磯部涼×中矢俊一郎 対談新連載「グローバルな音楽と、日本的パイセン文化はどう交わるか?」

 クラブと風営法の問題をテーマにした書籍『踊ってはいけない国』シリーズなどで知られる磯部涼氏と、細野晴臣が世界各地で出会った音楽について綴った『HOSONO百景』の編者である中矢俊一郎氏が、音楽シーンの“今”について独自の切り口で語らう新連載「時事オト通信」。第1回目のテーマは“日本のヒップホップ文化”について。アンダーグラウンドシーンにおけるハスラー・ラップのあり方とその変化から、メジャーシーンにクラブ・ミュージックを広く浸透させたEXILE・HIROの戦略まで、日本的な“パイセン文化”という視点を軸に語り合った。(編集部)

日本のヒップホップとヤンキー文化

中矢:2000年代、日本のアンダーグラウンドなヒップホップのシーンではいわゆるハスラー・ラップが流行り、ドラッグ・ディールをはじめとした裏稼業や下層社会の厳しい生活環境をリアルな日常として歌うラッパーたちが目立ちましたよね。SEEDANORIKIYOD.Oなどが該当するかと思いますが、ハスラー・ラップに括られることもあったANARCHYは最近、エイベックスからメジャー・デビュー・アルバム『NEW YANKEE』を出しました。低所得者が多い京都・向島のマンモス団地で育った彼は、これまで過酷な生い立ちをリリックにすることが多かったですが、今回の作品にはひらすらアッパーで派手なサウンドのパーティ・ソングから、ポリティカルなメッセージが込められた曲、切ない気持ちを歌ったラヴソングまである。オーバーグラウンドで挑戦するにあたって、間口を広げたように感じました。

磯部:MS Cru(後のMSC)の『帝都崩壊』(2002年)を皮切りとして、ANARCHYの『ROB THE WORLD』とSEEDAの『花と雨』(共に2006年)が最初のピークとなった日本版ハスラー・ラップの流れは、それまで、「経済的に豊かで治安も良い日本において、ハードコアなラップ・ミュージックにはリアリティがない」と散々言われてきたところに、「いや、問題が不過視化されているだけで、日本もひと皮向けば荒廃しているんだ」というシンプルなメッセージを突き付けたわけだけど、それは、2000年代半ばに表面化したいわゆる格差社会問題ともリンクしていたように思う。ただし、ハスラー・ラップはその名の通りドラッグ・ディールのような日本ではタブーとされているトピックも扱っていたため、世間一般にまで広がることはなかった。2009年2月、D.Oが麻薬取締法違反容疑で逮捕され、1週間後に出るはずだったメジャー・デビュー・アルバム『JUST BALLIN' NOW』が発売中止になってしまった事件が象徴するようにね。同アルバムは、ザ・ブルーハーツをサンプリングした「イラナイモノガオオスギル」や、学校に馴染めなかった少年時代を歌った「LIL’ RAMPAGE」、中川家・剛に貧乏から成り上がった経緯をラップさせた「Play Da Game」みたいな楽曲を収録していて、想定リスナーをいわゆるアウトローだけではなく、ちょっと不良っぽいぐらいの少年少女にまで広げた良い意味でポップな作品だったから残念だったな。そして、ANARCHYの『NEW YANKEE』もまた、『JUST BALLIN' NOW』を踏まえたような野心的な作品だと感じた。マーケティング・アナリストの原田曜平が提唱した“マイルド・ヤンキー”というラベリングは上から目線が反感を呼んでいたけど、ANARCHYはリスナーを“ニュー・ヤンキー”と呼んで仲間目線で肯定している。

中矢:先日、ANARCHY本人にインタビューをしたのですが、これまでとは違うリスナーを獲得しようという意識はあるみたいですね。たとえばヒップホップを聴き始めた不良っぽい中高生が、仲間や女の子との馬鹿騒ぎを歌った「Energy Drink」「Shake Dat Ass」といった曲を聴いて「調子イイじゃん!」と思い、今回のアルバムからファンになることもあるのかなと。あと、その名も「Love Song」という曲は、女子高生にも届くように書いたと言っていました。どこまで戦略的なのかはわからないけれど、実際、情景描写が極端に少ない、シンプルな恋愛感情で構成されたリリックで、それは現在のJ-POPの歌詞にも通じるように思いましたね。

磯部:ただ、ANARCHYのもともとのファンって、彼の育った過酷な環境を背景としたヒリヒリするようなリリシズムに引かれていたひとが多いはずで、だからこそ、『NEW YANKEE』の初回特典を自叙伝『痛みの作文』の文庫版にしたり、向島団地のシーンが多いドキュメンタリー『DANCHI NO YUME』が同時公開されたんでしょう。そういうひとたちがアルバムの前半に置かれたパーティ・ソングに引いちゃわないかなとは思った。もちろん、オープニングの「The Theme」なんかには「現実が酷いからこそ、パーティを楽しもう」みたいなメッセージが込められているわけだけど、アルバムを通していちばん印象に残る“ヒリヒリするようなリリシズム”が「Moon Child」でフィーチャリングされているKOHHのヴァースっていうのも……。最近、KOHHは得意のチャラくてバカっぽいラップを封印したシリアスなアルバム『MONOCHROME』をリリースしたけど、お株を奪われている感じはしたな。

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