ホイットニー・ヒューストン、90年代ポップスターの“役割”と“現実” ドキュメンタリー映画から探る
そこには、彼女自身はあくまでもシンガーであり、作詞作曲をほとんど手がけなかったことも、関係しているのかもしれない。それどころか、「すべてをあなたに」、「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」、「オールウェイズ・ラヴ・ユー」といった彼女の大ヒット曲は、いずれも過去の楽曲のカバーだった。よって、彼女の歴代の楽曲の歌詞を読み解いたとしても、その当時の彼女の心情を推し量ることは難しい。しかしながら、やがてマドンナが、自らの“オピニオン“を憚ることなく表明し、次第に女性たちをエンパワーメントさせる存在となっていったように(マドンナが、アルバム『エロティカ』と写真集『SEX』をリリースしたのは、映画『ボディガード』が全米公開されたのと同じ1992年だった)、“ポップスター”に求められる役割は、着実に変化しつつあった。その一方、ボビー・ブラウンとの結婚以降、薬物依存やDV、あるいは金銭をめぐる父親との訴訟など私生活のトラブルに見舞われ、次第にその最大の武器である“歌”の力を失っていったホイットニーは、何度か再復活を試みるも、いずれも芳しい評価を獲得することなく、ボビーとの離婚を経た2012年、48歳という若さでその生涯を終えてしまうのだった。
その時代を“象徴”するだけではなく、その“オピニオン”によって、世の中に影響力を持つ“ポップスター”の時代。それは、ミュージシャンという存在の社会的な地位が上がったことを意味するのかもしれない。けれども、そういった時代の変化の中で、ホイットニーという圧倒的な人気と実力をもった歌手の存在は、いつのまにか忘れ去られていったのではないだろうか。彼女の歌は、今もあちこちで流れ続け、聴き継がれているにもかかわらず、その人間性に思いを馳せる機会は、ほとんどなかった。そう、日本公開時の副題である“オールウェイズ・ラヴ・ユー”とは、もちろんホイットニー最大のヒット曲のタイトルだ。けれども、映画を観終えたあと、その容赦ない“現実”に打ちのめされながら思ったのは、果たして我々は、彼女のことを“オールウェイズ・ラヴ・ユー”していたのだろうか? という、実に皮肉な“問いかけ”だった。彼女と同時代を生きてきた人間はもとより、今日に連なる“ポップスター”のミッシングリンクを探る上でも必見の一本だ。
■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。