クリストファー・ノーランの到達点『ダンケルク』を観る前に復習しておきたい、00年代以降の「スペクタクル大作」10選
クリストファー・ノーラン監督の最新作、『ダンケルク』の公開が近づいてきた。第二次世界大戦におけるダンケルクでの攻防と撤退を描いた本作は、海外ではノーラン・ファンが過去最高レベルの大賛辞を送っているだけでなく、これまでノーラン作品に対して、主に好き嫌いを理由に煮え切らない評価を下してきた一部の批評家たちをも問答無用にノックアウトした。
出世作『メメント』(2000年)以降、ノーラン作品で最もコンパクトな106分という上映時間で展開される、史実に沿ったエモーショナルなストーリー。銃声や爆撃機のこれまで他の映画で聞いたことがないリアルな音響&音圧。盟友ハンス・ジマーの手がけたネクスト・レベルと言うべき荘厳な劇伴。フィオン・ホワイトヘッド、ワン・ダイレクションのハリー・スタイルズといったフレッシュなキャストと、トム・ハーディ、キリアン・マーフィーらノーラン常連組、ケネス・ブラナーやマーク・ライランスといった英国の名優たちが織りなす鉄壁のキャスト・アンサンブル。『ダンケルク』が「特別な映画」である理由を列挙していけばきりがないが、まず誰もが圧倒されるのは、映画の本質である「スクリーンに映っているもの」が持つ空前絶後の迫力だろう。
9月にはスターチャンネルで『メメント』から『インターステラー』まで、つまりノーランの2000年以降の歩みを振り返る「クリストファー・ノーランの世界」という特集が組まれている。『ダンケルク』でスペクタクル映画の定義を更新してみせたノーランだが、もちろん、それは一朝一夕に成し遂げられたものではない。その道程を改めて検証するには最適のタイミングだ。
本稿では、そんなノーラン特集のサブテキストとなることも意識しつつ、『ダンケルク』という歴史的到達点にいたるまでの、ノーランと同時代に世に送り出されてきたスペクタクル映画の進化と変遷を振り返ってみた。フィルムかデジタルかの選択、商業映画におけるIMAXカメラの導入、2Dと3Dの主導権争いといったせめぎ合い。きっと、今後スペクタクル映画の歴史は、「『ダンケルク』以前」と「『ダンケルク』以降」の軸で語られていくことになるだろう。(宇野維正)
『グラディエイター』(2000年) 監督:リドリー・スコット 撮影:ジョン・マシソン
「スペクタクル映画」と言われて、映画ファンなら誰もが思い起こすのは『ベン・ハー』(1959年)、『スパルタカス』(1960年)、『アラビアのロレンス』(1962年)、『クレオパトラ』(1963年)といった50年代後半から60年代前半にかけて集中的に作られてきた史劇スペクタクル映画の数々だろう。当時の撮影カメラやフィルムの技術革新と足並みを合わせて生み出されたそれらの作品は、しかし、70mmフィルム撮影によって費やされる膨大なコスト、インフレ的に長くなっていった上映時間などによって、やがて製作サイドからも劇場サイドからも観客サイドからも敬遠されるようになっていく。
既に『1492 コロンブス』(1992年)で史劇映画の世界に足を踏み入れていたリドリー・スコットは、155分(完全版は172分)にわたってローマ帝国の剣闘士の復讐劇を描いたこの『グラディエイター』で、2000年代においても史劇スペクタクル映画というジャンルが興行的にも批評的にも、まだ有効であることを証明してみせた。特に大観衆で膨れ上がったコロッセウム(大闘技場)での決闘シーンは、世界中の観客が忘れかけていたスペクタクル映画の醍醐味そのものだった。撮影監督のジョン・マシソンは、その後も同じリドリー・スコット作品『キングダム・オブ・ヘブン』(2005年)をはじめ、『47RONIN』(2013年)や『キング・アーサー』(2017年)などで、史劇スペクタクル映画のスペシャリスト的な役割を担っている。
『ダークナイト』(2008年) 監督:クリストファー・ノーラン 撮影:ウォーリー・フィスター
1960年代に開発されて、『アラビアのロレンス』などの撮影で使用されたパナビジョン社Super Panavision 70を最後に、それ以上のコストをかけてフィルムの解像度を上げるニーズもなく、進化が止まっていたフィルム撮影技術。その進化を引き継ぐこととなった新しいフォーマット、IMAXのフィルムが世界で初めて一般上映されたのは、実は1970年の大阪万博だった。しかし、膨大なコストと、何よりも撮影に巨大なIMAXカメラを必要としたため、それから長い間、一般の劇映画での撮影で使用されることはなかった。
他でもない、その「IMAXカメラでの撮影」という禁断の領域に商業映画で初挑戦した作品が、ノーランの代表作にして、当時、日本を除くほとんどの国で爆発的なヒットを記録した『ダークナイト』だった(それまでIMAXシアターで上映されてきた商業映画はIMAX方式にアップコンバートされたものに過ぎなかった)。本作が映画史的に極めて重要である理由の一つは、本作が大ヒットしたことがきっかけとなって、映画のスペクタクルとしての魅力を存分に堪能できるIMAXシアターの需要が見直されて、現在に至るまで各国で新たなIMAXシアターが数多く作られていることだ。革新的な作品は、作家の野心や欲望によって生み出すだけでなく、ちゃんとヒットまでさせて初めて歴史的な意味を持つ。ノーランはまさに自身の作品によって、『ダンケルク』への道を切り開いてきたわけだ。
上映時間152分のうち、IMAXカメラで撮影されているのはアクション・シーンを中心とする約28分。つまり全編の約18%。ここから作品にとって必要と判断されたすべてのシーン、全編の約75%がIMAXカメラで撮影された『ダンケルク』まで、10年越しのノーランの闘いが始まった。