Gorillazの見事なエンターテインメント 会場一体で高め合った『The Now Now』全曲再現ライブ
さる6月21日、22日に、昨夏のフジロック以来となる来日公演を行ったGorillaz。とりわけ22日のZepp DiverCity Tokyo公演は、全世界に先駆けてニューアルバム『The Now Now』(6月29日リリース)の全曲再現ライブが披露されるとあって、国内外から注目が集まっていた。
個人的にも『The Now Now』は、非常に楽しみにしていた一枚である。理由はいくつかあるが、まずは先行シングル「Humility(feat George Benson)」の出来があまりにも良かったからだ。
同曲はフュージョン・ギタリストのジョージ・ベンソンを迎え、代名詞の“ブリージン”なプレイが響き渡るサマーチューン。そのダサさと紙一重の人選もGorillazらしいが、さらにグッときたのはデーモン・アルバーンのボーカルだ。軽快なラテンフィールに寄り添いつつ、熱すぎず醒めすぎず、スウィートに余裕をもって歌い上げており、「こんなに歌が上手かったっけ?」と驚いてしまったほどだ。それに何より、いい曲をいい歌がリードするというポップスとしての正攻法を、このタイミングでGorillazが打ち出してきたのが印象的だった。
1998年に結成されたGorillazは、固定概念に縛られないコラボの数々で独自の世界観を広げてきた。2017年の前作『Humanz』に至っては、ゲストシンガー/MC陣だけでも20組以上が参加。最先端のラッパーにレジェンド、アンダーグラウンドの逸材からノエル・ギャラガーまで揃った顔ぶれは圧巻で、志の高さとキュレーションのセンスは確実に100点満点だったが、今振り返ると「正しすぎるがゆえの息苦しさ」を感じるアルバムだったようにも思う。通常盤でも全20曲というボリュームは、同年のドレイク『More Life』がそうだったようにアルバムというよりもプレイリスト的だが、多様性に富んだ楽曲も裏を返せば散漫に聴こえるともいえる。
そんな前作とは対照的に、来たる新作『The Now Now』ではゲスト参加は控えめになり、デーモンのボーカルが強調された作品になっている。上述したことへの葛藤があったのかは知る由もないが、ここでこのよう方向性を選んだのは、とても正しい判断ではないかと思う。それに自分自身、そういうアルバムが出るのを密かに期待していた。
結論から言うと、6月22日に行われた『The Now Now』の全曲再現ライブは、軽はずみに年間ベストと言いたくなるくらい素晴らしいステージだった。プレミアムな企画性はもちろん、Gorillazほどのビッグバンドをキャパ2500人少々のハコで観れたのも贅沢だし、その距離感の近さがミラクルな一夜を生んだのは間違いないと思う。
バンドは開演時間から15分遅れでステージに登場。特別なシチュエーションだからと身構える感じもなく、デーモンも「じゃあ始めるね」といったふうに簡単な挨拶だけすると、スクリーンに「THE NOW NOW」の文字が大きく映し出された。
アルバムの曲順通り、冒頭で触れた「Humility」からライブはスタート。楽曲のリラックスしたムードと程よくファンキーな演奏が、フロアの緊張を一気に解きほぐしていく。原曲のアレンジにはない、ゴスペル調のコーラスもいい味を出していた。
打って変わって、2曲目の「Tranz」はダークなエレポップ。シャープなサビに合わせて観客も楽しげに飛び跳ねる。その光景を見たデーモンが、演奏しながら一瞬笑みを浮かべていたのは印象深い。世界的アーティストといえども、リリース前のアルバムを再現するのは不安もあったはず。早々から熱のこもったリアクションが得られたのは嬉しかっただろう。続く「Hollywood(feat Snoop Dogg and Jamie Principle)」ではゲストのジェイミー・プリンシプルが、58歳とは思えぬバイタリティで「Clap your hands!」と客席を煽り、映像で登場したスヌープ・ドッグとともに最初のピークを演出していた。
そこから、スペイシーなシンセがたゆたう「Kansas」、トロピカルなミディアムブギー「Sorcererz」、スライドギターが感傷的に鳴り響く「Idaho」と、デーモンの歌を軸としたメロウなナンバーが続く。一曲終わるごとに警句的なメッセージが映し出されるのだが(「NO MORE UNICORNS ANYMORE」「ALGORITHM IS A DANCER」など。それらのテキストをあしらったTシャツも会場で販売されていた)、その演出はどことなく80年的に思えた。
そして、初期Metronomy風のインストシンセファンク「Lake Zurich」を挿んだあと、再現ライブの後半に当たる流れがこの日のハイライト。『The Now Now』が歌のアルバムたる所以が、ここからの4曲に集約されていた。ノスタルジックで茫洋とした「Magic City」でスクリーンに沈む太陽が映し出されると、「Fire Flies」ではキーボードの演奏に合わせて、(曲名通り)蛍の光のようにアニメが点滅する。楽曲がセンチメンタルな色合いを帯びるにつれ、ストーリーも夏の始まりから終わりへと向かっているように感じられた。
淡くサイケな空気感を漂わせながら、再現ライブはいよいよ終盤。静寂に包まれた「One Percent」では、内省的なムードや神々しいコーラスもあって、Pink Floydの境地に肉薄しているように感じられた。意外性に頼らず良質なメロディを追求し、自身の歌声をじっくりエモーショナルに聴かせるソングライティングは、デーモンの成熟ぶりを如実に物語っている(「このエモさが前作に足りなかった要素」という感想も見かけたが、完全に同意だ)。そのあと、光が差すようにダンサブルなリズムが用意された「Souk Eye」で希望のトーンも滲ませると、スクリーンに「G IS THE MAGIC NUMBER」というメッセージが映し出され、再現ライブは幕を閉じた。
リリース前の再現ライブは最近増えているが、バンド側の試運転に付き合わされながら、未完成の知らない曲をずっと浴び続けるのは、よほど熱心なファンでなければ正直しんどかったりもする。ところがこの夜のGorillazは、ライブアレンジもすでに相当練りこまれていたし、ファンキーとメロウを織り交ぜた演奏やトラックリストによって、きちんとエンターテインメントとして成立させていた。それに何より、とにかく曲がいいことに尽きる。一発で引き込まれるメロディの強度たるや凄まじく、『The Now Now』への期待は俄然高まった。そして、もうひとつ特筆すべきはオーディエンス。ステージと客席とで一緒に高め合っていくような雰囲気は最高だったし、あの大歓声はデーモンを大いに勇気付けたはずだ。
ここまでの第一部で完全に満たされた思いだったが、短いインターバルで再登場したバンドが、Gorillazの今と過去を繋げるように「On Melancholy Hill」を演奏するものだから、思わず胸が熱くなってしまう。第二部はぺヴェン・エヴェレット、ブーティー・ブラウン、De La Soulなどゲストも交えてのヒットセット。バンドの二大名曲「Feel Good Inc.」、「Clint Eastwood」を連発したりと容赦なかった。フロアの熱狂ぶりはいうまでもない。
■小熊俊哉
1986年新潟県生まれ。ライター、編集者。洋楽誌『クロスビート』編集部、音楽サイ『Mikiki』を経て、現在はフリーで活動中。編書に『Jazz The New Chapter』『クワイエット・コーナー 心を静める音楽集』『ポストロック・ディスク・ガイド』など。Twitter:@kitikuma3。
■リリース情報
『The Now Now』
発売:2018年6月29日(金)
価格:¥1,980(税抜)