建仁寺×デジタルアート×ニューロミュージックが生み出す「特別な体験」 人間の想像力を引き出す“禅寺と音楽神経科学”の可能性

“禅寺×音楽神経科学”に感じる可能性

 8月2日から京都・建仁寺にて夜間拝観『ZEN NIGHT WALK KYOTO』が開催される。8月1日にはメディア向けに先行内覧会とトークショーが行われた。

 京都は年間5,000万人超えの国内外観光客が訪れる国内の人気スポットで、インバウンド需要は年々加速するばかり。その中でも、半数以上の観光客が訪れ、随一の繁華街である四条祇園エリアにある建仁寺は「京都最古の禅寺、歴史と文化の宝庫」として知られている。

建仁寺

 今回は、建仁寺の夜間特別拝観として、脳が“ととのう”ニューロミュージックを聴きながらの回廊のほか、日本有数の枯山水「大雄苑」に夏の涼を感じる巨大な雲海が出現するインスタレーション、建仁寺の象徴でもある小泉淳作画伯の「双龍図」に現代美術家の脇田玲氏のデジタルアート「龍雨図」の共演など、昼間の建仁寺とは違う、幻想的でマインドフルな体験を提供する。

 この日はメディア向けに特別なトークショーも開催。登壇したのは、建仁寺で内務部長を務める浅野俊道氏、慶應義塾大学教授 兼 アーティストの脇田玲氏、慶應義塾大学教授 兼 VIE株式会社 チーフミュージックオフィサーの藤井進也氏、VIE株式会社 代表取締役社長 今村泰彦氏、DJ・アーティスト・Licaxxxの5名だ。

左から、建仁寺 内務部長・浅野俊道氏、慶應義塾大学教授 兼 アーティスト・脇田玲氏、慶應義塾大学教授 兼 VIE株式会社 チーフミュージックオフィサー・藤井進也氏、VIE株式会社 代表取締役社長・今村泰彦氏、DJ・アーティスト・Licaxxx。
左から、建仁寺 内務部長・浅野俊道氏、慶應義塾大学教授 兼 アーティスト・脇田玲氏、慶應義塾大学教授 兼 VIE株式会社 チーフミュージックオフィサー・藤井進也氏、VIE株式会社 代表取締役社長・今村泰彦氏、DJ・アーティスト・Licaxxx。

 本稿では、トークショーで彼らが語った言葉と、実際に筆者が訪れた『ZEN NIGHT WALK KYOTO』の様子をもとに、禅寺×デジタルアート×音楽が起こした特別な体験や、禅や仏教と「ニューロミュージック」の共通点、現代社会における“ととのうこと”の重要性などについて考えていきたいと思う。

 まず、今村と藤井が所属しているVIEは、次世代型ウェアラブル脳波計の開発とニューロテクノロジーの社会実装を行う企業。今村氏は前職のシリコンバレーで働いていた際、メンタルヘルス不調になってしまったが、鎌倉にある建長寺で坐禅を教えてもらったことで一つの閃きを得て、脳科学とテクノロジーを組み合わせた「ニューロサイエンス」の会社を立ち上げることを決め、同社を設立。そこに20代の頃にミュージシャンだったこともあって音楽を組み合わせたことで、脳波を測定するイヤホンや、脳波に合わせて変わる音楽「ニューロミュージック」などを手がけるようになったという。

 そんなVIEがなぜ、伝統のある建仁寺でデジタルアートを手がけ、ライトやスピーカー、プロジェクションなど大掛かりな設備をもって表現するに至ったのか。浅野氏は「もともと小泉淳作さんの生誕100周年、没後13回忌というタイミングで、建仁寺の龍を描いていただいた御恩もあるので、小泉さんのことをもっとみなさんに知っていただきたいと思っていた」と明かし「仏教というものをこの世に広める、考え方や宗旨を知っていただく、信仰していただくのが我々の役目。寺の中に絵画や庭があるのは、その仏教の教えを端的に示し、思想がここにあるという表れでもある。難しいお話だけでは理解しにくいこともあるが、絵や庭という形で具現化してお伝えすると『そういうことですか、理解が深まりました』と言っていただける。デジタルアートや音楽はその説明を補ってもらえるのではないかと思った」と語った。

 さらに浅野氏は「脳に働きかけるという手法において、仏教の中でも禅というのは特殊で、言葉には説明できない、経験・体感をして体に覚えさせられるというところがある。坐禅もそうで、坐禅の境地は自然と一緒になって無になること。ニューロミュージックと一緒に庭をみていただくことで、同じような現象を体感し、ととのっていただけたら嬉しい」と、禅の心とニューロミュージックの共通点についても述べていた。

 この「ニューロミュージック」は実際にどのような作用があるのかというと、VIEは脳が“ととのう”とはどういう状態なのかを計測&数値化したことで、ととのっている人の脳には“シータ波”が増えていることを発見。その周波数を入れた音楽を作ると、その状態にシンクロして整いやすくなることが判明した。期間中、建仁寺で流れている音楽には、すべてその周波数が入っているという。

 そんな「ニューロミュージック」の生みの親として紹介された藤井氏は、京都に10年間住んでおり、学生の傍らジャズドラマーとしても活動、そこでドラムの研究、リズムの研究をしようと思い立ち、京都大学で博士号をとったという。ここで「この世の中になぜリズムが存在するのか、此の世の中になぜ音が存在するのか、人によって音の聞こえ方が違うのはなぜか」と考えるようになり、脳神経科学という学問に惹かれたことで、東京大学やハーバード大学で脳の研究をし、トロント大学で音楽の研究をし、もともと海外ではすでにあった「ニューロミュージック」というジャンルを「音楽神経科学」と独自に解釈し、国内で広めるに至ったという特殊な経歴を持つ。

 藤井とともに今回のイベントの楽曲を手掛けているのが、DJ・アーティストとして活躍するLicaxxx。彼女は慶應義塾大学に在学中、“音楽の聴き方の理解を深める作品”を作っていたそうで、所属していた「ノイズ研究会」では寺院でライブをしたこともあったという。そんな彼女は「◯△□乃庭」の楽曲を担当。制作の背景について「10分くらいの尺の曲にしました。リラックスする・ととのうということを考えた時に、シータ波を強調するためにLFO(Low Frequency Oscillator)をかけたり、ニューロミュージックを作るためのプラグインを通したアンビエントの楽曲を作ろうと思った。そのうえで、同じように聞こえがちなアンビエントのなかでもいいと思える曲を作りたいと考えた」と明かしてくれた。実際の楽曲は滲んだシンセサイザーの音から緩やかに始まり、短いフレーズがループするように聴かせつつ、途中から弱いリズムがしっかりと聴こえるようになっていく、という変化もついたものに。LEDライトによる丸、三角、四角が描かれた庭のビジュアルも、禅の「この世のすべてのものは『まる』『さんかく』『しかく』で表現することができる」という教えを端的にあらわしている。

◯△□乃庭
◯△□乃庭

 今回の展示で大トリを飾るのは、法堂にある小泉氏の「双龍図」に脇田氏がデジタルアートをレイヤードした「龍雨図」だ。「双龍図」は法堂の天井に描かれており、とある方法で見上げることにより二匹の龍が生きているように見える仕掛けもある。水を司ると言われている龍が、法堂の天井に描かれることにより、説法を説いたときに“仏法の雨を降らし功徳を与える”といった意味で天井に描かれることも多いという。脇田氏が今回手がけた「龍雨図」では、そんな目に見えない“仏法の雨”を、本人曰く「えげつないCG」で描いている。この作品は線や点の流れが龍に見えたり雨に見えたり天気図のように見えたりと、さまざまな捉え方をすることができるのだが、脇田氏は「私は流れを書いているだけ、それが低気圧にみえるか竜に見えるかはその人次第」とコメントしていた。本尊の釈迦如来坐像とその両脇にそびえる阿難尊者像・迦葉尊者像も、この「龍雨図」があることで、より尊く見えるのも面白い。

龍雨図
龍雨図

 同図の音楽については、最初は落ち着いたムードの曲調から、徐々に太鼓や鉦などお囃子のリズムが加わり高揚していき、最後には雷や雨の音を含みながら性急なものへと変化していく。このリズムの変化やさまざまな捉え方ができる「龍雨図」については、トークショーでクリエイターたちが挙げていた「ガンマ波」というキーワードをもとに取り上げるとしよう。

 藤井氏は「人間の心のありようはリズム」とし「ゆったりしはじめると遅いリズムが生まれる。ドームなどの大きな会場で観客が一斉に歓声を上げると、多くの人たちの中でリズムが一致する。そしてその心のリズムの状態が早い状態は、いろんなことを思いつくことが多い」と語っていた。他方で今村氏は「それは『CPUがすごく早く回っている状態』に近い。そんな状態がガンマ波で生まれることもあって、いま認知症の治療に使われるなどして注目されている。なぜかというと、ガンマ波が出ている状態は『高度認知能力=形がないものを想像したり紐づけたりする力』が高い。認知症になると全然出なくなると言われているものなのですが、MITの研究でその状態にガンマ波の刺激を入れると、治療につながるかもしれないという結果が出た」と続けて解説した。

 先述したように「龍雨図」の音楽は徐々に性急になっていくのだが、その過程にガンマ波を入れているという。そして我々観客は、最初は天気図に見えていたものが、徐々に龍に見え、雨に見え、別の何かに見える……そうして“高度認知能力”を知らぬ間に引き出されているのだ。そう考えると、アートとニューロミュージックの相性もまた、人の感受性を最大限に引き出す取り組みとして良いのではないかと感じた。

本坊中庭「潮音庭」
本坊中庭「潮音庭」

 このほかにも、360度を廊下に囲まれて“表がない庭”である本坊中庭「潮音庭」には、この庭をぐるりと包囲するようにd&b Soundscapeというドイツ製の高級スピーカーが配置されて立体的な音響を楽しむことができたり、霧の雲海とライティングが目を引く方丈前庭「大雄苑 蒼海」があったり、小泉氏の作品である「しだれ桜」や「蓮池」「濤声」などが展示されていたりと、足を運んでゆっくりと見て回ってほしい場所が盛りだくさんだ。

方丈前庭「大雄苑 蒼海」
方丈前庭「大雄苑 蒼海」

 最後に、トークショーで今村氏と浅野氏が語った脳と禅の教えについての面白いやり取りを紹介したい。

 今村氏は「『音楽をどう受け取るのかは聴くあなた次第』という言葉があるが、虫の鳴き声や川の音に“音楽”を感じるか、それをノイズと捉えるかどうかはあなた次第。それを音楽として聴けば音楽になるし、ノイズだと思ったらそうなる」と、音楽と感性について語ると、浅野氏は「建仁寺の開山である栄西禅師が残した言葉に『大哉心乎』というものがある。これは『心の大きさは目に見えないが宇宙くらい大きい』という意味で、心の大きさは我々自身が決めているし、この世界は自分の心に依存しているということ」と、捉え方次第で世界は変わることを話してくれた。

 今の居場所やくらしを窮屈に思っている人たちは、世界が自分の思ったよりも狭く見えているのかもしれないし、それはいまのあなたが疲れていたり、心の状態がよくないだけかもしれない。それが脳波によって少しでも良い方向にコントロールできるのであれば、心が疲れがちな現代人にとって、一つのセルフケアになるのではないか。脳波×デジタルアートの実験的な展示を通し、“高度認知能力”を引き上げられた夜、そのような可能性に思いを馳せた。

■イベント概要
建仁寺夜間拝観『ZEN NIGHT WALK KYOTO』
開催期間:2024年8月2日 – 2024年 9月22日
※一部日程については、販売を実施しておりません。
開場時間:19:00-21:30(受付締切21:00)
チケット価格:大人 2,200円(税込)、小人(12才以下)1,100円(税込)
チケット販売先:https://zen.vie.style/
場所:大本山建仁寺 (地図)
主催:VIE、日本経済新聞社
特別協力:大本山建仁寺
後援:京都市観光協会
協力:東海旅客鉄道 、d&b audiotechnik、いけうち、カンバス、一般社団法人MUTEK、ETERNAL Art Space

『生誕100年記念 小泉淳作展』
場所:建仁寺
会期:~9月23日(月)まで
開場時間:10:00〜17:00
HP:https://art.nikkei.com/koizumi/

■JR東海「そうだ 京都、行こう。」プラン概要
実施期間:8月2日(金) – 9月22日(日・祝)19:00-21:30(受付締切21:00)
※一部日程については、販売を実施しておりません。
実施場所:建仁寺
プラン内容・旅行代金:EX 特別席&観覧券プラン 2,700 円 ※EX 旅先予約での価格/通常観覧券プラン 2,200 円 ※EX 旅先予約での価格

<特設サイトURL>
「京都がくれる癒し」編 特設 HP:https://souda-kyoto.jp/other/summer2024/
「ZEN NIGHT WALK KYOTO」商品ページ:https://ec.travel.jr-central.co.jp/tp/optionalFacilities/Z000233/plans
「そうだ 京都、行こう。30周年」特設 HP:https://souda-kyoto.jp/other/30th/

■アプリ概要
『VIE Tunes』
対応OS:iOS / Android
製品URL:https://vie.style/pages/vie-tunes
参考(ニューロミュージックとは):https://vie.style/blogs/magazine/infographic

■関連リンク
VIE製品情報:https://vie.style/
VIE会社情報:https://www.viestyle.co.jp/

©︎VIE / ZEN NIGHT WALK KYOTO 2024

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる