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『この世界の片隅に』のんに今年の最優秀主演女優賞を! 演技を支える「こころの遠近法」

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 今年の最優秀主演女優賞は『この世界の片隅に』の「のん」で決まりだ。でも、アニメーションでしょ? という異議ははっきり却下したい。そもそも、実写/アニメというカテゴリー分けが不毛だったのだ。この際、全部やめてしまえばいい。いま、これほど素晴らしい演技が存在しているのに、実写芝居(なんという馬鹿馬鹿しい表現だろう!)/ボイスアクティング、なんて区分けをしている場合ではない。どっちが大変か、とか、そういう議論も必要ない。すごいものはすごい。それだけで充分だ。のんの演技は、今年観た映画の、どの女優より高度な達成を遂げている。日本国内に限る必要もない。2016年、世界でいちばんの演技がここにある。

 アニメーションの語源は「命を吹き込む」だと言われているが、のんがおこなったことはまさにそれだ。戦時下の暮らし、その細部に宿った大切な何かを慎ましく綴る映画の筆致も、のんの演技がなければ、あそこまで胸に迫ることもなかっただろう。のんの芝居は、音楽や音響を超えた効果で、わたしたち観客ひとりひとりの心に語りかけてくる。その精密さ。と、同時にある豊かさ。

 ヒロイン、すずは、広島市から呉市に嫁いだ18歳。彼女が、慣れぬ場所で、よく知らないひとびとと家族になっていく様を、人生のレシピとも言うべき具体的なエピソードを積み重ねながら、描いてゆく。

 みんな、いいひと、と、善人ばかりの世界を捏造するのではなく、ひとはみな、それぞれのスピード、それぞれのリズムで生きているということを、丹念に映し出す世界観。だからこそ、物語を想像することや、絵を描くことが大好きな、すずのマイペースさも、肯定される。

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 「子供でいるのも悪くない。子供でなければ見えないものがある」というようなことを、すずはモノローグする。とはいえ、子供であることに閉じこもっているわけではない。その都度、目の前にあることを肯定し、それに対応する自分自身を肯定しようとする。その、案外すこやかで、伸びやかで、無理のない生き方を、のんは、理屈を超えたアイデンティティの発露として、ぽろりと口にする。気負わず、衒わず、ふっと地べたに陽がさしたかのような自然さ、当たり前さで、言葉は生まれ、あたりをひとり歩きしてゆく。その心地よさ。

 こころの声としてのモノローグと、他者との対話としてのダイアローグとの境目が気持ちよく崩された、のんならではの草書体を思わせる発声。それは夢見がちな女の子のひとり言などという陳腐な次元からはるかな飛翔を遂げ、すずという、きわめて社会的なーー女性の誠実さ、正直さ、つまりは、他の誰でもないオリジナルなイノセンスとして提示される。

 のんの声には、パースペクティヴがある。『この世界の片隅に』というタイトルを、肉体をもって表現するにふさわしい視点、観点がある。だからこそ、物語、あるいは夢など、すずの心象として、確かな息吹きを伴って挿入される事柄が、浮き彫りになる。物語や夢は、過酷な現実から逃避するためではなく、彼女が彼女としてあるために、そこに在る。では、それを、のんはどのような技法で描写しているか。

 そこでは、「こころの遠近法」ともいうべきテクニックが駆使されている。彼方にあるもの。すぐそばにあるもの。たとえば、風景とわたし。目に映るものと、それを感じる自己とが、結ばれ、つながれる様を、のんは主観的にではなく、客観的に描写している。こころが勝手に飛んでいくのではなく、こころを飛ばせている。そうした、すずの自己を地盤としているのだ。

     
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