フアナ・モリーナやGrimesに続く、国内“宅録女子”の現在を追う
ベッドルームから世界へーー打ち込み系の機材などを使用し、自宅で演奏・録音を行なう女性シンガーソングライター、いわゆる“宅録女子”が注目を集め始めたのは数年前だろうか。今回は、そんな中でも一風変わった楽器や機材を駆使する女性アーティストにスポットを当ててみたい。
それこそ海外には、ループマシンという機材を用いてギターやシンセ、自分の声などをリアルタイムで重ねていき、サイケデリックな音像を作り上げる“アルゼンチン音響派”の歌姫フアナ・モリーナや、デビュー当時はアップルのコンシューマー向け音楽ソフト「GarageBand」と、ローランドのシンセJuno-Gだけで音源を作っていたという、Grimesことクレア・バウチャーのような、一風変わった楽器や機材を駆使する宅録女子は、以前から少なからず存在していた。フアナ同様ループマシンを使い、南米やアフリカ音楽に影響されたパーカッションやハーモニーを重ねていく、メリル・ガーバスによるソロ・プロジェクト、tUnE-yArDsなどもその一例だ。
ここ日本ではどうだろう。筆者が真っ先に思い浮かべたのは、インド古典楽器シタールをまるでアコギのように演奏し、摩訶不思議なサウンドを紡ぎ出すミナクマリという変わった名を持つ女性シンガーソングライターだ。ガールズバンド、CATCH-UPのソングライター&ギタリストとして90年代にデビューした彼女は、バンド活動休止を機にインドへ渡航。シタール奏者モニラル・ナグの下で修行した後、帰国しミナクマリ名義で本格的に活動をスタートした。
フアナ・モリーナに大きな影響を受けたと公言するだけあって、サイケデリックな浮遊感を持つメロディ、電子音楽とアコースティック楽器を融合した温かいサウンド、ロックやジャズ、民族音楽などを融合したアレンジが特徴。特に通算4枚目のアルバム『REHENA』と、続く最新作『shanti, shanti, shanti!』では、サウンド・プロデューサーに清水ひろたか(元コーネリアス、プラスティック・オノ・バンド)を迎え、まるでカレイドスコープのようにカラフルなサウンドスケープを展開している。何より、砂糖菓子のように甘くてフワフワとした彼女の歌声は唯一無二で、一度聴いたら忘れられない魅力をたたえている。
奇しくもミナクマリと似た名前を持つMINAKEKKE(ミーナケッケ)も、宅録をベースに楽曲制作を行ない、ループマシンを駆使しながらリアルタイムで音を重ねていく、多重独奏のパフォーマンスで注目を集めているシンガーソングライターだ。
2011年からライブ活動をスタートした彼女は、昨年4月に待望のデビューアルバム『TINGLES』をリリース。プロデューサーに橋本竜樹、エンジニアにD.A.N.や岡田拓郎などを手がける葛西敏彦を迎え、内藤彩(ファゴット)や堀正輝(ドラム)らと共にレコーディングされた本作は、シューゲイザーやアシッド・フォーク、ポストパンクのエレメントを散りばめながら、コアにあるのは彼女のハイトーンボイス。その祈るような歌声が、孤独と寄り添う歌詞の世界観と相まって、耽美でダークなファンタジーを作りあげている。
2013年にアルバム『フォトン』でデビューし、翌年には早くも矢野顕子のアルバム『飛ばしていくよ』にトラックメイカーとして抜擢され、ステージでも共演を果たすなど異例の経歴を持つAZUMA HITOMIも、一風変わった宅録女子の一人だ。
Macや複数のアナログシンセ、ペダル鍵盤に全自動キックマシーンに加え、自らプログラミング&コントロールするLED照明システムなども導入した「要塞ライブ」と呼ばれるものから、コンピューターや大掛かりな機材を一切使用しない「ノイズ&弾き語り」と称されるものまで、ステージの規模に合わせて様々なスタイルでライブを行なってきた彼女。2014年にはBuffalo Daughterの大野由美子やNeat's、マイカ・ルブテとともに宅録女子ユニット、アナログ・シンセサイザー・カルテットを結成。サウンド & レコーディング・マガジン主催『Premium Studio Live Vol.7』に出演するなど、「宅録女子」の普及に貢献してきた。その後もスリーピース・バンド、サンナナニを結成したり、そのドラマーUと新ユニット、キスできればそれでいいしスを組んだり、ユニークかつマイペースに活動を展開している。
以上、一風変わった楽器や機材を駆使する女性アーティストを駆け足で紹介した。コンピューターや機材のスペックが向上し、今は誰もが簡単に宅録を始められる時代。しかしその反面、似たような音色や音質を持つ楽曲が、生まれてしまいがちなのも事実だ。そんな中、ユニークな機材や楽器を駆使する彼女たちの作品が、とても魅力的に聴こえるのは当然のことなのかもしれない。また、「ソロ」という形態だからこそ、多種多様なコラボが生まれやすいメリットもきっとあるだろう。これからも彼女たちの、自由な発想から生み出される作品たちを大いに期待したい。
■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。