日本でのブレイクも間近? ストロマエの映像作品から「若き才能」を追う

若き才能、ストロマエの魅力とは

 本国フランスからは“ダフト・パンクより有名”なんて評判も聞こえてくる、ラッパー/シンガー・ソングライターがストロマエだ。横顔と平方根(√)を掲げたジャケットも印象的な2013年作『Racine Carrée』は350 万枚のセールスを記録し、YouTubeのミュージック・ビデオ総再生回数は6億6千万回を突破。映画「ハンガー・ゲーム FINAL: レジスタンス」のサントラでロードやQティップ、2015年のコーチェラ・フェスでカニエ・ウェストとそれぞれ共演を果たすなど、現代のヨーロッパを背負う正真正銘のスーパースターである。海外での熱狂ぶりと比べると日本では出遅れている感も否めないが、この度DVDが発売される『Racine Carrée Live』は入門編にも最適のライヴ映像作品であり、もどかしい温度差を一気に埋める起爆剤になるかもしれない。本作のリリースを記念して、彼のキャリアと魅力を改めて辿ってみよう。

 ベルギー・ブリュッセルの出身で、1985年にルワンダ人の父とベルギー人の母の間に生まれたストロマエの本名はポール・ヴァン・ハバー。15歳からラッパーとしての活動を開始をスタートした彼の転機となったのが、2009年発表のシングル「Alors on danse」の大ヒットだ。世界15か国でナンバー1に輝いたこの曲とアルバム『Cheese』は批評家筋からも絶大なる賞賛を集め、『Racine Carrée』での飛躍に繋がった。ファレル・ウィリアムスをうっすら彷彿とさせる飄々としたルックスと、長身を生かした端正なスタイルはファッション業界からも注目を集め、過去にはフランス版「GQ」の表紙も飾っている。

 ストロマエが成功を収めた理由として、大きく3つの要因が挙げられる。まずはフランスを代表するシャンソン歌手、ジャック・ブレルの再来とも評される作詞作曲とヴォーカル。2つ目は、大学で専攻した映画学部での知識を生かしたユニークなミュージック・ビデオ。そして3つ目が、EDMに比肩するモダンでパワフルなビートと、自身のルーツであるアフリカ音楽のエッセンスを反映させた独自のハウス・サウンド。そんなマルチな才覚を確かめるのにうってつけなのが、YouTubeで3億回もの再生回数を誇る代表曲「Papaoutai」のMVだ。この曲は日本でも大人気のアカペラ・グループ、ペンタトニックスもカヴァーしている。

Stromae - Papaoutai

 “Papaoutai”とは「パパ、どこにいるの?」の意。ストロマエの父は、彼がまだ幼い頃にルワンダへと帰郷し、1994年のルワンダ虐殺で帰らぬ人に。つまり物心がついた頃には、すでにこの世を去っていた。ストロマエは哀しみとエスプリに満ちた歌詞を得意としており、この曲も実話に基づいたストーリーが胸を打つ。「パパはどこにいるの?」と叫ぶように歌うこの曲のビデオでは、黒人の少年とその父親と思しきマネキンが登場し、微動だにしない父親を振り向かせようとあの手でこの手で呼びかける。なんとも切ない光景だが、物語は途方に暮れるばかりでは終わらない。アヴィーチーやクリーン・バンディットらの折衷センスとも共振する、フレンチ・ハウスとコンゴのリンガラを混ぜ合わせた多彩で立体的なビートに乗せて、ビデオの登場人物たちは奇怪でユーモラスなダンスを踊りはじめる。シーアのヒット曲「Chandelier」と同じように、曲に込められた哀しみの感情はダンスと共にアッパーに加速し、パーソナルな内容だったはずの物語が万人に訴えかけるユニヴァーサル・ランゲージへと変換されていく。コスモポリタンな出自と豊かな感性によって奥深いテーマを内包させながら、音楽そのものは軽快かつフレンドリー。シャンソンとラップを往来するストロマエの歌唱も、聴く者を否応なく煽ってみせる。

 彼の音楽が持つ広範なポピュラリティーは、アメリカ進出後もフランス語で歌うことにこだわりながら、NYのマジソン・スクウェア・ガーデン公演でソールド・アウトを記録した事実が証明していると言えよう。『Racine Carrée Live』の舞台はカナダ・モントリオールのベル・センター。2万人収容の屋内競技場をパンパンに埋め尽くした観衆の大歓声からスタートする映像は、MVでも発揮された映像センスと巧妙なライティングも冴え渡り、EDMフェスにも通じる享楽性と、ブロードウェイのミュージカルを思わす洒脱なムードに包まれている。何度も衣装をチェンジし、ステージを飛び交いながら歌い踊るストロマエのパフォーマンスには見とれるばかりで、ライヴ終盤に披露される「Papaoutai」では〈マネキンの父親〉も演じてみせる芸達者ぶりだ。映像越しにとはいえ、これほどまでに奥が深く、底抜けに楽しいエンターテイメント空間を目撃したら、今度はこのステージを間近で観たくなるのは間違いない。

 ストロマエというステージ・ネームは〈マエストロ〉を反転させたものだそうで、固定観念をひっくり返し、音楽というアート形態をアップデートする彼の呼び名にピッタリだと思う。己の道を貫いたスタンスで北米の音楽シーンも制圧し、あとは日本でのブレイクを待つばかり。圧倒的な才能を、ぜひ自分の耳と目で確かめてみてほしい。

(文=小熊俊哉)

■リリース情報
『Racine Carrée Live(ラシーヌ・カレ・ライヴ)』
発売:2015年12月25日
iTunes:https://itunes.apple.com/jp/movie/stromae-racine-carree-live/id1063565980

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