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『邂逅ノ午前零時』特別対談

CIVILIAN コヤマヒデカズ×majikoが語る、“ネットカルチャーと音楽”を取り囲む環境の変化と現在

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 CIVILIANが、majiko、中田裕二、まねきケチャを迎えたコラボEP『邂逅ノ午前零時』を3月13日にリリースした。

 リアルサウンドでは、CIVILIANのボーカル・コヤマヒデカズとmajikoに対談インタビュー。それぞれボカロP・ナノウ、歌い手・まじ娘としてほぼ同時期にニコニコ動画で活動を始め、そこからバンド/アーティストとしてメジャーデビューした二人。majikoとのコラボ曲「僕ラノ承認戦争 feat.majiko」は、近年のSNSやネット社会に充満する“承認欲求”をテーマにしており、ネット発アーティストと言える両者ならではのシニカルな歌詞が綴られている。そんな二人のコラボ曲に込めたメッセージと共に、音楽とネット、そこと向き合うアーティストを取り巻く環境の変化についても語ってもらった。(編集部)

インターネットは現実と切り離された場所だった

majiko

ーーお互いの出会いから伺えればと思いますが、majikoさんはCIVILIAN以前からコヤマさんのことをご存知だったんですよね?

majiko:はい。Lyu:Lyu時代、それからナノウという名前でボカロPをやっているときから知ってました。有名Pだったし、“レジェンド”だと思いながらずっと聴いていました。

ーーコヤマさんはその頃のmajikoさん(当時は「まじ娘」)のことは知ってました?

コヤマヒデカズ(以下、コヤマ):majikoさんの名前自体は、ニコニコ動画で“歌ってみた”をやっていた時から知っていました。でも、他のボカロPも含めて僕自身、ネットで名前は知っていても実際会ったことがない人はかなり多いんですよね。majikoさんとも、お互いに作品だけを知っていたみたいな感じですね。

ーーmajikoさんが最初に“歌ってみた”を投稿したのはいつ頃でした?

majiko:2009年くらいですね。もう10年前です。

ーーその頃のニコニコ動画は今のようにレコード会社や音楽業界とはつながっていない、アマチュアな世界でしたよね。だからこそ作り手と聴き手が近い関係があったと思うんです。お二人にはそういうところで音楽を始めたという共通点がある。

コヤマ:そうですね。僕がボカロ曲を最初に投稿したのは2008年なんですけど、僕よりさらに前はryoさんの「メルト」とか、kzさんの「Packaged」とかくらいなんですよね。最初はこの中からメジャーと契約してCDを出す人が出るとは誰一人思ってなかったんじゃないかと思います。みんな遊び感覚でやっていた。今までなかった、誰も知らなかった新しい面白いことが始まったという、その“面白さ”だけでやっていた時期ですね。

ーーコヤマさんはボカロPとして曲を投稿する以前にバンドをやっていたんですよね。majikoさんはどうでした?

majiko:私はもともと中学の時に軽音楽部でバンドをやっていて。最初はボーカルで入ったんですけど、ドラムボーカルをやらなきゃいけなくなって。そのまま専門学校に入るくらいまでドラムボーカルをやっていて、本当はボーカルをやりたいのにドラムの割合が増えていったんですよ。そのときに“歌ってみた”というものがあると友達から聞いて。「名前も顔もわからないから試しに歌ってみようかな」と思って始めたんです。「自分がどこまで通用するんだろう」という気持ちもありました。

ーーお二人ともバンドで音楽を始めていたけど、それとは別のアウトプットとしてネットへの投稿を始めた。

コヤマ:そうですね。自分ももともとバンドに憧れて音楽を始めたし、何の疑いもなくバンドでデビューするんだと思っていた。それ以外の道は考えていなかったくらいなんですよ。で、二十歳の頃にライブハウスで本格的にライブをやるバンドに入ったんですけど、そこから何年かバンドを続けていく中で、ボーカロイドのことを知ったんです。ニコニコ動画にいろんな人が曲を投稿しているらしい、と。その時にニコニコのアカウントを持ってはいたんですけど、当時はMAD動画を観ていたくらいで。それから「メルト」や「Packaged」を聴いて「合成音声でこんなことができるんだ」と思ったんです。

ーーなるほど。

コヤマ:自分が今まで続けてきたバンドの活動って、どうしても自分の身体と切り離せない部分があったんですよね。自分は男だから、どうしたって男性ボーカルの曲になってしまうし、出せる声のキーも限られている。自分のバンド活動とそれが分かちがたく結びついている。でも、ボーカロイドを使って曲を作ることで、一瞬だけ、自分の身体から音楽が解放されたような気がしたんです。現実に生きてる自分と切り離したところで好き勝手に遊べるんじゃないかって。そこが一番面白くて、遊びでやっていた感じですね。

昔は歌い手も誰一人顔を出していなかった

CIVILIAN 『僕ラノ承認戦争 feat. majiko』MV short ver.

ーーコヤマさんもmajikoさんも、10年前のネットカルチャーというものを原体験として共有しているわけですが、今はもう、そういうインターネットというものは存在しないと思うんです。もちろんツール自体は変わらずにあるけれど、今、お二人が言ったような「名前も顔もわからないから試しにやってみよう」とか「現実に生きてる自分と切り離したところで好き勝手に遊べる」という感覚を持っている人は少ないと思う。

コヤマ:うんうん。

ーーむしろ今のネットカルチャーは、自分の顔と身体をそのまま出して、それが広まっていくような場所になっている。僕自身の印象としては変化のきっかけになったのがInstagramの普及で、さらにTikTokが広まってからそれが加速したと思っていて。だから「ネットシーン」と言っても、00年代後半と10年代後半でかなり意味合いが変わっている。そういう実感はありますか?

コヤマ:ありますね。当時、僕が中学生の時に初めてネットに触れて、当時の2ちゃんねるを見るようになった時は、おっしゃる通り“自分を知っている人が誰もいない空間”という認識だった。でも、今はスマホとかSNSが普及して、自分自身が常時ネットやクラウドにつながっている状態じゃないですか。そういう境目はなくなった気がします。

majiko:昔は歌い手も、誰一人顔を出していなかったんですよね。でも今はボカロPとか歌ってみたの人たちがデビューしていくにつれて、それありきで投稿を始めている人がいると最近は思っていて。顔を出す人も増えたし、昔とは違うなって思います。昔のニコニコ動画は“陰キャ”の集まりみたいなイメージが強かったんですけど、今はそういうキャラに関係なく、誰しもが利用してるツールの一つになった、というか。そんな感じがします。変わったんだなって。

ーー今majikoさんが言った“陰キャ”って、すごく重要なキーワードだと思うんですよ。僕が知る限り、00年代のインターネットって、今みたいな感じで“陰キャ”という言葉が使われることは、あまりなかった。なぜなら、そこにいるのがみんなそっち側の人だったからだと思うんですよね。でも、今のTwitterはテレビと同じでみんなが見てるものになった。そこで“陰キャや“陽キャ”と言っているのは、80年代にテレビで“ネクラ”と“ネアカ”と言っていたのと同じようなものだという印象があるんです。

コヤマ:そうですね。ボカロ曲を投稿しはじめた最初の頃はオタクの集まりだと思っていたし、もともと中学生の頃から僕自身もゲームやアニメが大好きで、高校の頃はずっとオタクだって言われていて。で、あの頃って、姿も見えないし、誰がやっているかわからなかったけど、不思議と居心地がよかったんですよ。なんとなく、みんな同じ匂いを勝手に感じていた。イベントとかでボカロPに会うこともあったんですけど、出自はみんなバラバラなんです。社会人の人もいれば、バンドをやめた人もいて、音楽経験もあったりなかったりする。でも話があう人が多かったんです。どこかしらみんなオタクだったし、音楽が好きで。でも、バンド界隈の友達が当時から本当に少なかった。話が合う人がなかなかいなかったんです。それに比べてなんでこんなに居心地がいいんだろうって考えていたことはありましたね。

ーー居心地がよかったというのは何故だったんでしょう。

コヤマ:そこには、同時期に同じものを見つけて、同じアンテナに引っかかって「面白そう」と思って始めた人たちが自然と集まっていたと思うんですよね。そこに居心地の良さを感じていたのかな、と。

      

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