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Lil Jon

(リル・ジョン)

イィィエェェ〜ィ! オォゥケェェェ〜イャ! スキースキースキースキィーッ! という奇怪な咆哮を世界中に響かせたリル・ジョン。ドレッド・ヘアと金歯という奇怪なルックスでも知られる彼が生み出した、ビュンビュンと電子音が飛び交い、ブォンブォン、ボス〜ン、ボス〜ンとキック・ドラムの重低音が炸裂する、ムチムチしてエロいド派手な音楽、それがクランクだ。まあ、今さらこんなおさらいは不要だろう。なにせそのクランクと、リル・ジョン・サウンドの新機軸でクランクとR&Bを合わせた造語であるクランク&B、つまり04年最も売れたシングル曲であり数々の音楽記録を塗り替えたアッシャー「イエー!」とシアラ「グッディーズ」などが、世界中のクラブのフロアを激しく揺らしたのだから。そう、サイコーに盛り上がれる卑猥な音楽、クランクは既に世界共通ワードなのである。
さて、その手で触るものすべてを黄金に変える錬金術師、と言ったら少々語弊があるが、05年現在リル・ジョンはビッグ・ヒットを生み出す一流のプロデューサーである。では、リル・ジョンのキャリアはいつからどのように始まったのか? そのあたりを少し掘り下げてみよう。
リル・ジョンのキャリアは90年代初頭、ジャネット・ジャクソンのオトコとしても知られるジャーメイン・デュプリに出会ったことから始まる。その頃、地元アトランタのクラブでDJをしていたリル・ジョンは、当時クリス・クロスというボーイズ・ラップ・デュオをヒットさせていたジャーメイン・デュプリが設立したレーベル<SO SO DEF>で働くことになった。役職は音源制作の責任者的存在のA&R。約7年の在籍中にリル・ジョンは、『ソー・ソー・デフ・ベース・オール・スターズ』を始め約5枚のアルバムをヒットさせた。それと平行して、<SO SO DEF>の仕事中に知り合ったというふたりの弟分ジ・イースト・サイド・ボーイズとリル・ジョン&ジ・イースト・サイド・ボーイズを結成し、97年に『ゲット・クランク,フー・ユー・ウィット:ダ・アルバム』という初名義アルバムを発売している。さらに『ウィ・スティール・クランク!!』を00年に、「ビアビア〜!」という名フレーズを生んでヒットした曲「ビア・ビア」を含むアルバム『プット・ヨ・フッド・アップ』を翌01年に、さらに02年以降、ミスティカルとクレイジー・ボーンという南部の大モノをぶつけ合わせた「アイ・ドント・ギヴ・ア(・ファック)」やイン・ヤン・トゥインズを呼んだ「ゲット・ロウ」という激烈ヒット曲を含むクランク・ミュージックの決定盤『キングス・オブ・クランク』などを次々に発売。そして04年、リル・ジョン&ジ・イースト・サイド・ボーイズは新作『クランク・ジュース』をドロップした。もちろんこのアルバムでも格別な味わいの楽曲が目白押し。その印象を簡単に言い表すなら、メルヘンティックで華やかな宝塚のステージをさらにギラギラとゴージャスに装飾した感じ……って、分かってもらえるだろうか?
音楽史上最強にアゲアゲな音楽、クランクを生み出した生粋のパーティ体質、生まれながらのお祭りヤロー、リル・ジョン(ホントはクールでスマートな人らしいが)。彼の猥雑でアブラギッシュなサウンド=クランクが05年現在もなお世界中を席巻している。時代はリル・ジョンなのだ。その動向から目を離すな!

制作協力:
OKMusic

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