アルバム『thaw』インタビュー
くるり 岸田繁からの11の回答 『thaw』の制作背景、今この世の中で考えること
音楽は常に変わらない、とは思わない
ーー音楽に限らず、エンタメ全体が「コロナ以前・以降」で変わってしまうのではないか、例えば、これまでのような形態で、興行としてのライブ活動ができなくなるのではないか、というような懸念も、今の世の中にはありますよね。
そのあたりに関しては、岸田さんは、「近い未来、もしこういう世の中になったらこうしよう」というようなことを考えたりもしますか? それとも、案外、元通りに近い形に落ち着くんじゃないか、と感じていたりしますか?
岸田:なるようにしかならない、と考えています。新型感染症の世界的流行がこの先落ち着いたとしても、私たちが住む日本は、世界情勢に振り回される時代がやってきます。来るべき試練が、ついに訪れる、といったところでしょうか。少なくとも今は、都市生活におけるリスクが大きすぎます。
そんな中、音楽は常に変わらない、とは思わないですし、少なくとも私は、必ず春は来る、と気楽なことを言っていられる状況ではありません。個人的なことを言うと、健康や生き方を見直す時期が来たのかも、と思ったりしています。子供たちを連れて誰も居ない山や川に入ったりすることが増えましたが、昆虫や植物、カエルやザリガニなんかの小動物と触れ合う機会が増えました。植物相も動物相も、変わらないようで私が子供の頃とは一変しました。昔生えていた雑草は姿を消し、昔泳いでいなかった魚がたくさん居たりします。人間だけが変わらない、というのもおかしな話なのかもしれません。それでも変わらないもの、月や青空や、アメリカザリガニの威嚇のポーズ(笑)なんかを見ると、不思議な心強さをもらえるような気がしています。
エンタメ、なのか芸術、なのか、私にはよく分かりませんが、多分そういうのはグローバリゼーションの進んだ現代の資本主義社会的には二の次三の次で、1990年代を最後に、私が好きなエンタメや芸術は、ずっと不遇の時期を迎えたままです。ことポップミュージックに関して言うと、厳しい言い方になりますが「西洋音楽の三大要素」つまり、リズムとハーモニー、メロディの多様性が無くなり、画一化されていきました。恐らく、アメリカ音楽産業の構造的問題だと思うのですが、制作システムが合理化され、システマチックにプリセットされた音程感やビートのパターンにあらゆるポップ音楽が集約されていきました。その頃の日本では、ポップ音楽の歴史を学ばなくなったミュージシャン達が、アメリカのプリセットを使って音楽を作り出しはじめました。
個人的には、2000年代以降、メインストリームのアクチュアルな表現にはあまり興味がありません。才能をビジネスにするのは結構なことですが、完成された作品を聴いてみると、あまりにも実像がないと言うか、一部を除いては、匂いのしないものがほとんどになってしまいました。これは、ミュージシャン自体の問題というよりは、制作現場を含めた業界全体の構造的問題だと思っています。利権が集中し、現場では制作過程の合理化が進んでしまったのです。結果、クリエイティブな人材が居なくなりました。面白いものは、余裕と無駄からしか生まれません。
我々のような「職業音楽家」が業界ごと足止めを食らっている現在、アマチュア音楽家たちとはある意味横並びだと思っています。むしろ、「これからの時代」に最適化したアーティストは、名の知れぬ誰かが新しいムーブメントとともにやってくることでしょう。そして、音楽は「フェスやライブで楽しむもの」から、「聴くもの」へと変化していくのかもしれません。もしそうだとすれば、音楽そのものをしっかり聴くことへのシフトが生まれるのかも知れないな、とも思ったりしています。知らんけど。
ーー岸田さんは数年前から教育者でもあるわけですが、そうなると音楽の未来についても、音楽を志す若者の未来についても、日々向き合うことになりますよね。現在のこの状況に関して、学生たちにどのようなことを伝えていますか?
岸田:教育の現場では、私はいち教員として、シラバスに則って必要なことを学生に教えているだけです。教えていることは以前から変わっていませんが、現状オンライン授業になっているので、実習ができない、といったジレンマはあります。とにかく、音楽をしっかり聴いて骨格を掴むこと、思いついたモチーフを大切に扱うこと、自分自身の課題を自分自身で見つけることを重点的に説いています。
ーー岸田さんがnoteでお勧めしておられた、AERA Dot.の、京都精華大学ウスビ・サコ学長のインタビューを読みました(参照)。「興味深いのは、日本人は政治にそれほど関心がないのに政府に依存し、国からの発言を待っていることです」「また『自分ではない誰かがしてくれる』気持ちが強い。サービスが整いすぎているのが日本の弱さで、知恵や能力を使う機会がなく、自ら考えて動くのが苦手で他責傾向がある。ただ、わかっているのは、この問題は誰かが解決してくれるものではないということです」という発言は特に、まさに自分を言い当てられたようで、ずっしりきました。岸田さんがこのインタビューを読んで「『おー』と思った」(※と、岸田は書いている)ポイントについて、教えていただけないでしょうか。
岸田:サコ氏のインタビューで語られているシンプルな問題提起と、非常に現代的かつ客観的な視点は、私には非常に分かり易かったです。うまくいっている時ほど、人々は政治に興味なんてありません。そして、若い世代は特に、遠くの問題はもちろんですが近くの問題を政治に期待しない性質があると思っています。それは、官僚文化、役人文化と政党政治の特色であり、地域コミュニティと大小様々な組合や派閥などと市民が共存関係にあったからでしょう。仕事やライフスタイルの多様化は進み、時代は音を立てて変化しています。新しい枠組みや、新しいリーダー像を、国民が求め始めている実感がありますが、私も含め、足元が見えていない、と言ったところでしょうか。これからしばらくは、個人から、地域から、地方自治体から、といった風に、今までとは逆の、ボトムアップ型の流れがひとつの「形」になっていくのではないでしょうか。先行き不透明なこの時代において、個人的には、政治を語ることはとても難しいことだと思っています。
ーー現状、くるりの次の活動としては、どんなアクションを考えていますか?
岸田:こればかりは手探りです。ライブ中心では考えにくいので、活動の軸を音源制作に切り替えてやっていこうと思っていますが、スタッフィングやバンドメンバーの役割など、 少し整理して考えていかねばならないことも多く、悩ましいところではあります。大胆な構造改革が必要かもしれません。
ーーCDのラストの「ヘウレーカ!」を聴くと、くるりが次に作る音楽が、本当に楽しみになります。岸田さんの中ではもう「新しいアルバムではこういうことをやろう」というのは、固まっていますか?
岸田:「ヘウレーカ!」とは位相が少し違うとは思いますが、実際に新作に向けて数曲の録音作業を進めています。実は『ソングライン』制作以前より、ゆっくりと制作を進めていました。現状、編集や録音プロダクションをできるところから再開して進めています。
まだ全体の完成に向けては余白が多いのでコメントは控えますが、世間的なイメージでの「くるりらしさ」とは大きくかけ離れた作品になりそうです。
■リリース情報
『thaw』
2020年5月27日(水)発売
価格:¥2,700(税抜)
<収録曲>
01. 心のなかの悪魔
02. 鍋の中のつみれ
03. ippo
04. チェリーパイ
05. evergreen
06. Hotel Evropa
07. ダンスミュージック 08. 怒りのぶるうす
09. Giant Fish
10. さっきの女の子
11. 人間通
ボーナストラック ※CDのみ
12. Only You
13. Wonderful Life
14. Midnight Train(has gone)
15. ヘウレーカ!