渡辺淳之介×宗像明将が語り合う、2010年代に音楽で食べていくこと「メジャーを志向しないと上の人には会えない」

渡辺淳之介×宗像明将『アイクリ』対談

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「独立して音楽でみんなが飯を食えるようになるにはどうしたらいいか、という答えを導き出せている」(宗像)

――話を再びビジネス側に戻すと、著書ではBiSのインディーズ時代の作品『Brand-new idol Society』の原盤権と製作費は、すべて松隈ケンタさんが持っていたことが明かされています。WACK立ち上げの際にも彼が出資をしていたことも、この本を読んで初めて知りました。

宗像:これは今まで語られてなかったよね。

渡辺:WACKへの出資は、松隈さんが元々先に会社を作っちゃってたんで。僕には金がないだろうと、まとまったお金を用意してくれていたんです。

宗像:この本はいろんな読み方ができるように意図的にしてあるんです。でも、まず最初に決めたのは「渡辺淳之介と松隈ケンタ」の構図でしたね。BL本として読めるように(笑)。その一方で、人生の指南書や音楽ビジネス書としても読めるように構成してあるのは、実はコンテクストが複雑だったBiSへのオマージュなんです。

渡辺:さすがだなあ。

宗像:『Brand-new idol Society』も、松隈さんが原盤権を持つことによって、アルバムが1枚出来るというのも相当トリッキーなエピソードだよね。あれ、100万ぐらい余裕でかかってるでしょ。『Brand-new idol Society』、あの名盤1枚丸ごと松隈さんの個人的な金で作ってるわけだからね。それを許したつばさレコーズもすごい。

渡辺:そこらへんも含めて、松隈さんは僕らにギブアンドギブしてくれたわけで。だからこそ何かできないかと思って、BiSのリリース文にはすべて「松隈ケンタプロデュース」と書いて送りました。

宗像:あんまり渡辺さんのことを表立って褒めない僕ですが、そこはほんとにすごいなと思う部分です。僕は2011年の春に六本木Morph-Tokyoで、渡辺さんから「BiSと一緒に松隈ケンタをプロデューサーとして売っていきたいんですよ」みたいな話を聞いてるんですよ。それをいまだにちゃんとBiSHでも続けている。渡辺さんはそうやって「ギブアンドギブ」というけど、その概念はなかなか理解されづらいんじゃないかな。

渡辺:日本はハッキリさせたがる人が多いですからね。

宗像:それって、自分がやったことが返ってこなくてもいいって発想なの?

渡辺:うん。返ってこなくてもいいんですよ。自分がその瞬間、その瞬間、生きている実感があればいい。

宗像:著書でも取り上げさせてもらいましたけど、BiSHが『TIF』(『TOKYO IDOL FESTIVAL 2015』)の2日目をキャンセルしたあと、Zepp Tokyoで『TBS(TOKYO BiSH SHiNE。TIFの2日目及び、2日通しのリストバンドを持っている先着1500人が無料で入場できるようにしたイベント)』までの流れもまさにそうで。渡辺さんが「俺、生きてる」っていう実感があったと言うんですよ(笑)。

渡辺:あれ、ヤバかったなぁ。当時は博打だったなぁ。

宗像:あれは2日目に出れなくなったから、そこで打ったシュートって感じなんだよね。

渡辺:そう。誰かのためにやっちゃうとそうなっちゃうから、自分のためにやるという意識が大事なんだと思います。BiSHからハグ・ミィが脱退することを発表した後、朝日新聞に一面広告を出したのも、脱退するハグ・ミィやBiSHのためでもあるけど、自分のなかでそう思わないようにすれば別に全く見返りは必要ないんですよ。「渡辺カッケー!」って言われるために出した、って思えばいいだけで。

宗像:あの広告が結果的に思ったほど費用対効果を生まなくても、そこで恨みを持たずにすむと。

渡辺:そういうことです。

――先ほど宗像さんが話した「シュート」は、本の帯にも「いつでもシュートを打てる体勢をとっているか?」というキャッチコピーで使われています。渡辺さんのようなミュージックマンを目指してシュートを打つ体勢を取るために、若い頃からやっておいたほうがいいことがあれば教えてください。

渡辺:高校生なら学校辞めて業界内に飛び込んじゃうか、もしくは有名大学に入ることかな。早くこの業界で始めたいんだったら、死ぬほど頑張れば入れると思うから。

宗像:学生でもレコード屋の店員はやれるからね。レーベルのバイトとか。

渡辺:何でもできるから。今すぐやりたければ辞めりゃあいいと思うし。新卒で入って堅実に稼いでみたいと思うんだったら、やっぱり早慶ぐらいは行かないと入れないしナメられる業界です(渡辺は早稲田大学卒業)。

宗像:そういえば、この本には自己啓発書的な側面があるらしくて。僕、Twitterで関連キーワード入れて、毎日エゴサーチして「Togetter」にまとめてるんですけど。まず、発売日に名著って言われたのがすごく嬉しかったし、「自分の人生これで変わっちゃいそうだ」とか「自分の生き方を考えなきゃ」とか、自分の人生ちょっと道を踏み外してみようかな……みたいな気持ちになってる人がわりと多いんですよね。

渡辺:それ、マズいっすね(笑)。

宗像:ヤバい本作っちゃったと思ったよ(笑)。BiSHが好きで読もうかなっていう人が次々に啓発されてるんだから。でも、いい本っていうのは、悪い本でもあるべきだと思うんでね。あと、目立つのが30歳過ぎくらいの渡辺さんと同世代の方々が「自分はここまで出来てない」と比較したコメントを残していることも印象的でした。でも、ここまで行く人は特殊だと思うんですけどね(笑)。個人的には、社会に出て行く第3章までを若い人に読んでほしいと思って力を入れていたのですが、第4章以降が社会に出た人たちに衝撃を与えているのが意外で驚きました。

――そういう意味では、若い音楽業界志望の方から渡辺さんと同世代のミュージックマンまで、音楽業界に関心のある人たちに響く本でもありますよね。

宗像:そうなんですよね。さっき話題に挙がったアパレルの部分や、BiSHのメンバーへ金銭的に還元できているというポイントを含め、2010年代にどうやって音楽で飯を食うかということへの一つの回答みたいになってる部分もあるんです。権利関連の話題も出てきますし、なぜBiSの代表曲「nerve」がJASRACに部分信託で、イーライセンスも使っているのかの理由も書いています。2010年代のアイドルシーンを見ていると、個人的にはアイドルもインディーズでやったほうがいいのかなと思ってしまっている部分もあるんです。

――そういう意味では、BiSHがメジャーに行くのは博打の一つでもあると。

渡辺:そうですね。最初は一時的に給料は減るかも知れないけど、メディアへの露出は増えるし、これ以上売れたら高い給料をもらえるから、という話はメンバーにもしています。地下アイドル現場で語られるプロデュース論はあくまで狭い世界のものだし、僕は基本的にメジャーの舞台で飯を食うことをイメージしているので、そこを意識して読んでもらうと参考になると思います。

宗像:渡辺さんはBiSを始めるときからメジャー志向だったからね。だからこそ、結果的に音楽権利の処理の仕方とかも10年代的なものになっていたし、独立して音楽でみんなが飯を食えるようになるにはどうしたらいいかと考えたとき、その答えを導き出すことができている。そういう試行錯誤の過程が本には書いてあります。

渡辺:メジャー志向じゃない人は、読んでもちんぷんかんぷんな気はしますけどね。

宗像:メジャー志向が強いということは、この本に通底している部分ですよね。内向的な少年が、自己承認を親に求めていたのが段々女の子に行って、それが社会に向かって行くという。

渡辺:まぁ、メジャーを志向しないと上の人には会えないですよね。下北沢SHELTERでやってても有名な人は観に来ないけど、Zeppでやったら観に来るとか。

宗像:渡辺さんが面白いなと思ったのは、「CREATOR LIFE is HARD」(表紙を指差しながら)というクリエイターシリーズなのに、「僕、クリエイターじゃない」って言っちゃってるんですよ。僕はあくまでマネージャーだって。でも、BiSにハマっていた研究員には、解散後にミュージシャンとしてちゃんと活動するようになったり、服を作るようになったり、映像を作るようになったりと、クリエイターっぽくなってる人たちもいるんですよ。

渡辺:夢を与えちゃった。

宗像:与えちゃった。

渡辺:イェーイ!

宗像:BiSは研究員たちの学び舎だった。私は結果として本を書かせていただきましたけど。2年遅れのBiSからの卒業論文。2年かかってんのかっていうね(笑)。

渡辺:じゃあ、僕のおかげじゃないですか。やった! 渡辺淳之介大学の卒業論文が本になったということで。

宗像:でも出だしは「愛憎入り混じる」から始まるんだけどね(笑)。

渡辺:いいですよ、それは。

宗像:僕も僕で、巻末の「おわりに」を書く前に、日本橋ヨヲコさんの『極東学園天国』の引用部分を正確にしなきゃいけないから、全部読み直したんですよ。そしたら、エモまっちゃって、文章がかなり熱を帯びたものになりました。嬉しかったのは、渡辺さんがその最後の「おわりに」を読んでるタイミングで「何ですか、この最高の文章。俺、今泣いてますよ」ってリアルタイムでメールをくれたことですね。そんなの初めてだったから。

渡辺:泣いたのは「やっと読み終わる……」と思ったからかもしれませんよ(照笑)。

(取材=中村拓海/構成=渡辺彰浩)

■リリース情報
MOBSPROOF EX CREATOR LIFE is HARD『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』
著者:宗像明将
発売:2016年4月28日
仕様:四六判/192ページ/並製本
定価:¥1500(税別)
発行:出版ワークス 発売:河出書房新社
特設サイト:https://t.co/EM97T7gYG9

渡辺淳之介
1984年生。スキャンダラスな話題と圧倒的な楽曲・パフォーマンスでアイドル界に革命を起こしたBiS。BiS解散後にWACKを設立し、POP、「もう一度BiSをやる」というコンセプトのアイドルグループ・BiSHをプロデュース。常に音楽業界に大きな話題を巻き起こしている。

宗像明将
音楽評論家。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」「Yahoo!ニュース個人」など、多数の媒体で執筆。高い熱量と情報量を持つ文章で知られ、アイドルへの造詣も深い。

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