僕がヒップホップであなたたちがヒップホップーーMoment Joonが到達した境地と“言葉”に対する強い思い
「もし通れなかったら」……「移民」であることの恐怖
ーー「KIMUCHI DE BINTA」ではいわゆるネトウヨのような人がMomentさんの部屋に来ますが、実際にそういうことはあったんですか。
Moment Joon:アルバムで描写されてることがそのままあったかといえば、なかったです。そこに出てくる人物は僕が知ってる何人かを合わせた人物ですね。
ーー本当に来たらどうします?
Moment Joon:喫茶店に誘って話すでしょうね。それがしたくてつくったわけで。
ーー「IGUCHIDOU」の歌詞に〈大阪池田井口堂 グリーンハウスの25号〉とありますが、自分の住所をラップするのもECDと同じですね(2002年リリース『Season Off』収録の「Go!」)。
Moment Joon:それも後から知って、やっぱり先駆者だ! と(笑)。やっぱり彼はすべてのことに対して素直じゃないですか。僕はそこまで素直になれるかまだ疑問なんですけど、でもできるだけ素直になろうと、ずっと自分をプッシュしてるんですね。
ーー『Passport & Garçon』を聞く限り、だいぶ率直なのでは。
Moment Joon:素直なだけではなくて、具体的でなければ、とも思うんです。「文句あるなら地元に来いよ」ではなく住所まで言えば、それが僕が話すすべての言葉の裏付けになる。それで、この人は本気でやってるんだということが伝わる。ECDさんも経緯は違うのかもしれないけど、言葉に対する姿勢は、素直さと具体性ということをたぶん意識してたんじゃないですかね。
ーー具体性を出すことで、音楽的にはどういう効果が生まれていると思いますか。
Moment Joon:ラップは情報量がもともと多い音楽ですよね。でも多くの人が、そのアドバンテージを活かしていない。もともと情報量が多いはずなのに、ただお決まりの言葉遣いをして、結局自分が伝えたいテーマをぼかす。今回のアルバムに入っている「Losing My Love (feat. Hunger)」でも言っていますけど、いきなり歌詞に「青い空」という言葉を使う人々が何も思わずにただかっこいいから使うということは少ないと思うんです。自分の胸に何かがあってそれを表現したいんだけど、でも時間をかけて適切な言葉を探すかわりに、ヒップホップではこういう感情のときはこういう言葉を使うからと、まるでヒップホップ辞書があってそれをめくるみたいに使っているんですよ。そうなると情報の量も価値も減ってしまう。それがもったいないですよね。ヒップホップは具体的に多くの情報量を伝えるという、ほかのジャンルにはない強みをもっているのに、多くの人はそれをちゃんと活かしてないと思います。この言葉でいいのか? これよりももっと詳しく、もっとぴったりな固有名詞はあるのか? たとえば「電車に乗った」と言うかわりに「宝塚線に乗った」って言えるんじゃないか? みたいなことを、僕は歌詞を書くときに常に考えてます。
ーーアルバムのオープニング「KIX / Limo」では、関西国際空港のイミグレーションを通れるか通れないかという恐怖がスキットとともに具体的に再現されています。「もし通れなかったら」「もし入れなかったら」という恐怖の感情は、Momentさんの中をずっと貫いている?
Moment Joon:そうですね。『Immigration EP』のジャケットにも載っていますけど、2016年にビザの更新が不許可になったんですよ。ビザの期限があと2週間というところで「不許可です。国に帰ってください」と言われて。それで2週間で急いで全部片づけたんですけど、いざ明日帰るという日になってもまだ感覚としては普通に「週末は彼女とピザ食べて猪名川行って散歩しよう」なんですよ。あの体験がいまだに怖いですね。そのときはいったんソウルに戻って死んだような日々を過ごして、そのあと奇跡的にビザがもらえて帰ってきた。それから3回ぐらいビザを更新してるんですけど、更新するたびに精神状態がネガティブになって生活がストップするんですよね。「きっとビザはおりなくて、俺はもう帰るしかないんだろう」って、毎日手足も震えて……。
ーーそんなに……。
Moment Joon:ほんとにそうなんですよ。不許可になったときの記憶が強すぎて。
ーー自分の足下の地面がすっとなくなる感じ?
Moment Joon:いつなくなってもおかしくないじゃないですか。たとえば今もコロナウイルスの影響で、中国人全員出ていってくださいとか、その次は韓国人ですってなったときに、国はビザを取り消せばおしまいですよね。
ーーコロナウイルスの蔓延で、いま世界のあちこちで「通れない」とか「入れない」とか「出られない」という目にあっている人がたくさんいるじゃないですか。これって今後、人の感覚を変えると思いますか。
Moment Joon:僕みたいな立場の人にまでどういう影響を与えるかは正直わからないですけど、おそらく世界はこれで変わってしまうんじゃないかと心配しています。永遠に前のようには戻れないんじゃないかという恐怖がある。移民や外国人に対する恐怖心や敵対心が世界のどこでも強まっているこの時代に、実際に人を通さないことが自分たちを守る道なんだと証明された、そう思って実行した例ができてしまった。それは、これからのスタンダードになりえる。それに、今回のことでLCCはもちろん、大きな航空会社にまで経営的な被害がでてしまった。そうなると、個人のお金でどこかに自由に行き来すること自体が難しくなる。ある意味、新自由主義の唯一のいいところだったのに、それすらなくなるんじゃないかってものすごく怖いんですよ。たとえば、台湾と日本を行き来しながら恋愛してた遠距離のカップルがこれから突然会えなくなってしまうことだってある。21世紀になってから当たり前と思っていたことが、これからなくなる可能性があるんです。ただ、僕はけっこうアポカリプス的な人間なので、世界がいつどう滅びるかということをネガティブに考えるほうなんですよ。そうやって悪意を感じる一方で、人々の善意というものを確認できる機会も増えるのかもしれませんが。
ーー『Passport & Garçon』は、Momentさんにとってはどんな位置づけのアルバムですか。
Moment Joon:ほかのどのアーティストのどのアルバムよりも、日本でいちばんヒップホップ的なものができたと思います。取材でいろんな人がいろんな質問をしてきますが、全部違う。そのことで、簡単にカテゴライズされないアルバムなんだということが僕にもわかる。そういう意味で普遍性を持っていると思うし、それが僕が目指しているヒップホップです。そして、これこそが正しくてかっこよくて良いものだと思っている。だから右翼思想の人に攻撃的なインタビューをされたとしても、僕はそれを喜ぶと思うんですよね。逆に、僕に同調的でこのアルバムを聞いて「Momentが言ってることは正しい」と思う人たちには、自分がいる場所でも言いたいことを言って堂々と行動してほしい。あなたたちが日本で僕が日本、僕がヒップホップであなたたちがヒップホップなので。僕がMoment Joonとしてやっているすべての行動は、そういう思想が背景にあります。今売れる、売れないはあるにせよ、10年後に日本のヒップホップを語るときに僕のアルバムが論じられないことはないと思う。必ずこれは歴史に残る作品だと思っています。なので、聞いている人にもそういうものを一緒に感じて生きてほしいですね。
(取材・文=野間易通)