THE PINBALLS 古川貴之の人生に影響を与えた4作品とは? ルーツから浮かぶ根底にある想い

THE PINBALLS古川のルーツ紐解く4作品

飢える気持ちを持つことに意味があるのかな

ーー最後は『成りあがり』ですね。

古川:『成りあがり』は後輩にあげてしまったので、今日は別のもの(2001年出版の『アー・ユー・ハッピー?』)を持ってきたんですけど、どっちも魂は一緒かなと思っています。

ーー『成りあがり』とはどういう出会いだったんですか?

古川:結構最近のことで、27、8歳ぐらいのときかな。読んだことなかったし、とりあえず形だけでもと思って、最初は友達と「ここ、ウケるよ?」ってレベルで面白がって読んでいた気がします。

 でも、読み進めていくと矢沢さんもジョンと同じだと気づいて……簡単に言っちゃうと俺、生まれが貧しい人にシンパシーを感じるんですよ。ロミオもそうですけど。それはなぜかというと、勇気をくれるからなんですよね。特に矢沢さんなんて、子どもの頃に「ケーキをぶつけられて、悔しいけど舐めた」みたいな有名な話があるじゃないですか。そこから、今みたいに音楽界のトップにまで登りつめた、とても偉い方だなと思うんですよ。しかも、ものすごい急カーブで成り上がった。ジョンに憧れた矢沢さんがそうやって、いろんな若者に「貧乏でもできるぞ」って示したわけですよね。

ーー矢沢さんは第二次世界大戦後に生まれ、貧しさが原動力になった人ですけど、今はそういうマイナスを原動力にして這い上がろうという考え方は薄らいでいるところもありますよね。

古川:そうですね。矢沢さんが以前のインタビューで「おはぎをいっぱい食べたかった」と言っていましたけど、そういうところからスタートしているんですよね。自分も多少はつらい目に遭ったと思っていたけど、そこは経験していないところですし、そういうレベルじゃなくて本当にものがなかったんだなと。

 サリンジャーなんて第二次世界大戦に出兵していて戦争に行って、そこで本当に悲惨な目に遭っているんですよね。やっぱりそういうマイナスのパワーみたいなものが、その後の表現において振れ幅を生み出しているのかもしれない。単純にネガティブで終わるんじゃなくて、「欲しいな」とか飢える気持ちを持つことに意味があるのかなって、自分自身に思わせてくれたのはすごくありがたかったです。

 サリンジャーもそうですけど、彼の伝記や研究を読むと戦争で心を破壊されたことがわかるんです。矢沢さんもある種、戦争の影響で何かを破壊された人だと思うんですよね。だから、新しくでっかいものを建てるには一回更地になったほうがいいのかなって、かなり不謹慎な考えではあるんですけど、そう思ったりもします。

僕も本当に〈家〉に帰りたいと思っている

ーー影響を受けた作品を通すことで、今日は古川くんの根底にあるものが少し理解できた気がしました。

古川:面白いですね、こういういろんなルーツを巡って、今ここにたどり着いているわけですから。でも、矢沢さんの話をしていてより強く感じたんですが、俺はまだまだ未熟で弱くて、自分の理想に全然届いていなくて、すごく歯がゆいんですよね。それこそ、矢沢さんやジョンやサリンジャーみたいに、世の中に広く商業的に成功した作品を残せていないことで、自分の中では今もすごく焦っているところなんです。

ーー例えば、ジョンや矢沢さんが自分と同い年のときは何をしていたとか考えるわけですよね。

古川:そうですね。そこで余計に差を感じます。ただ、この振り返りに際して、自分の子どもの頃の話を絶対にしようと思って、今日はここに来たんですよ。それはなぜかというと、自分の子ども時代は戦後ではなかったですけど、ちょっと特殊な環境にいたとは思っていて。今ほど複雑な生き方がある時代でもなかったけど、周りを見渡すとクラスにそういう環境の人間は自分ひとりだったんですよね。でも、その中で生きていくことに俺は意味があると思っていて、そういう人生ってマイナスでもなんでもなくて、意外とプラスになったりすることもある。下世話なことを言っちゃうと、「それでいい歌詞が書けるかもよ?」みたいなことに今の時代はすごく意味がある気がするんです。

 今って物質的にもすごく豊かで、音楽的な技術もしっかり備わっていて、ちゃんと音大で勉強してきたミュージシャンも多いし、それはすごく素晴らしいと思うんですけど、労働者階級のミュージシャンは今もまだいますよと。例えば古川って奴、あいつ家をなくして、それを取り戻したいみたいだぞ、と。俺はそこでできることが絶対にあると思っているし、そこでやっていくことに価値があると思っている。それが唯一の誇りなんです。

ーーそういうところでの違いなのか、古川くんの歌詞には個性的な面がたくさんあって。以前インタビューしたときも、具体的で現実的なワードをなるべく使わないようにしていると言っていましたよね。そういう言葉が入ることで、一気に現実に引き戻されてしまうと。例えば「少年ジャンプ」という言葉が歌詞の中にあると、一気に現実に引き戻されてしまうと。

古川:そうなんです。日常的なのが嫌なんですよね。それはきっと、音楽を好きになった頃、そういう現実やリアルから目を背けたくて逃げたかったのも大きいと思うんです。だから、自分も歌詞を書くときは身近に目に入るものを排除していった、そういう理論だと思うんですよね。もちろん『少年ジャンプ』を読みながら心地よい気持ちでいられたら、ジャンプの歌も歌えたのかなと思いますけど。それに、自分はそこを〈本〉と表現したほうがイマジネーションが広がって面白いと思うんですよ。〈本〉だったら歌詞を耳にした人によってジャンプにもなるし『ライ麦畑でつかまえて』にもなるわけですから、便利かなって。

ーーそれこそが、言葉のマジックですよね。

古川:本当にそうですよね。〈美しい女がいる〉って歌詞なら、どんな完璧な女性よりも美しい女性が頭の中に勝手に浮かぶじゃないですか。これってすごい発明ですよ。だって、それを映像にした途端に絶対に誰かが不満を言うと思うんですけど、歌詞で書くと100人納得するものになる。ほかに真似できない表現ですよね。

ーーそれこそひと昔前の音楽って、古川くんが書くような歌詞とは異なる、もっと具体的な歌詞が求められていたと思うんですよ。

古川:そう考えると、最近はいろんな語り口が増えていていいなって感じますね。いろんなフレーバーが増えたと、単純に思いますし。自分も新しいアプローチの音楽を作ってきた方を見て、「めちゃめちゃいいな、これを俺もやりたい」と思ったんですけど、でも今日こうやって過去を振り返らせていただいたからなのか、「こいつら、俺よりも苦労してないだろうな」とも思ってしまって(笑)。聴いていると、「おしゃれでカッコいいし、歌も演奏もうまいし、ちゃんと育ってきたんだろうな」というのが本能でわかるんですよ。

 さっきのジョンの話もそうなんですけど、作品自体はどうでもよくて、その後ろにいる人間が気になることってあると思っていて。今の音楽シーンに対して自分が最新のものをやっていたり正しいことをやっているとか、意味があるものかはわからないですけど、それでも俺はここでちゃんと生きて、俺の言いたいことを言ってみたい。全然勝ち目がないし浮いていたとしても、やっぱり俺が言うことに多少意味があるんだ、だからやりたいんだって気持ちが強いんです。それは、自分が取り戻したい家をイメージして歌うことなのかもしれないし、唯一そこが今現在ここにいる理由ではあるのかな。

ーーそれって、新曲「WIZARD」にもつながってくるんじゃないでしょうか。

古川:そうですね。「WIZARD」という曲は家がテーマなんですよ。(『オズの魔法使い』の)ドロシーが〈家〉に帰りたいという光景を自分の中でイメージして作ったんですけど、僕も本当に〈家〉に帰りたいと思っているんですよね。新しいとかカッコいいとか女の子に人気があるとか、そういう面では価値は皆無かなとは思うんですけど、これを続けることに必ず意味があると信じています。

(取材・文=西廣智一/写真=三橋優美子)

■リリース情報
THE PINBALLS Major 2nd Single『WIZARD』
初回限定生産盤(2CD)COCA-17683/4 \1,600+税
通常盤(CD)COCA-17685 \1,200+税
<CD収録楽曲>
01. WIZARD
02. 統治せよ支配せよ
03. bad brain
04. ばらの蕾

<初回限定生産盤CD収録>
2019.09.29 Oneman Live at 新宿LOFT ライブ音源
店舗別購入特典ほか、詳細はオフィシャルHP参照。

■ライブ情報
THE PINBALLS『WIZARD』
Release tour“Return to The Magic Kingdom Tour”(2MAN)
12月4日(水)仙台MACANA
12月6日(金)梅田CLUB QUATTRO
12月13日(金)名古屋CLUB QUATTRO
12月15日(日)福岡Livehouce CB
12月20日(金)渋谷CLUB QUATTRO
チケット価格:前売り 3,300円(Drink別)
・オフィシャルHP先行
期間:~11月3日(日)23:59まで
受付URL
詳細はこちらから

■関連リンク
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