僕がヒップホップであなたたちがヒップホップーーMoment Joonが到達した境地と“言葉”に対する強い思い

僕がヒップホップであなたたちがヒップホップーーMoment Joonが到達した境地と“言葉”に対する強い思い

 Moment Joonのニューアルバム『Passport & Garçon』は、10年前にソウルから来日し日本を「ホーム」として生活・活動する一人の若いラッパーの、壮大な自叙伝ともいえる作品だ。昨年の『Immigration EP』を前哨戦とし、この2年間のMomentの思いをすべて込めたトータルアルバム。Moment自身が「日本でいちばんヒップホップ的なアルバム」と豪語するこの作品の背景には何があるのか、また「移民」としてのMomentに「ホーム」はどう見えているのか、話を聞いた。(野間易通)

もうラップ・ゲームはやらない

Moment Joon『Passport & Garçon』

ーー『Passport & Garçon』の2曲めに入っている「KACHITORU」では、〈井口堂の永住権〉というフレーズが衝撃的でした。日本の永住権でも大阪の永住権でもなく、井口堂。Momentさんは常々「大阪がホーム」だと言ってますが、この小さい町の名前を連呼するのはなぜですか。

Moment Joon:生活の環境がほんとに井口堂にしかなくて、外に出てもあまり遠くまで行かないんですよ。彼女(本作にも登場するナターシャさん)も井口堂のちょっと離れたところに住んでいて、そうするとどうしても井口堂にとどまってしまう。逆に大阪というくくりだと、僕にはあまりシャウトアウトする資格がないと感じます。大阪のことをどこまで知ってるかというと、自信がないですよね。井口堂はどこに何があるのか確実に把握してるし、そこに住んでる人々とは知り合ってるので。

「KACHITORU」

ーーあのへんは特異というか、いわゆる大阪とはカルチャーがちがいますよね。町としてはのどかで、ストリート感がないし、ヒップホップっぽくない(筆者註:大阪府池田市井口堂は阪急石橋阪大前駅近くの静かな住宅街。駅名ですらないこの町には目立った商店街もなく、大阪の人でも町名まで知る人は少ない)。

Moment Joon:最初は江坂に住んでたんですよ。江坂は大阪の副都心みたいなものなので、そのときはまだ「大阪」っていう意識があったかもしれません。でもあまり夜遊びに出るようなことはなかった。今もそうですけど、ずっと家で本を読んだりドラマを見たりレゴで遊んだりしていました。

ーーMomentさんが日本語ラップの世界に持つ違和感と、そのことは関係していますか。

Moment Joon:少しはあると思います。ヒップホップがどこから来たのかは理解してますが、僕に関してはそういう時間が減ったという感じなんですね。僕は「ストリート」とか「ハッスル」というものへの憧れはもともとなかったんですけど、逆にラップ・ゲームというものに対する憧れはものすごくあったんです。とくにインターネット時代になってから、「俺はシャブ打ってた」「草売ってた」というような話をしなくてもラップのスキルだけで認められる人々が出てくるようになって、そうした憧れが強くなったんですね。韓国の場合は、2008年ぐらいからミックステープのブームがあって、ミックステープで30万稼いだラッパーも出てきた。日本でも、2011年ぐらいにインターネットでミックステープのブームがあったじゃないですか。僕もそういう時期に日本語でラップを始めたわけですけど、そのあとすぐ兵役期間に入ってそういう欲望が解消できず、兵役が終わったあとに爆発させたのが「Fight Club」(2014年)でしたね。

「Fight Club」

ーー「ラップ・ゲーム」というのは、具体的にはどういうことを指しているんでしょう?

Moment Joon:ラップスキルですごいねと言われて、それでお金を稼いで名前が知られる、という感じで僕は理解してます。でも「スキル」だとか「リアル」だとか、ヒップホップという単語にくっついてくるほかのキーワードの実体を考えずに、ただかっこいいから使う、みたいなラッパーが実際は多いんですよね。僕も最初はどっちかというとそんな感じでした。「俺が日本語ラップのキングになる」と。だけど、そこで僕が自分に対して問いかけたのは「キングとは何なの?」ではなく、「スキルとは何?」「リアルとは何?」だった。ヒップホップをやってる以上、今やってることもラップ・ゲームなのかもしれないけど、僕が音楽をやる理由は、もうそこにはないです。

ーー『Passport & Garçon』は、ある種自叙伝的な流れがはっきりわかるつくりになっていますよね。たとえば「MIZARU KIKAZARU IWAZARU」では、リスナーに載せられる神輿から降りたいとか、コンシャスな韓国出身のバイリンガル・ラッパーといったステレオタイプに飽き飽きしたという感じのことを歌ってるけど、そうしたことを経てラストの「TENO HIRA」ではふっきれているように感じました。

Moment Joon:アルバムのストーリーとしてはそうなんですけど、実際にはそうした心境変化はずっとループしているんです。「TENO HIRA」で完全にふっきれた人間になったというわけでもなく、また同じプロセスが始まる(笑)。僕はいつも逃げたいんですよ。もう逃げる場所がないってわかってても逃げたい。嫌なものは避けたいですし、これを突破しないと成長がないとわかっているようなことからも逃げたい。そういうところが子供っぽいのかなと自分でも思っています。

「TENO HIRA」

ECDの死が気づかせてくれたこと

ーー大阪に来たのも、韓国から逃げてきたわけですよね。そして、軍隊でも逃げようとした。そして実はお祖父さんも逃げていた、ということを自伝小説『三代 兵役、逃亡、夢』でも明らかにしていました。2010年から2020年までの10年間の日本は、おそらく戦後最高にヘイトスピーチが蔓延した時代ですが、そんな時代に日本に来て日本をホームだと言い、逃げずに自分こそが「日本のヒップホップの息子」だと言い切る。負荷はかかっていませんか。

Moment Joon:弱いから逃げるのはいいと思うんですけど、僕の場合は素直になれないから逃げるというのが多かった気がします。でも今はもうちょっと素直になれたというか、ECDさんが亡くなったことも大きかった。そのときもまだ「(自分が発信するメッセージを日本人は)なんでわかってくれない?」という気持ちが強く、それまで8年近く日本に住んでいたのにもう日本には縁がないのかもと、けっこう絶望してたんです。でもECDさんが亡くなった日、(音楽評論家の)磯部涼さんのTwitterで、ECDさんが僕のライブを見て改めてラップにちゃんと取り組もうと思ったと言っていたというのを読んで、号泣してしまった。ECDさんとはそのライブのときの一回しか会ったことはないんですけどね。でも、そうか、僕たちにはそういう縁があったんだとわかった。僕はただ子供っぽくて気づいてなかったかもしれないけど、彼以外にもそういう縁で結ばれている人がいっぱいいるのかもしれない。そういう想像ができるようになったんですね。それが『Immigration EP』から今回のアルバムのテーマにいたる、大きなきっかけだったと思います。

ーー「MIZARU KIKAZARU IWAZARU」は、ECDの『Three Wise Monkeys』(2015年)と何か関係がある?

Moment Joon:そうではないです。これはラッパーのJinmenusagiくんがいろいろな世の中の言葉が気になってしまう僕に対して「メディアを見るのをやめたら?」とアドバイスしてくれたことがきっかけですね。彼はニュースもチェックしていてちゃんとした考えの人なので悪意なく言ったのはわかってますけど、僕としてはそんなのできるかと。でも実際にやってみようと思った時期もあって、ツイートも消して、YouTubeもチャンネルを全部解除して、2週間ぐらいネットもあまり使わないようにしてたんですけど、やっぱり無理なんです。ただ電車に乗るだけで韓国がどうのこうのと書いてある週刊誌の広告が目に入ってしまう。韓国の「韓」っていう字……というか、「国」っていう字が見えただけで「あれは韓国だろうか中国だろうか」と気になる。見ないふりをしようとしたんですけど、できなかったですね。

「MIZARU KIKAZARU IWAZARU」

ーー「Seoul Does’t Know You」の冒頭には、ギル・スコット=ヘロンの「故郷は憎しみのあるところ(Home Is Where The Hatred Is)」がサンプルされています。この曲で歌われていることも、そうしたことにシンクロしますよね。「大阪はヘイトまみれだけどホーム」みたいな。

Moment Joon:僕はどっちかというと、ソウルのことをそういうふうに思ってました。井口堂にヘイトスピーチがないということだからかもしれませんけど、大阪がホームというよりは井口堂がホームなので(笑)。日本全体ではもちろん、「居場所がないかも」と感じることもありますけど、大阪に対する恐怖心とソウルに対する恐怖心では、ソウルのほうがダントツに大きいですね。都市自体も大阪の何倍も大きいし、資本主義ももっと発達していますし。もっとこわいことがいっぱいある。圧倒されるんですよ。

「Seoul Does’t Know You」

ーーアルバムを通して「チョン」という言葉をものすごく多用しています。そのことと、ご自身が 「ImmiGang」 というコンセプトで移民であることを強調していこうと思ったことは、関係していますか。

Moment Joon:もちろん関係してると思います。2016年より前は、そういう言葉をそもそも言われたことがないんですよ。でも2016年にアルバイト先でそういう実体験があった。そうしたときに、一番ひどい現実を僕に描写するならこの単語は欠かせない。インターネット時代になって、とくに若者によって差別されるときのいちばん強い言葉じゃないですか。なので、この言葉は絶対に入れるべきだなと。

ーーそれは、アフリカン・アメリカンが自称にNワードを使うことにも近い?

Moment Joon:Nワードと同じというつもりはないです。アフリカン・アメリカンに対するそれは仲間同士で使えますが、僕はほかの朝鮮ルーツの人を「チョン」と呼んだりすることは絶対しない。その言葉が持っている、怖くてひどいという意味を伝える、その文脈だけで使っています。一方で「移民」という言葉を使う背景は議論のレイヤーがまた違う。「移民」は、日本では言葉としては存在はするけど、日本の現状とはあまり結びついていないと理解しています。でも「俺ってこの国の何なんだろう」と思ったときに、たぶん「移民」が一番多くの人々とリンクできる単語なんですよね。「男」「韓国人」「ラッパー」といった言葉でもリンクできるとは思うんですけど、一番広いのは「人間」を除いたら「移民」なんですよ。僕が自分のことを在日とか韓国人と言ってそれに関する話をしたら、ナターシャが経験したようなことは言えなくなるんじゃないかとか、そういうことがけっこうある。たとえば見た目の話では、僕は黙っていれば韓国人とわからないけど、彼女は白人なのでそうはいかない。そう考えると「移民」という範囲で見ないと狭い話になりそうだなと。僕は自分のことを「在日」とも言えないんじゃないかなと思うので。

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