。まあ、言ってみれば、完璧な食材を買いに行けないなら「冷蔵庫にある最上のもので」みたいな感じかな(笑)。

ーーそういう意味では、メンバーの皆さんもそれぞれ自宅で演奏されたんですか。

矢野:そうですね、いわば全員が「冷蔵庫にあるもので」。でも、お聴きいただければわかる通り、バラバラに録っているとは思えないアンサンブルになっています。『さとがえる』のステージですでに演奏していたこともあって、順番に音を足していくスタイルでも、それぞれがどういうプレーをするのか、他のメンバーが「こう弾いてくるだろうな」ということをちゃんと想定したプレーをしてくれているんですよ。だから、ひとりずつのトラックが帰ってくるたびに涙がにじむぐらい嬉しかったですね。聴いてくださる皆さんも、エンディングまで行くと、数分間のライブを体験しているかのような気持ちになれると思います。

ーー信頼のバンドだからこそできる2020年版のリモート制作だったわけですね。

矢野:ひとりでピアノを弾いているときも、そこに林立夫と小原礼がいて、佐橋くんがいてって想定して弾いていました。スタジオでみんなと一緒に演奏するっていうことを、何の疑問もなく当たり前だと思っていたけれど、実は当たり前じゃないよ、っていうことにも気づかされましたね。それでもさっきも話した「普通」ができた。「きっとできる」ということはわかっていましたけれど、作詞の糸井さんもメンバーも含めて、キャリアがあるから「できた」っていうことを実感しましたね。そう、もっとバンドに優しくしてあげなくちゃって思いました(笑)。

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