『風、薫る』はなぜ“環”瀧七海の主役週を描いたのか “シマケン”佐野晶哉の夢を継いで

社会に出て責任を果たすことを拒んでいた若者がもうひとりいる。シマケンだ。実家に帰るまで、彼は長らく責任ある職務につくことから逃げていた。小説家になりたいという漠然とした憧れを持ちながらもなかなか本気になれない。「おれはまだ本気出してないだけ」状態をキープしてきた。結果を出すのがこわいからだ。せっかく書いた小説が、版元の都合で別の作家に差し替えられた回では、ここで諦めず、ほかの新聞社や出版社に持ち込めばいいのにと視聴者の声も少なくなかった。明治時代、同人誌活動もしていなくて、小説仲間がひとりしかいないのも不思議だ。当時なら、本当に小説が好きだったら、同人活動をしているのではないだろうか。活字工とはいえ新聞社に籍を置いてもいたのだし。高等遊民ではなかったからできなかったのかもしれないが。

シマケンは、何者でもない自分が苦しくて、何者かになりたいと思いながら、何がなんでもというがむしゃらなところはない。かといって会社に勤めることを選ぶこともしない。
「自由でいるのが苦しかった。誰のせいにもできないから。だから、家族に助けを求められて。自由を奪われて救われた。文四朗(蒼井旬)のために働くのは思いのほか満たされて。あれだけ多くの人に認められたいと思っていたのに。あいつが腹いっぱい食べてるのがうれしくて」
シマケンは再会したりんに当時の自分の本音を明かす。兄の借金で実家が傾き、兄の息子(甥)の保護者として生活のために働くようになって、自由を手放し、義務や責任のために働くことで一息つけたというのだ。もともと自由業は向いていなかったのかもしれない。シマケンには自由人であり続ける強さがなかった。いや、こんなことを言って、自分をごまかしているだけかもしれない。シマケンの心はまだわからない。
環はシマケンに励まされて絵を仕事にしようと決心する。環の名前の由来は「人の輪を繋ぐ子になってほしい」というもの。そうりんが思ってつけた。彼女のまわりには、母・美津(水野美紀)、叔母・安(早坂美海)、もうひとりの母代わりの直美、近所のおじさん・シマケンと本来、ひとつ屋根の下に集うこともないような人たちが集まっていた。長い月日ののち亀吉まで呼び寄せた。輪を繋いでいるといえるだろう。

それと、自由を諦めたシマケンに代わって、環が自由を目指すことになる。誰かひとりが挫折しても誰かがバトンを持ってまた走る。人は循環して影響を与え合っている。
参照
※ https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/%E7%AC%AC28%E5%9B%9E-%E3%83%A2%E3%83%A9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK




















