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90年代に入るとそれほど珍しくはなくなったが、80年代前半のサンフランシスコ、いやアメリカでは、いわゆるポリティカルなUKパンク/ハードコア・スタイルのバンドはレアだった。クルーシフィックスはその先駆者と言える。
前身バンドが79年末に始まり、まもなくバンド名がクルーシフィックスとなる。当時、メンバーの平均年齢はまだ15歳程度だった。そして81年にミニ・アルバム的な『Crucifix』を発表。翌年には、自分たちのレーベルの<FREAK>からEP『Nineteen Eighty-Four』を出し、自分たちでブッキングしてアメリカ・ツアーを敢行。そして、<CRASS>の流れの<CORPUS CHRISTI>から、84年に1stフル・アルバム『Dehumanization』をリリース。発売に伴い、アメリカ、カナダ、ヨーロッパをツアーするが、同年7月に解散してしまう。
短期間を全力で駆け抜けたクルーシフィックスであったが、音楽的にもものすごいスピードで進化していった。初期のサウンドは、クラスやフラックス・オブ・ピンク・インディアンズのような、ミッド・テンポのアナーコ・パンクだった。それからガンガン加速し、不朽の名作の『Dehumanization』で極まったのだ。それに伴い歌詞は言葉数が多くなったのだが、その内容は一貫して、世界的な規模で見た政治について触れ、不条理で危機的な状況に触発された内容だった。
解散後、アジア系と思しきヴォーカルのソシラはプラウドフレッシュというバンドで歌っていた。サウンドはハード・ロックに近かったが、歌に向かう意識は変わってなかったようだ。また、クルーシフィックスの影響は大きい。84年のツアーでは当時、沈滞気味だったUKシーンを鼓舞。また、日本のハードコア・パンクの音への影響も大きそうだし、90年代のアメリカのポリティカルなバンドもインスパイアしたはずである。(行川和彦)