連載『Think about The Lyrics』:Billie Eilish「my future」
ビリー・アイリッシュが現代、そしてコロナ禍を生きる中で 「my future」に込められたメッセージ
“鏡に映る君”へ別れを告げ、未来の自分に恋い焦がれる「my future」
2月にリリースされた「No Time To Die」(同名の007シリーズ新作のために書き下ろされた楽曲)以来となる待望の新曲「my future」はそんな今のビリーが持つ前向きな感情に溢れた1曲となっている。
かつてのトレードマークとも言えるダークな楽曲からは想像もつかない、まるで古いディズニー映画のようにロマンティックで穏やかな音色の中で、ビリーは「集中できそうにないみたいだし、 気づいてくれてないみたいだね。 私はここに存在していない。 私は目の前の相手を映し出すただの鏡。君は自分の顔色をチェックしては、 鏡に映った自分の姿を見てばかり。 悪いけど帰るしかなかった。(I can't seem to focus and you don't seem to notice I'm not here. I'm just a mirror. You check your complexion to find your reflection's all alone. I had to go.)」と優しく丁寧に歌い上げる。
鏡というモチーフは、2018年にリリースされたビリーの代表曲、「idontwannabeyouanymore」にも登場する。本楽曲において、ビリーは鏡に映った自分を見ながら「もうあんたみたいになんかなりたくない」と自己嫌悪に苦しむ様子を歌っている。「bury a friend」など他の楽曲でも同様に自らを傷つけるようなテーマが扱われてきたが、「my future」における「君」は恐らくそのようなネガティブな感情に取り憑かれてしまった過去の自分の姿を意味しているのだろう。そして、本楽曲でビリーはそんな「君」に対して別れを告げる。もはや構っている時間は無いし、また過去と同じような日々に戻るわけにはいかないからだ。
「だって私は恋してるから。 自分の未来に。 未来の私に会うのが待ちきれない。('Cause I, I'm in love with my future. Can't wait to meet her.)」
本楽曲と合わせて、メーリングリストに登録しているファンにはビリーからのメッセージが送られたのだが、その中で、本楽曲を制作している時、ビリーの頭の中は希望や興奮、そして沢山の内省の感情と成長への実感で溢れていたと語られている。これまでは誰かに頼らなければ出来なかったことも、今の自分なら出来るかもしれない。穏やかな楽曲が一転してビートが入り、軽快に「今の私は寂しいやつだと思われてるみたいだね。 誰かと一緒じゃないと幸せじゃないらしい。でも私がその“誰か”なんじゃない?(I know supposedly I'm lonely now. Know I'm supposed to be unhappy without someone. But aren't I someone?)」と歌い上げる姿に、そんなビリーの強い自信を感じ取ることが出来る。
「my future」が制作されたのは新型コロナウイルスに伴う自粛期間の初めの頃だが、ビリーはパンデミックが広がるにつれてこの曲が「より新しい意味を持つようになったように感じる」と語っている。これまで通りの生活が成立しなくなり、誰もが新たな生き方を考えなければならなくなった今だからこそ、「未来」と向き合うことはより重要な意味を持つ。
「君」から離れ、「未来」へと向かっていく本楽曲は、別の解釈をすれば過去に囚われてしまった人々に別れを告げる内容とも捉えることが出来るだろう。自分がどう見られるかを気にするだけで、過去の価値観に合わせて行動する。だけど、それは本当に今の自分がするべきことなのだろうか? その問いかけは、自分自身だけではなく、ビリーを支持する若いファンにも向けられている。前述のファンへのメッセージにおいて、ビリーは「今、物事を変えられるかどうかは私たちにかかっている。私たちだけではなく、未来の世代のために」と宣言し、ファンに対して、正しいことのために戦い続けること、選挙に行くこと、地球環境について考えること、黒人差別と戦うこと、そして何より「より良くすること」を訴えかけている。それこそが、未来のために自分がやるべきことである、そしてそれを実現出来るという強い希望を、今のビリーは抱いているのだ。
そして、その未来の姿を、周りの人々やファンの誰よりも強く楽しみにしているのは、紛れもないビリー・アイリッシュ本人である。もはやダークな世界観やネガティブな感情に縛られている場合ではないし、過去の価値観に合わせていてはせっかくの希望が失われてしまう。自分にも、そしてファンにも出来ることがたくさんある。自分たちが持つ可能性はどこまでも広がっているのだ。「my future」はそんな希望を抱くビリー本人や私たちへ送る次の挨拶で締めくくられている。
「それじゃ、数年後に会おう。(I'll see you in a couple years.)」
■ノイ村
普段は一般企業に務めつつ、主に海外のポップ/ダンスミュージックについてnoteやSNSで発信中。 シーン全体を俯瞰する視点などが評価され、2019年よりライターとしての活動を開始
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Twitter : @neu_mura
■リリース情報
「my future」
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