見事なまでに〈100%筋少〉ーー市川哲史が筋肉少女帯『おまけのいちにち(闘いの日々)』を聴く

 私が好きな筋少の楽曲に、「高円寺心中」というのがある。1994年にリリースされたアルバム『UFOと恋人』の単なる収録曲だ。

 94年といえば、〈カラオケ・ドラマ・大幸システム(=ビーイング商法)〉から成るヒットの法則《KDD》で訪れた、CDが売れて売れてしょうがない未曾有のCDバブルをさらに加速させる小室哲哉作品群――〈Jポップ〉という名の新型歌謡曲が日本を制覇した頃。つまりグレイト・アマチュアリズムが売りだったバンドブームが完全に駆逐され、もといその歴史的役割を終え、「大量消費」を至上目的とする機能性重視の音楽ビジネスの時代に突入していた。

 そのバンドブーム当時、メジャーデビューを目指したバンド少年たちがなぜか集中的に生息していた東京都杉並区高円寺界隈が舞台の、やるせない恋物語が“高円寺心中”である。

 メジャーデビューを夢見る男と雑誌のモデルを目指す女は高円寺純情通商店街で出逢い、そのまま同棲して「赤と金色に染めた髪をからませ」ながら二人夢を語り合った。しかしいつしか二人は「恋の旅路に疲れ果て 夢を貫くために あの世で結ばれることを選んで死んだ」と噂されるように。真相は二人とも死にきれず現在では別々の人生を歩んでいるらしいのだが、この物語を知る者は皆ブルハの「リンダリンダ」を知らぬ間に口ずさみながら、「本当にどぶねずみのように自分たちは美しかったのか」自問するのだった。

 そう、この楽曲は〈バンドブームへの鎮魂歌〉に他ならない。

 巷の10代男子は「リンダリンダ」を聴いて先の見えない自分をドブネズミに投影し、明日への漠然とした希望を胸に抱いた。そんな、まさにバンドブームのアンセム・ソングをスマートに持ち出す文系的感性が、大槻ケンヂの本領だ。ただし自虐ギャグや多彩なサブカル・ネタにまぶさないと表現できない、小心者でもある。この曲だってせっかく優秀なバンドブーム批評ソングなのに、詞もメロもわざわざ左とん平の「ヘイ・ユー・ブルース」なんてほとんど誰も知らないナンセンスソングを冒頭から踏襲(失笑)するもんだから、世間様に届かなかったのだ。

 まあ、オチを設定しておかないとシリアスな主張ができないのは、大槻のみならず我々文系ロック者の性(さが)なので、商業的成功は諦めるしかなかろう。わはは。

 しかしだからこそ大槻ワールドは、その説得力を失わずに来られたのかもしれない。

 そもそも彼のような少年は、実は1980年代に思春期を過ごした者たちの中に少なからずいた。自分に自信がなくて、他者とのコミュニケーションに消極的で、〈自分だけの世界〉に生きる子供。でもそれだけに人並み外れた〈妄想力〉を養い、映画や漫画、音楽、文学、エロ本、プロレスといったサブカルチャーの世界にどっぷりと浸かり、オナニーに耽ることもできる毎日。まさに〈オタクの先駆者〉たちだ。

 ただそこで大槻が単なるワン・オブ・オタクに終わらなかったのは、致死量を超える勢いのおびただしいリビドーを全身に溜めていたからではないか。

 そして、〈イタコ〉やら〈丹波哲郎〉やら〈高木ブー〉やら〈赤塚不二夫〉やら〈マタンゴ〉やら〈宇宙人〉やら〈70年代ATG映画〉やら〈詩人〉やら〈自殺願望〉やら、「アングラ・サブカルの素晴らしさを世に問う!」的使命感や、「映画や本しか友だちがいない、陰々滅々とした男の逆襲を知れ!」的攻撃性が、誰にも訪れる思春期特有の被害妄想とリンクしてしまったとこに、大槻の存在価値がある。

 「大人になりきれない」もしくは「大人になれない」から逃げる。その〈筋金入りの逃避願望〉の暴走が圧倒的な説得力を持って、一人で逃げるのは淋しい大槻の目論見通り、思春期の心を痛めていた少女リスナーたちを道連れにした。

 特に「僕の宗教にようこそ」「少女の王国」「新興宗教オレ教」といった1990~92年頃の楽曲は、のちにモラトリアムな連中の「救いの場」として子供じみた新興宗教が台頭・暴走することを、結果的に予知していたのだから偉い。

 ♪ダーーメダーメダメダメ人間、との深遠なサビメロが印象的な「踊るダメ人間」。「ダメ人間として生きる愚かさを、あまねく全ての人に伝えたい」「そしてダメ人間の王国を作ろう、王様は僕だ家来は君だ」とは、モラトリアムの究極の戯言だ。しかし新興宗教の教義として捉えれば、完璧な胡散臭さを誇る。で「それでも生きていかざるを得ない」とシメられた日にゃ、誰でもつい頷いてしまうだろう。

 なので当時私は、大槻を教祖に宗教を起ち上げようかと半分本気で考えたものだ。2万人ほど信者を集められるな、と。だはは。その後まさか新興宗教に洗脳される側に、よりにもよってXのヴォーカリストが回るとは驚天動地のオチだったけども。

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