手嶌葵が語る、映画音楽への愛とシンガーとしての成長 「今は今の感覚を楽しむ方がいい」

手嶌葵、映画音楽への愛

 手嶌葵のニューアルバム『Cheek to Cheek~I Love Cinemas~』がリリースされる。

 本作は、2012 年にリリースした『Miss AOI -Bonjour, Paris!』に続く、映画音楽カバーシリーズの第4弾。表題曲となるジャズスタンダード「Cheek to Cheek」(映画『トップ・ハット』より)をはじめ、ディズニーの名作『リトル・マーメイド』からは「Kiss The Girl」を、そしてラナ・デル・レイが歌う映画『華麗なるギャッツビー』の主題歌「Young and Beautiful」など、“いま、手嶌葵が歌いたい映画音楽”というコンセプトのもと、ジャズ風味にアレンジされた珠玉の名曲たちがズラリと並んでいる。

 アレンジャーには、手嶌作品ではお馴染みの兼松衆をはじめ、ライブではバンマスを務めるオオニシユウスケ、何度も共演経験のある鈴木正人に加え、今回が初のコラボとなる梅林太郎と気鋭のミュージシャンたちが集結。さらにスペシャルトラックとして、平井堅をゲストボーカルに迎えた「Cheek to Cheek (duet version)」を収録するなど、非常にゴージャスな作品に仕上がっている。

 幼い頃からミュージカルに親しみ、ベット・ミドラーの歌う「The Rose」(映画『ローズ』より)のカバーがきっかけでデビューが決まったという手嶌葵。彼女にとって、映画音楽を歌い続けることは、どんな意味を持つのだろうか。溢れんばかりの映画愛と共に、本作への思いを語ってもらった。(黒田隆憲)

等身大の自分を楽しめている 

ーー手嶌さんが映画音楽をカバーするアルバム、今回が第4弾ということですが、何かテーマはありましたか?

手嶌葵(以下、手嶌):実をいうと「カバーアルバムを作ろう」となった時、最初から映画音楽をカバーするアルバムにしようと決めていたわけではなくて。いつもそうなんですが、私が「この曲を歌いたい!」と思うのがほとんど映画音楽にまつわる曲なんですよね(笑)。今回も結局そういうことになったので、割と後付けで『I Love Cinemas』と銘打って出すことになったという。ただ、今回はジャズを歌いたい気持ちが強かったので、「古き良きアメリカ」を彷彿とさせるようなジャズアレンジでまとめてみました。

ーーそもそも、どんな経緯でそんなに映画音楽が好きになったのですか?

手嶌:小さい頃から母がよく映画を観せてくれて、その時に多かったのがミュージカル映画だったんです。しかも最新のハリウッド映画というよりは、『宝島』や『ガリバー旅行記』のような古いビデオが家に大量にあって。そこから選んで観ていたのですが、特に好きになったのは『マイ・フェア・レディ』や『メリーポピンズ』のようなミュージカル映画でした。きっと、一緒に歌えるのが子供心に楽しかったのでしょうね。いつも居間で、兄や母とハモり合うなどしていました(笑)。

ーー特にオードリー・ヘプバーンが大好きだとか。

手嶌:彼女が出演した映画はほとんど観ています。中でも『パリの恋人』で、フレッド・アステアと一緒に歌っている「'S Wonderful」が好きでしたね。でも、ミュージカル限定でなければ『ティファニーで朝食を』の中で、彼女の歌う「Moon River」が一番好きかな。

ーーフレッド・アステアといえば、今作のタイトルにもなってる曲「Cheek to Cheek」が流れる『トップ・ハット』は、彼とジンジャー・ロジャースの主演第4弾ですよね。

手嶌:はい。フレッド・アステアが大好きなんですよ。最初はオードリーと一緒に出ている映画を観たんですけど、「こんな素敵な人がいるんだ!」って(笑)。優しくてお茶目で、とても素敵な紳士という感じ。日本人にいないタイプですよね(笑)。いつでも燕尾服にシルクハットでステッキを持って。街を歩くだけでも様になっていて。ちょっと歌ったりしながら散歩してみたり、タップを踏ませたら本当に素敵だったりするので、「夢の中の素敵な王子様」という感じでした。タップの音も、いろんなダンスを見たり聴いたりしている中で、本当に美しく聞こえるんですよ。サントラの中にも彼のタップ音をあえて入れているのとか、「本当にタップを愛していらっしゃったのだな」と思いましたね。

ーータップも楽器の一部というか、歌と同じというか。

手嶌:そうなんでしょうね。タップの音を自由にコントロールしながら「自分のサウンド」を作るのは、しかも歌いながらというのは実は相当難しいのでしょうけど。そこからジンジャー・ロジャースとの共演作をたくさん観ました。中学生の頃の話です(笑)。中でも『トップ・ハット』は有名な作品で、アステアとジンジャーがおしゃべりしながら「Cheek to Cheek」を歌うシーンがとても印象に残っています。今の私の年齢で、こういう可愛らしい愛の歌が歌えたらいいかな、と思って今回選んでいます。

ーー平井堅さんとのデュエットはいかがでしたか?

手嶌:幸せでした(笑)。高校生の頃からCDを買って聴いていましたし、堅さんのボーカルを聴きながら歌の練習を頑張っていましたから。実際にお会いしたら、とっても優しい方で。ヘッドホンごしに「葵ちゃ〜ん」って呼びかけられた時は、腰砕けになりましたね(笑)。本当に、いつ聞いても素晴らしい声だなあと思いましたね。レコーディングの時は、本当に幸せなひと時でした。

ーー「C’est si bon」はオードリー・ヘプバーン主演のロマンスコメディ『昼下りの情事』で流れた曲です。ロマンスコメディや、ラブコメディの魅力はどこにあると思いますか?

手嶌:お茶目なシーンがたくさんあったり、ちょっと背伸びしてみたり、意地悪を言ってみたり……。私たちに最も近いところにある「日常」を描いているんですけど、銀幕の中ではとてもキラキラしている。そこがロマンティックコメディやラブコメディの魅力だと思うんですよね。

ーーなるほど。では、ディズニー映画はどうでしょう。今回、映画『リトル・マーメイド』から「Kiss The Girl」をカバーしていますよね?

手嶌:ディズニーは大好きで、必ず最新作が出るとチェックしているんですよ。もちろん、創設者のウォルト・ディズニーが携わったクラシックなディズニーも好きです。自分の中のルールとして、カバー曲を集める時には必ずオードリーとディズニーを必ず入れようと。今回もそれを入れられて良かったです。

ーー最近のディズニー映画は、『白雪姫』の「Some Day My Prince Will Come(いつか王子様は)」が象徴するような女性像から、もっと主体的に行動する女性像へと変わってきていますよね。ディズニーだけでなく、世界全体でそういうジェンダーロールの逆転現象が起きていることについてはどう思いますか?

手嶌:私は女性が「弱い存在」とは思わないですし「主体的な行動ができない存在」とも思ってないです。だいいち、私自身も1人でガンガン行動する方ですからね(笑)。ただ、「女性も強くなければ」ということばかり主張するのも、ある意味では窮屈になってしまうんじゃないのかなとも思うんですよ。可憐で守ってあげたくなるような女性がいたっていいんじゃないかなと。

ーー確かに。何より「自分らしく」あることが大切で、結果的に男らしい「男性」として生きても、可憐で守ってあげたくなるような「男性」として生きても行ける社会というか。

手嶌:そう思います。私自身は今のディズニー作品も好きですし、その一方で「古き良き時代」の作品も好きだったりもするんですよね。最近はディズニー・プリンセスに対しても「差別的だ!」と騒ぎ立てるのもなんだかなあと思っていますね(笑)。ちなみにこの『リトル・マーメイド』の「Kiss The Girl」は他の人がカバーしているのを聴いたことがないんですよ。とてもロマンティックな曲だし、恋する人を応援するような内容でもあったりするので、引っ込み思案な男の子や女の子が少しでも「頑張ろう」って思ってもらえたら嬉しいですね。

ーーマリリンモンロー主演の映画『紳士は金髪がお好き』から、「Diamonds Are a Girl’s Best Friend」を歌っています。

手嶌:マリリンは、大好きなオードリーとはまた違う魅力がありますよね。色っぽさと可愛らしさが内包されているというか。あの、可愛らしくもハスキーな歌声がそれを象徴していますよね。聞いていると、同じ女の子なのにドキドキするような危ういところもあったりして好きです。ちなみに「Diamonds Are a Girl’s Best Friend」は、彼女の歌い方をちょっと意識してみたんですよ。

ーー「Blue Moon」が挿入された『ワーズ&ミュージック』は、日本劇場未公開なんですね?

手嶌:そうなんです。もちろん映画も観ているんですけど、これはどちらかというとエラ・フィッツジェラルドの歌う「Blue Moon」という曲が、昔から私は大好きで。どうしても歌いたかったので、映画に紐づけてみたという(笑)。

ーー歌詞はどんな内容なのですか?

手嶌:「これまで私は1人で寂しかったけど、今は大切にしてくれる人がそばにいるから、もう1人じゃないのよ」と、月に向かって語りかけている歌詞です。その内容が、今の自分にしっくりくるというか。博多から東京に出てきて音楽活動を始めたばかりの頃は、とても心細い気持ちもあったのだけど、今は大好きなスタッフに囲まれ、東京にも友人がたくさんできて、以前よりもずっと幸せになれたなあって。そんな思いを込めて歌ってみたかったんです。

ーー個人的にはアルバムの中で、この曲のアレンジがとても印象に残りました。ひたすら加速していくベースラインが陶酔的で、ジャズ風味だけどサイケデリックな要素もありますよね。それと、今作で異色なのはラナ・デル・レイのカバーです。この「Young and Beautiful」は、2013年にリメイクされた映画『華麗なるギャッツビー』の主題歌ですよね。

手嶌:「最近の曲も歌えますよ!」っていうのをちょっと言ってみたくてカバーすることにしました(笑)。『華麗なるギャッツビー』はスコット・フィッツジェラルドの原作も大好きでしたし、ロバート・レッドフォードが主演した1974年バージョンももちろん観ています。時を経てリメイクされるというのは、それだけ魅力があるからこそだと思うんですけど、ラナ・デル・レイが歌うこの曲は、本当に美しくて。歌詞も可愛らしいんですよ。“これから歳をとって、美しくなくなっても私を愛してくれる?”というラインがあって。

 私自身も18歳でデビューして今年で31歳になるんですけど、少しずつ声も変わってきたし、考えることや伝えたいことも変わってきているんですね。昔はすごく背伸びをしていて、「子供扱いしないで!」っていう感じでいたんですけど(笑)、今はすごく等身大の自分を楽しめているというか。例えば「The Rose」という曲が、ようやく似合う年齢になってきたのかなと思えるようになってきて。

 他の曲を歌っていても、「あ、若い頃に歌っていた感じと、やっぱりちょっと違うな」って感じる瞬間があるんです。だとしたら、今は今の感覚を楽しむ方がいいんだなって。それで少しずつ変わっていくこと、歳をとっていくことも楽しめたらいいなと思っていますね。そして、そうやって歳を重ねて変わっていく私のことも、皆さん愛してくれますか? という、自分自身の思いも投影させながら歌いました(笑)。

ーーベット・ミドラーの「The Rose」は、手嶌さんがデビューするきっかけになった曲ですよね。“愛とは何か”が歌われていて、そのシンプルかつ深みのある内容は、確かに歳を重ねるほど理解できるようになるものですよね。

手嶌:そう思います。歌っている側も変わっていきますし、聴く側も変わっていくというか。みなさん、同じように歳を重ねていくので、その中でお互いに楽しんでいけたらいいなって思います。

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