平成ポップミュージック史再考のヒントに V系シーン30年の歴史総括した対談集レビュー

 市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系へ通ず。』(シンコーミュージック・エンタテイメント)は、著者ふたりによる、おおよそ30年に渡るヴィジュアル系の歴史を総括する対談集だ。対談と思ってあなどると、そのあまりに濃密な情報量に圧倒されることは間違いない。そしてまた、次から次へと繰り出されるそれぞれの著者のヴィジュアル系論は、いかにも大仰な本書のタイトルがあながち誇張とも感じられなくなるほど刺激的だ。

市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系へ通ず。』

 本書の冒頭で藤谷が言及するように、ヴィジュアル系をめぐる俯瞰的な語り、総論といったものは数少ない。しかし、本書で示されるような、90年代以降の日本のミュージシャンに与えた影響や、日本発のカルチャーとしての海外での認知度を考えれば、こうした「語りの欠如」は意外でさえある。X JAPANが『コーチェラ・フェスティバル』のヘッドライナーを務めた2018年に至って、ようやくその全貌とカルチャーとしてのポテンシャルをつまびらかにする一冊が現れた、と言うべきか。

 ヴィジュアル系をめぐる「語りの欠如」は、本書でたびたび言及されるゼロ年代以降のアイドルシーンがむしろ「語りの過剰」に晒されていることと対比すると、より奇妙に思える。アイドルは、楽曲の観点から、ビジネスモデルの観点から、あるいは社会学的な観点から等々、さまざまな切り口から論じられてきた。対するヴィジュアル系は、ジャンルそれ自体が評論の俎上に載ることが少なかった。

「V系とAKBはまさに日本が創造したオリジナル・エンタテインメント・スキームの両巨頭なんじゃないの」(325~324頁)

 著者のひとり、市川哲史はAKB48の発明したビジネスモデルについて言及したうえで、このように語っている。実際、90年代の爆発的な流行を経て、音楽産業全体の縮小とともに苦境に立たされたゼロ年代以降のヴィジュアル系は、優れたセルフプロデュース能力とマーケット戦略を武器に、特異なニッチを形作った。そして、音楽性やバンドのコンセプトが多様化した結果、ヴィジュアル系はある特定の属性、たとえば音楽のジャンルやファッションで括りうるジャンルではなくなった。藤谷の言うように、「〈顧客=バンギャル〉がついているバンドが即ち、ヴィジュアル系」(325頁)と再定義されることとなる。その系譜の末に、ゴールデンボンバーのように、CDが売れない時代を代表する異端のバンドが生まれたことを思えば、このニッチが育んだ「エンタテインメント・スキーム」がAKB48と並び称されるのも頷ける。

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