矢野顕子は常に新たな表現を追求する 奥田民生、細美武士も出演『さとがえるコンサート2018』

矢野顕子『さとがえるコンサート2018』レポ

 矢野顕子が12月9日、毎年恒例となっている『矢野顕子さとがえるコンサート2018』の東京公演をNHKホールで開催した。11月28日に全曲コラボアルバム『ふたりぼっちで行こう』をリリースした矢野。埼玉公演(12月2日/三郷市文化会館)には松崎ナオ、大阪公演(12月4日/サンケイホールブリーゼ)には大貫妙子、愛知公演(12月5日/名古屋芸術創造センター)にはYUKIと、アルバムに参加したアーティストをゲストに招いて行われた。東京公演には、奥田民生、細美武士が出演。佐橋佳幸(Gt)、小原礼(Ba)、林立夫(Dr)による質の高い演奏とともに、常に新しい表現を追求する“2018年の矢野顕子”を体感することができた。

 オープニングは矢野の盟友、大貫妙子の「海と少年」のカバー。さらに矢野、佐橋のデュエットによる「自転車でおいで」(原曲は矢野と佐野元春のデュエット)を披露。豊かな音響と適切な音量によるサウンド、美しく、ノスタルジックなメロディが広がり、心と身体が心地よくほぐれるような感動に結びつく。

 「いまから宇宙ロケットを3機打ち上げてみようと思います。歌詞のどこかに、ロケットが出てくるんですね。みなさん、シートベルト締めてください」という言葉とともに、アルバム『ふたりぼっちで行こう』収録の「When We Are In Space」「バナナが好き」、そして、アルバム『Welcome to Jupiter』から「わたしと宇宙とあなた」を続けて披露。最後3本の白いライトが上に向かって移動、ロケットの発射音が鳴り響いた。

 小原礼の渋いボーカルをフィーチャーした「Smile」のカバーの後、第1部のラストは山下達郎の「Paper Doll」。「他人の曲、矢野が歌えば矢野の曲」(矢野)という言葉通り、ジャズのエッセンスをたっぷり取り入れたアレンジと自由なラインを描くボーカルはまるで矢野のオリジナル楽曲のよう。原曲に込められた女性に対する哀切な感情、濃密なファンクネスをたたえたグルーヴを活かした歌と演奏も素晴らしい。

 「これはベヒシュタイン(C.BechsteinD-280)というピアノです。10本の指で同時に弾いても、ひとつひとつの音がわかるんです。このピアノは私を甘やかせてくれません。“いいコンサートをやりたいんだったら、ちゃんと弾いてくださいよ”と毎回言われているわけです」というMC、そして、大貫妙子の「横顔」のカバーで第2部はスタート。すべての音、すべての声が有機的に絡み合う、“歌うように弾き、弾くように歌う”弾き語りは言うまでもなく絶品。長い時間をかけて鍛え上げられた技術とセンスによって、楽曲のエッセンスを抽出し、独創的な音楽に結びつける。それはまさに矢野顕子のコンサートの醍醐味だ。

 この後は、ゲストを迎えてセッション。ひとりめは細美武士。まずは矢野の楽曲「When I Die」をピアノとエレキギターによる緊張感のあるアンサンブルとともに披露する。「矢野さんの“ロケット推し”がすごくて。どうやら矢野さんはISS(国際宇宙ステーション)に行くつもりみたいですよ。それを本気で思ってることって素晴らしいことですよね」(細美)、「ありがとうございます。宇宙に行く前に、この曲を」(矢野)と、ふたりの共作曲「やさぐれLOVE❤」へ。矢野と細美が交互に歌詞を書いたというこの曲は、〈僕はやさぐれたい だって君に会いたい〉というエモーショナルなラインが重厚に響くバラード。ふたりの音域の上限までを出し切る熱演だった。

 続いては奥田民生。これまでに何度も共演しているふたりは、「(矢野のパーマヘアを見て)合わせてくれてるんですか?(笑)」(奥田)「そういうわけではありません(笑)」という会話で会場を和ませる。演奏されたのは、奥田のオリジナル曲「フェスティバル」と、アルバム『ふたりぼっちで行こう』収録曲「父」。タイトル通り、“父”という存在の切なさ、素晴らしさを歌い上げ、観客は大きな拍手で応える。「紅白に出た気分です」という奥田の言葉も心に残った。

 端正な演奏が印象的だった「湖のふもとでねこと暮らしている」からは、再び矢野とバンドによるステージが繰り広げられた。「タクシーの運転手さんに、“ラジオ深夜便”の歌、大好きですと言われて、すごく嬉しかった」というエピソードとともに演奏された「あなたとわたし」(前川清とのデュエット曲)、大胆なリアレンジとともに原曲の奥深い叙情性をたっぷりと実感できた「津軽海峡・冬景色」そして、代表曲「ごはんができたよ」「ひとつだけ」も。何度もコンサートで聴いてきた楽曲に新たな息吹を吹き込む、圧巻のパフォーマンスだった。

 アンコールの1曲目は、奥田、細美も加わった「トキオ・アオモリ・ヒロシマ・ドライブ」。奥田のロックンロールナンバー「トキオドライブ」を津軽弁(矢野)、広島弁(奥田)を交えて歌い、会場を盛り上げる。さらに「最後はラーメンでも食べましょう!」と「ラーメンたべたい」。アルバム『オーエス オーエス』(1984年)に収録されたオリジナルバージョンに近い演奏で観客を沸かせ、ライブは幕を閉じた。

(写真=スージー)

■森朋之
音楽ライター。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『オリコン』『Mikiki』など。

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