VR/触覚研究者・亀岡嵩幸に聞く、“バーチャルと身体の現在地“ 「とても良いデバイスでなくともいい、将来の土壌を作ることが重要」
医療や介護の分野でも活用され始めている「失禁体験装置」
――あとはここまで触れていなかったトピックで言うと、「失禁体験装置」はすごくキャッチーであり面白い研究です。装置もアップデートを重ねているかと思いますが、最初の段階から現在にいたるまで、大幅に体験の内容やシステム、研究内容が向上したターニングポイントやその理由について聞かせてください。
亀岡:最初はかなり簡易的なもので、本当にコンセプトだけを体験してもらうものでした。100円ショップなどで売っているネッククッションを改造して体がぶるっとする感覚を再現したり、お湯の温かさを体験するために湯たんぽを股の間に挟んで、上からお湯を流したりと、かなり力技で体験してもらっていました。あとは腹部に圧迫をかけるために、手動で風船を膨らませて圧力センサーを間に仕込んでいました。
次の段階では服の上から着るようなジャケットも製作しました。背中に振動子が含まれていますので、そこで背筋がぶるっとする感覚を作ったんです。この段階まではまだ学園祭に出すために作っていたんですが、いろんな人からフィードバックを得ながら開発を続けていくうちに「なんとなく良さそう」と感じて、2015年には日本バーチャルリアリティ学会がやっているコンテスト「IVRC(Interverse Virtual Reality Challenge)」に出しました。ここでは体験を全て電動化したのと、コンテスト用にアプリケーションを開発したことは大きなターニングポイントでしたね。このときは装置の名前も「ユリアラビリンス」という名前で「飲んだ水が体内をどのように巡って尿に変換され、そして排出されるか」ということを体感的に学ぶ教育的コンテンツとして開発をしていました。
そこから次の段階で、2016年に「Innovative Technologies」という経産省がやっているコンテストに出して特別賞をいただいたんですが、このときには目隠しをすることでより失禁体験に集中してもらうといったことを試みました。
「VRクリエイティブアワード2017(現:XRクリエイティブアワード)」に出したときには、立って失禁体験ができるようにしました。これはかなり大きなリュックサックのようなものを背中側に設置して、そこにあるタンクからお湯を排出するという仕組みになっています。翌年2018年には、XRコンテンツを開発している会社の桜花一門さんと一緒にVR体験+失禁体験のコンテンツを開発しました。ここでは基本的な技術は変わっていないのですが、バックパックがかなり小型化されています。さらにHMDを装着して狂人が自分を襲ってきて殺される瞬間に失禁してしまう体験をしてもらうというものになっています。
さらに同年に、股間部分に振動子をつけることで排尿しているときに尿道の中を尿が流れていく微妙な振動を再現したり、緊張感を出すために心臓の鼓動を聞かせてみたりといったことにも挑戦しました。
その後総務省がやっているイノベーションのプロジェクトに採択されてブラッシュアップをしたんですが、ここでは装置をかなり簡略化しました。前回のバージョンでは装着型だったんですが、ここからはあえて設置型のデバイスに変えたんです。これまでは基本的に私達開発者が現場に行って体験してもらうという形だったんですが、このころから装置を借りたいというご依頼をたくさんいただくようになりまして。電話越しに装着の仕方をレクチャーするのは大変だろうと思い、装置の本体部分には全く触れずに体験ができるような構成にしました。この後いろんな方に体験していただいて、失禁というものがどれぐらい人に感覚ダメージを与えるのか、失禁状態で放置されるとどれくらい悲しいかといったところを体感するためのワークショップなど、医療や介護の現場で使っていただく機会もありました。そういう機会が増えたこともあり、無くなった機能もありますが、機能を限定することで開発者がいなくても扱えるデバイスとしてスーツケース1つで送れるようになっています。
最近では、2022年にもデバイスの展示会を行いました。この段階では冷たい水を使うことで尿が冷えていくような感覚を再現し、より気持ち悪さを出せないかとチャレンジしています。大きな変遷としては以上ですね。ここまでお話していたように、毎回なにかしらのアップデートをしてきたんですよ。
バーチャル体験の変化は「暮らしの面から変わっていくのではないか」
――いまのお話にも含まれていたとは思いますが、バーチャル周りや遠隔、HMDのことも含め、触覚をよりリアルに味わえるようになることで、今後のバーチャル体験はどのように変化していくとお考えですか?
亀岡:デバイスに関していうと、研究領域としては物理的に感覚器を介する方向と、直接脳を刺激する方向などさまざまあり、とくに脳の方は実現すればブレイクスルーとしては大きなものになるでしょう。ただ、ハードルの高さがやはりネックになってきますし、そういった侵襲型のデバイスが普及するのはかなり難しいことだろうという風に考えています。なので、まずは筋電気刺激などの普及しやすいデバイスから進化していくのではないかと思います。
VR環境という点で言うと、正直まだしばらくは直接的に変わることはないんじゃないかと思っています。先ほどもお伝えしたような、小さいお子さんが触覚的にハグされた感覚を感じて安心するとか遠隔の仕事ができるとか、そういった暮らしの面から変わっていくのではないかと思っています。そこで効果が実証されたりデバイスが普及して安価になっていくことでエンターテイメントの分野に流れていくんじゃないかなと。
エンターテインメントに主眼を置いた体験としては、テーマパークや4DXに対応している映画館などではモーションプラットフォームが既に実用化されているので、そこが普段使いのVRにどう関わっていくのかは期待しているところです。
――そういった変化のうえで、キーになってくるポイントはなんだと思いますか?
亀岡:デバイスの普及と対応アプリケーションの普及がキーになってくるのかなと思っています。いまは触覚で何ができるかということが曖昧なので、そこがマッチする体験としてVR世界の中でのコミュニケーションなどがキラーコンテンツになるのかなと思っています。「こういった面で触覚がないといけない」「こういった面で触覚があったらいい体験になった」ということが発覚していくこと。それによって触覚デバイスが普及していくのではないかと考えているんです。
それはとても良い触覚デバイスじゃなくてもいい可能性はあって、たとえば今普及しているHMDの中に内蔵された振動子とかでも十分かもしれないんです。その振動子をうまいことコンテンツと組み合わせることで十分な触覚体験ができることが知見として溜まっていけば、VRとの親和性は十分考えられるのではないかと思っています。なので今は、近い将来にすごくいい触覚デバイスやすごく良いアプリケーションが出たときにすんなり入っていけるような(人々が触覚技術を受け入れる)土壌を作っていくことが重要だと考えています。
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