「字幕」の進化、手話の導入、コントローラーの課題解消……変化するビデオゲームとアクセシビリティの現在
近年、ビデオゲームの分野において、「アクセシビリティ」機能の重要性についての認知が業界全体で急速に拡大し、飛躍的な進化を続けている。「アクセシビリティ」とは身体的、あるいは精神的に障碍を抱えている人々を含め、あらゆるプレイヤーが作品を楽しむことができるようなアクセスのしやすさを意味しており、身近な具体例としては、聴覚における不自由さを緩和することができる、字幕の存在などが挙げられるだろう。
本稿では、近年のビデオゲームを巡るアクセシビリティの状況や、2021年にリリースされた作品での取り組みについてまとめながら、ビデオゲーム業界がどのようにこの分野に取り組んでいるのかを紹介していきたいと思う。ここで紹介する様々な事例は、ビデオゲームに限らず、映画・ドラマなどのほかのエンターテイメント、あるいは現実での生活を考える上でも、きっと参考になるはずだ。
転換点となった『The Last of Us Part II』と「Xbox Adaptive Controller」の登場
2020年、ある一本のゲームソフトが、ビデオゲームのアクセシビリティ分野に大きな変革をもたらした。ノーティ・ドッグ社が手掛けた『The Last of Us Part II』(以下、『TLOU2』)(PlayStation)である。同作はこれまでの歴史において類を見ないほどの、膨大かつ細かな調整が可能なアクセシビリティ・オプションを搭載しており、その充実ぶりから当事者を中心に絶大な反響を巻き起こし、その評判はゲーム業界、あるいはテック業界全体をも巻き込むほどの勢いとなっていった。
いくつか具体的な例を紹介していきたい。たとえば、字幕ひとつを取ってみても、ただ映画のように台詞を画面内に表示するだけではなく、地面が揺れる音といった台詞以外の効果音の表記や、文字サイズ・背景の調整、話者表記の追加といった機能を搭載しているのに加え、その会話がどの方向から聞こえているのかを示す矢印を追加することも可能となっている。古くから存在してきた「字幕」を進化させ、言葉だけではなく、その空間全体を理解できるようにしているというわけだ。
また、画面内に映し出される光景を認知する上でも、アクセシビリティ機能は重要な役割を担っている。本作には、どのオブジェクトが敵で、どれが味方で、どれがアイテムなのかを容易に判別できるようにするためのコントラスト・オプション機能が用意されており、視覚面に不自由のあるユーザは、この機能を活用することで、オブジェクトが景色に溶け込んでいるといった視認することが厳しい状況においても、その負担を軽減することができる。
また、本作は、そもそも視覚面の情報が得られない場合でもゲームを進められることを念頭に制作されており、メニュー画面における音声読み上げは当然として、ゲームプレイ中にインタラクトが可能なオブジェクトや、ほかの人物に近づいた時にはそれぞれ個別の専用の効果音が鳴るようになっており、音色と音の方向・音量によって周囲の状況を確認することができる。仮に道に迷ったとしても、ボタン一つで進むべき道の方向を向くことができる機能が備わっており、曲がり角では音を鳴らすように設定することも可能だ。実際に、本作については、国内外の全盲のプレイヤーによるクリア報告がSNSなどに多く寄せられている。
状況把握や判断力、瞬発力などが求められる戦闘場面においても、スローモーションの導入や、自動で照準を合わせるオートエイム、さらには敵の反応速度や行動パターンの制限や、敵に一切気付かれなくなるモーションを追加するといった多種多様な補助機能が用意されており、反応に時間がかかってしまったり、短い時間での操作が困難であるといったどのようなプレイヤーであっても戦闘を楽しむことができるよう、ゲーム・システム全体を調整することができる。
『TLOU2』は、ビデオゲームにおけるアクセシビリティの情報を提供するWebメディア「Can I Play That?」において、聴覚障碍者レビュー(*1) : 10点満点、視覚障碍者レビュー(*2) : 9.5点を記録すると共に「史上最もアクセシビリティが優れたゲーム」と絶賛されている。勿論、これまでにもアクセシビリティに重きを置いた作品は数多く存在するが、本作ほどに作り込まれた作品は極めて珍しく、当事者だけではなく、多くのプレイヤーやメディアの関心をも集めることになったのである。既にビデオゲーム業界においては、本作がアクセシビリティにおける一つの基準となっているといっても過言ではない。
また、アクセシビリティに熱心に取り組んでいる企業としては、2016年のE3のステージにおいて、”Gaming For Everyone”(すべての人々にゲームを)と語ったマイクロソフト社の存在が挙げられる。その象徴とも言えるのがモビリティ面に困難を抱えている人向けに作られたコントローラー、「Xbox Adaptive Controller」だ。
現在、一般的に出回っているコントローラーは、あくまで健常者向けに作られたものであり、すべてのプレイヤーが不自由なく使うことができるわけではない(これは『TLOU2』においても同様であり、モビリティの観点から見ると、同作は特に優れているわけではない)。そのため、モビリティ面において困難を抱えているプレイヤーの場合は、コントローラー自体を独自に改造することによって対応することになるのだが、実際の現場では配線面における問題や、汎用性に欠ける点、ボタン数自体が多すぎて身体に合わせて調整できない点などが課題となっていた。「Xbox Adaptive Controller」はそういった課題を解消することを目的に開発されたもので、このコントローラー自体がハブとなり、ボタンやスティックを、プレイヤーに合わせて自由に外部デバイスに置き換えることができるようになるというデバイスだ。ボタンのマッピングについてもアプリを通して自由に調整することが可能である。
2018年に米国とヨーロッパを中心に販売が開始された本製品だが、2020年に日本国内での販売が開始され、いまではこのデバイスを使うことで、様々なプレイヤーがこれまで以上に快適にゲームを楽しむことができるようになっている。この取り組みもまた、いまでは現在のゲーム業界におけるアクセシビリティの一つの基準として広く知られている。
また、このような動きに応じて業界全体でアクセシビリティに重きを置くべきであるという考えが定着したこと、それ自体が大きな動きの一つであると言えるかもしれない。それを象徴するように、2020年のThe Game Awardsでは、アクセシビリティを評価するための新たな部門として「Innovation in Accessibility」が新設されている(『TLOU2』が受賞した)。いまや、アクセシビリティ機能はゲームの評価自体における一つの指標となったのだ。
手話の導入、徹底的にこだわり抜いた字幕表現、ゲームスピード自体の調整……
多様化が進む2021年のアクセシビリティ
さて、「2021年、最も優れたアクセシビリティを持つゲームとは何か?」を考えた場合、その筆頭に挙がるのは間違いなくPlayground Games社による『Forza Horizon 5』(以下、『FH5』)(PC/Xbox)だろう。人気オープンワールド・レースゲームシリーズの最新作である同作は、ゲーム自体が多くのメディアの年間ベストを獲得するほどの高評価を獲得しているが、アクセシビリティの面においても非常に高く評価されており、同年のThe Game AwardsのInnovation in Accessibility部門を受賞し、前述の『Can I Play That?』においてもゲーム・オブ・ザ・イヤーを受賞している。
本作においても、『TLOU2』と同様に充実した字幕機能や各種メニューの音声読み上げ機能、そして本作の要となる運転操作における多彩なアシスト機能などが設けられているのだが、本作において特筆したいのはゲームスピードの調整機能の存在である。この機能をオンにするとゲーム内の時間経過そのものを遅くすることが可能となり、スーパーカー同士が繰り広げる時速350km/hオーバーの激しいレースでも、画面自体はゆっくりと動くため、過度な瞬発力を求められることなく、余裕を持って対処することができるようになる。まさに、ビデオゲームだからこそ実現できる楽しみ方であると言えるだろう。
また、同作において重要なのは、ローンチ後のアップデートによって手話(ASL(アメリカ手話)とBSL(イギリス手話))を導入すると発表した点である。この機能の導入によって、これまでの字幕だけでは伝わらない、話し手側の感情やニュアンスをより分かりやすく伝えることが可能になるというわけだ。残念ながら本稿執筆時点では同機能はまだ実装されていないが、この対応によって、今後はほかのゲームにおいても手話を取り入れる例が出てくるかもしれない。本作においても、視覚あるいは聴覚に障害があるプレイヤーでも楽しむことができたという報告は多く、『TLOU2』を経て、アクセシビリティ面での進化がさらに続いていることが分かる。
そして、『FH5』以外にも、2021年には優れたアクセシビリティを持つ作品が数多く登場している。インソムニアック社が手掛ける『ラチェット&クランク : パラレル・トラブル』(PlayStation)は『FH5』と同様にゲームスピード自体を調節する機能に加え、視認性を向上するためのコントラスト・オプションが非常に充実しており、どのオブジェクトをどのように表示するかをカスタマイズすることも可能となっている。PlayStation5の看板タイトルを背負うにあたって、現代のアクセシビリティの標準として求められる機能をしっかりと揃えた作品となっているのである。
アイドス・モントリオール社による、マーベル・コミックの人気作品を原作とした『Marvel’s Guardians of the Galaxy』(PC/PlayStation/Xbox)では字幕表現が特に優れており、キャラクターの台詞以外の、たとえばため息一つに込められた感情やカットシーン中の物音、NPCの雑談など、ほとんどすべてを適切かつ自然に画面内のテキストを通して表現しており、これはもはや実際の映画の字幕機能を遥かに超えていると言っても過言ではない。字幕のカスタマイズ性についても、サイズや背景どころか、文字間のスペースや表示頻度に至るまで調整が可能だ。実際の音声を聞かなくとも物語に没入することができるように、最大限の工夫が成されているのである。
また、ライブ・サービス型のタイトルは、アップデートによってアクセシビリティ機能を追加するというケースも多い。『Destiny 2』で知られるバンジー社は、2021年9月に「ACCESSIBILITY AT BUNGIE」というインクルージョンクラブを社内に設立することを発表し、会社の方針としてアクセシビリティに取り組んでいくことを示しているのだが、(*3)。発表文の中では「『Destiny 2』において、手の負担を軽減するために、オートマチックではない速射武器(発射ごとにボタンを押す必要がある)をフルオート(ボタンを押しっぱなしにすれば良い)で発射できるように切り替えられる機能を実装予定である」という今後のアップデート方針が言及されていた。同機能については本稿執筆時点で未実装ではあるものの、「都度トリガーを押すのが当たり前」というシューターの常識を疑った同社の試みは興味深い事例の一つと言えるだろう。このように、それまでの当たり前を見直すことから、新たなアプローチが生まれていくのである。