片寄明人と黒田隆憲が語り合う、音楽史におけるThe Beatles『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』の重要性

片寄明人×黒田隆憲『サージェント・ペパーズ』対談

「ポールは『Pet Sounds』の衝撃から抜けていなかった」(黒田)

ーーちなみに今回のリミックス盤はこれまでのものとどう違うのでしょうか。

片寄:今回のリミックスは当時のモノラル盤で感じられた印象に近いものでしたね。僕は1982年に最初に買ったアナログ盤がモノラルだったこともあって、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』といえばモノなんです。だからこのリミックスには初めから違和感無く夢中になれました。当時のステレオ・ミックスはあまり聴いたことなくて、あらためて聴いたら、フェージングやパンニングの面白さに重点を置いたであろう不思議な定位で、僕はモノラルのほうが好きなんですよね。その魅力をそのままにステレオ化したジャイルズ・マーティンのリミックスは本当にいい仕事だと思います。

黒田:本人たちがミックスに立ち会ったのはモノラル盤だけですもんね。

片寄:そうなんだ!あとはドラムやベースといったリズム隊の音が以前よりも立って聴こえてかっこよかった。ミュージシャンの視点から見てプレイの凄さもより堪能できる。だけど基本的な音色をいじくるリミックスではないから、違和感もないのが素晴らしいです。自分がレコーディングやプロデュースをしている時には「ここの音が良いからもっと聴きたいな」と思うような部分を実際の演奏よりも強調するんですが、そういった作業がされているかのように感じる仕上がりでした。これを聴いてから今までのステレオに戻すと、平坦に聞こえちゃうくらいです。オリジナル・モノ盤の良さを持ちつつも、違和感なくドラマティックにエンターテインさせたリミックスだと思いました。

黒田:ステレオと違い、左右から同じ音の出るモノラルは平坦と思う人がいるかもしれないけど、EQで奥行きや音域にもちゃんと立体感を付けているんですよね。今回のリミックスでは、そこに空間の広がりも加わったわけで、既存の「疑似ステレオ盤」とは全く違うサウンドスケープになっていると感じました。個人的にそれが発揮されているのは「Within You Without You」で。ストリングスの立ち上がりやクレッシェンドのダイナミズム、空間の広がりが感じられるようになったことでこんなダイナミックなアレンジを作ってたんだなとびっくりしました。それに、タブラの複雑なシンコペーションがグルーヴィーで良いんですよね。

片寄:特にアウトテイクは色んな装飾を剥ぎ取った状態だし、4人のバンドだけで演奏していた時はこういう音だったんだと感動しました。絡み方やグルーヴが絶妙なんですね、少ない音数でも不足を感じさせないミックスも好きでしたね。

黒田:Disc2はオーバーダビングやピンポン録音をする前のテイクが入っているから、完成テイクより音がいいのも面白いですね。

片寄:僕、ジェフ・エメリックの本『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実』が好きでね。彼のジョージ・マーティンへの発言で、あぁエンジニアはプロデューサーのことをこういうふうに思ってるんだと知れるのも恐いけど面白いし(笑)。「A Day in the Life」についての記述を読むと、バスドラムはフロントヘッドを外し、タムも裏を外し、そこにマイクを突っ込んで近づけて録音することで、より強いドラム・サウンドをテープに封じ込め、しかもそこに強いリミッターをかけてあの特徴的なビートを作るというね。これ、いまではありふれたやり方なんですがThe Beatlesとエンジニアのジェフ・エメリックが作ったんだと考えると、ホントに感慨深いですね。

黒田:『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』50周年記念エディションのDisc2には、アウトテイクとしてむき出しのデモトラックが入っているのですが、そっちを聴くと「あ、こんなに良い曲だったんだ!」という発見も多くて。「Getting Better」はFifth Avenue Bandのようなソウルフルで荒削りな音のバージョンがあったり、ハプシコードを使っている「Fixing A Hole」や「With a Little Help from My Friends」のように、The Beach Boysの『Pet Sounds』に影響を受けてるんじゃないかなと言う曲もたくさんあったりして。『Rubber Soul』を聴いたブライアン・ウィルソンがそれに対抗して『Pet Sounds』を作って、またそこに対抗して作ったのが『Revolver』ですけど、ポールはまだ『Pet Sounds』の衝撃から抜けれていないことをこの曲たちからは感じることができますね。

片寄:このアルバムの完成直後、ポールが当時『Smile』を作っていたブライアン・ウィルソンの元に行って「『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』がもうすぐ出るから、早く完成させたほうが良いよ」と言いにいったって話があるよね(笑)。

黒田:「Fixing a Hole」のコードとメロディの浮遊感も、これまでのビートルズにはなかったものですよね。ピアノやギターとは違う楽器を作曲に用いたことで、新たな発想を得ることが出来たのかもしれない。

片寄:このアルバムでの、ルート音にこだわらず自由でメロディアス、そして独創的なベースラインにはブライアン・ウィルソンからの影響も強く感じますね。いま自分はFMで70’s,80’sの洋楽専門のラジオ番組(NHK-FM『洋楽グロリアス デイズ』)をやっていて思うんですけど、1965年から1985年の20年間で音楽が遂げた進化には凄まじいものがあるんですよね。その後の20年と比べるとなおさらそれを強く感じます。『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』はいまから50年前の音楽なんですよね。しかしいま聴いても斬新で新鮮。この50年、音楽はどこまで進化できたんだろうかと考えてしまいうほどです。

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(2CD)

ーー技術も今とは比べ物にならないですからね。

片寄:これを4チャンネルのテープマシンを駆使して作ったというのが本当にすごいことで。制限があるからこそのクリエイティブが炸裂したわけですから。4チャンネルでの録音とは、常に最終形を見据え決断に次ぐ決断のレコーディングであったということです。だからこそこれだけの切れ味ある作品になったと僕は考えますね。いまはいくらでもチャンネルが使えるし、いくらでもやり直しができるのに、この輝きに勝る作品が果たしてあるのか。

黒田:取材をしていると、プロ・ツールスの機能にあえて制限を設けたり、使うトラックの数を8トラックまでに限定したりすることで、新たな発想や工夫を生み出そうとしているミュージシャンの話をよく聞きます。そういうところからまた、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』のような新しい発明が生まれてくれればいいですね。

(取材・文=中村拓海)

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(2LP)

■リリース情報
『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band-50周年記念エディション-』
発売中
CDのみ ¥2,600+税
2CD ¥3,600+税
2LP(直輸入盤仕様)¥7,800+税
6枚組スーパー・デラックス(完全生産限定盤)¥18,000+税

■関連リンク
The Beatles公式サイト(日本)

 

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