何故、“天変地異”は起きたのか? 『サイバーパンク2077』を巡る混乱と疑念

『サイバーパンク2077』を巡る混乱と疑念

 2020年において、世界中のゲーマーから最も期待されているゲームと断言しても問題ないであろう『サイバーパンク2077』(PC / Playstation 4 / Xbox One / Stadia)。CD PROJEKT REDが全世界が大絶賛した『ウィッチャー3』(2015年)に続いて発売するタイトルとなる本作だが、一番最初にタイトルがアナウンスされたのは何と7年前の2013年に遡る。8年もの間待たされていたゲーマー達は、ポスターなどの広告や、twitchやYouTubeで公開される『Night City Wire』という特別番組を見ながら、「遂に『サイバーパンク2077』を遊ぶ日が目前に……!」と、大いに期待に胸を膨らませていた。

近づいては、目の前から遠ざかっていく

 しかし、いつまで経っても発売日が来ない。正確に言えば遠ざかっていくのである。アナウンスされた発売日が目前に迫ろうかというタイミングで、公式twitterが印象的な蛍光色イエローの背景をバックに「発売日延期のお知らせ」を伝え、新たな発売日が発表される。この流れを本作は既に3回繰り返している。2019年のE3で本作に出演するキアヌ・リーブスが発表した「2020年4月16日」は「2020年9月17日」に変わり、それもすぐに「2020年11月19日」へと変わり、つい先日、「2020年12月10日」になった。本来は「現世代機最後のビッグタイトル」になるはずだったのだが、それすらも間に合わなくなり、Xbox Series S | XとPlaystation 5が発売された後にXbox OneとPlaystation 4タイトルとして発売されるという、非常に居心地の悪い状態となっている。また、ファンの多くは、既にこの発売日についても慎重な姿勢を見せている。

 とはいえ、ゲームの発売日が延期されるという事象自体はそれほど珍しいものではない。特に今年はコロナウイルスの影響で、各社が働き方の変更を余儀なくされたこともあり、例年以上に多くのタイトルが発売の延期を発表している。しかし、その状況下においても『サイバーパンク2077』の今回の発売延期は"前代未聞"という言葉で語られている。

「マスターアップ後の発売延期」という前代未聞の"三度目の延期"

 もちろん、計3回という度重なる延期もその要因ではあるが、最大のポイントは「マスターアップ後」にも関わらず発売延期を敢行したことにある。既に本作は10月5日時点で「ゴールドマスター承認」のお知らせを行っていた。それはつまり、後はマスターを元に製品を生産し、販売すればいいだけということを意味する。事実上の「完成宣言」である。

 CD PROJEKT REDのジャパン・カントリー・マネージャーである本間 覚氏もこの報を受けて、自身のtwitterで「マスターアップして製造が始まっている以上、再延期は天変地異以外ありえません」と断言していたが、結果としてはその“天変地異”が起きてしまったということになる。

 本来であれば「マスターが完成」ということは、製品自体は出来ていることを意味する。では、発売延期をする理由とは何か? それは、マスター完成後も作業を続け、ローンチと同時に行うアップデート、通称「Day0パッチ」にある。我々が実際に購入することになるのは、前述のマスターをコピーしたディスク(もしくはデータ)となるわけだが、これに発売日に間に合うようにアップデートが入る。我々は、最初から「マスターにパッチの修正が当てられた状態」で初めてゲームをプレイすることになるのだ。この「Day0パッチ」を使うことで、クオリティの向上や、バグ対応などの作業を生産が始まった後でも発売ギリギリまで続けることができるのである。インターネットによるアップデートが前提となった今だからこそできるプロセスと言えるだろう。

 だが、「マスター完成」から「発売日」までに時間があるのは、その間に生産や各販売店への運送を行ったり、プロモーションを実施したりするためであり、マーケティングにおいてもこの期間に何を実施するか、予めスケジュールを立てた上で進行していく。発売元と開発元が異なる場合であれば、投資家への配慮や延期に伴う様々なコストを考慮し、開発元の延期の申し出を断り、発売を強行してもおかしくない。たまに発売日時点で尋常ではない量のバグを抱えるゲームが現れるのには、そのような事情がある。

 だが、CD PROJEKT REDは開発だけでなく発売機能も持っている会社だ(日本のみスパイク・チュンソフトが発売を担当)。デメリットはあくまで自社に返ってくる。そのため、今回のような前代未聞の判断に至ったのだろう。

「天変地異」は何故起きたか? 発売延期に伴う、"動作保証環境"の増加

 では、何故このような前代未聞の事態へと至ってしまったのだろうか。延期の報と同日に行われた電話会議(参考:http://biznes.pap.pl/en/news/search/info/37532753,highlights:-cd-projekt-video-games-on-cyberpunk-2077-delay)では、CD Projekt RedのAdam Kicinski氏(CEO)、Piotr Nielubowicz氏(取締役兼CFO)、Michal Nowakowski氏(取締役兼SVP)が登壇し、ゲームに対する最初の反応が重要であることを主張し、発売日時点で完成度の高い状態で届けることを目的に延期という判断に至ったと話している。また、現状については、 PC版は準備が完了しており、次世代機(PS5 / Xbox Series X | S)でも上手く動いており、現世代機(PS4 / Xbox One / Stadia)について最終的な仕上げを行っている段階であると語っている。

 確かに、発売時点でメディアのレビューやユーザからの評価が芳しくないゲームは、仮にその後のバージョンアップで問題が解決したとしても、リリースタイミングでの悪評が足を引っ張り、売上にも悪影響を及ぼす。特に、次世代機の供給不足が続いている現状を踏まえると、現世代機でのパフォーマンスが悪いままでの発売は、大きなリスクであることも理解できる(元々の発売日は次世代機のリリース前であるため、この説明には少し疑問が残るところでもあるのだが……)。

 実際、2度の延期を経て、発売日が11月第2週以降となったことで、本作は現世代機に加えて次世代機でも確実に動作するように検証を行う必要が生じることになった。更に、10月16日には、当初「リリースから遅れて対応」とアナウンスされていたStadiaについてもローンチと同タイミングでリリースと発表されており、コンソールだけでも当初の与件に加えて3種類が動作保証環境として追加されたことになる。これはシンプルに検証作業と最適化作業の工数追加を意味し、それも今年半ばに入ってから追加されたのだから、開発陣にとっては悪夢以外の何物でもないだろう。この部分が延期の大きな理由の一つであることには、ある程度は納得できる。

ゲーム業界を悩ませる長時間労働問題、クランチについて

 一方で、ここ数日の報道を見ていると、CD Projekt Red内において、「開発者側と上層部側のコミュニケーションが正常に機能していないのではないか」と疑問を投げかけたくなるような話題が相次いでいる。それは、長時間労働(通称クランチ)を巡る議論についてである。

 元々、CD Projekt Redは『ウィッチャー3』の開発において、従業員に対して非常に過酷な長時間労働を強いていたことで知られている。このゲーム業界におけるクランチについては、ここ数年で強く問題視されるようになり、最近では『The Last of Us Part 2』を開発したNaughty Dogについて、過酷なクランチとそれを強制する社内文化についての告発が大きな話題となり(参考:https://kotaku.com/as-naughty-dog-crunches-on-the-last-of-us-ii-developer-1842289962)、強い批判の声が寄せられ、作品自体をボイコットする動きも見られることになった。現代のゲーム業界においては、その開発プロセスも評価の一部となりつつあり、結果として多くの会社がワークライフバランスをアピールするようになってきている。

 CD Projekt Redも2019年時点でワークライフバランスを重視し、クランチに依存した開発体制から脱却しようとしていることをアピールしていた。共同設立者であるMarcin Iwiński氏とスタジオ代表兼ディレクターのAdam Badowski氏は、海外メディアKotakuのインタビューにおいて、本作の開発においては、従業員を尊重し、クランチを強制しないというポリシーを語っていたのだ(参考:https://kotaku.com/as-cyberpunk-2077-development-intensifies-cd-projekt-r-1834849725)。しかし、9月30日の海外メディアBloombergのJason Schreier氏の報道によって、この約束が破られてしまったことが明らかになる(参考:https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-09-29/cyberpunk-2077-publisher-orders-6-day-weeks-ahead-of-game-debut)。前述のインタビューに応えたAdam Badowski氏から、従業員宛に週6日勤務を義務付けるように依頼するメールが送られていたのだ。メールにおいて、「これは会社としての方針に反するものであり、クランチは決して答えであるべきではないと分かっている」と語ってはいるものの、結局のところ目前に迫る発売日に対して、クランチなしでは間に合わないと白旗を揚げたのである。2020年12月への発売延期が発表されたのは、その1ヶ月後だ。クランチをしても間に合わなかったのである。明らかにプロジェクトの管理体制に問題があると言わざるを得ないだろう。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる